震災復興支援活動関連企画「towards our ordinary life」、vol.05 日建設計震災復興ボランティア部「逃げ地図」チーム インタビュー「もう一度まちを注意深く視る」

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震災復興支援活動関連企画「towards our ordinary life」、vol.05 日建設計震災復興ボランティア部「逃げ地図」チーム インタビュー「もう一度まちを注意深く視る」

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※これはarchitecturephoto.net 震災復興支援活動関連企画「towards our ordinary life」の関連記事です。

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「逃げ地図」チーム

vol.05 日建設計震災復興ボランティア部「逃げ地図」チーム インタビュー「もう一度まちを注意深く視る」

text=伊藤達信

今回は日建設計震災復興ボランティア部「逃げ地図」チームに登場していただく。津波から逃げるということを客観的に考えて、普段大規模な建築を多く手がけている彼らならではのやり方で、広範囲の地図を建築図面のように捉え、微細な情報を取り入れながら非常に精度の高いものをつくりあげていく。高度な技術を用いているが、それを支えているのは住民とのワークショップによって得た生の情報なのだそうだ。これからの復興や防災計画に対してはもちろん、今後の都市計画を考えていく上でも大きな可能性を秘めているプロジェクトであると思う。今回はチームを代表して羽鳥達也さんと谷口景一朗さんにお話を聞いた。
また、ゲストとして前回登場していただいた菅原大輔さんにも同席していただいた。


伊藤:まずは活動を始めた経緯と概要についてきかせてください。
羽鳥:日建設計には元々山梨設計室というところがあって、当時そこで二週間に一回ぐらいブレインストーミングをする会があったんですよ。そこに長尾美菜未という宮城大出身の人間がいたのですが、大学が被災して授業ができないなどいろいろな話を仙台にいる友だちから聞いて、震災復興をテーマにブレストをやりたいと言い出して、それがきっかけでオープンデスクを受け入れるという話がはじまりました。そのときにぼくが重要だなと思ったのは、誰が相手なのかわからない支援をしても全然効果実感もないから、まず知ってる人を相手に復興を考えることを始めようということでした。募金も高橋工業の高橋さんを知っていたので彼ら相手だったら確実にやるだろうということで、節電募金と高橋工業募金、オープンデスク受け入れと3つのアイデアを実行しようということになりました。「逃げ地図」につながるのは高橋工業募金とオープンデスクで、オープンデスクはすぐ会社が動いてくれて、せっかくだから東北について調べてもらおうということになりました。その方が彼らのモチベーションが上がるだろうし、設計においてリサーチはすごく重要だけど、それを教えてくれる人が大学だとあまりいないと思ったからです。リサーチに関してはうちのNSRIという総合研究所にいた大沢さんという方に全部指導してもらいました。今思い出してもものすごい情報量で、ぼくらがやってもこんなに情報を集められるかなというぐらいのものを集めてもらいました。
「逃げ地図」チームのメンバーは、当時そのチューターをやっていました。リサーチをはじめてみるとすごいものになったので、それを元にしたブレストを一般に公開しました。今ふり返ってみるとこのオープンデスクは大きかったなと思います。実際に向こうでワークショップをやるにしても、このときに友だちになった学生たちがすごくよく働いてくれて、東北大や宮城大に行ってレクチャーをして、その後に長清水でワークショップをしたりということにつながっています。
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公開ブレインストーングの様子
一方で高橋工業の方は、神保町シアタービルの施工図を描いてくれた方が亡くなってしまって、高橋さんはかなり落ち込んでしまっていたし、余震もすごくてみんな不安で、無数の問題だらけでした。そんな中でぼくらができるのは、どこに逃げたらいいのかや、地域の素因(地形や環境条件)から見てわかるどこにいたら危険なのかをわかるようにすることだろうと思ったんです。一番最初にそれを思ったのは、地域の避難所に逃げた人たちがみんな亡くなっていて、逆に地域のコンセンサスを無視して高台に逃げた人たちは助かったんですよ。だからどこに逃げたら次の波が来ても助かるのかという避難地図みたいなもの、0次避難マップと当時言っていたんですが、一次避難の前段階のとにかく命が助かる逃げ方というのはどういうものなのかを検討しはじめました。それが「逃げ地図」への最初のとっかかりです。地図を眺めているだけだとどうやってそれを暴き出すのかというのがわからなかったんですが、いろいろと試行錯誤しているうちに、まちの津波の履歴を編集し2007年にまとめた資料が出てきたんですね。明治のときの津波がどこまで来ていて、そのとき誰がまちの長でどういう人が何をしたかというのが書いてありました。

そもそも気仙沼本吉大谷地区を選んだのは高橋さんがいて、地域の情報を反映できるからでした。元々ぼくらは気仙沼チームなので最初は気仙沼市など大きなところを相手にしようとしていたんですが、都市部はもう何が何だかわからない状態だったので、まちの細かな情報をもらえる場所をまず選びました。ぼくらは災害のことなんて初心者ですから、とにかく驚きばっかりだったんですが、資料を見ていくうちに津波対策というのは建築のクライテリア設定と同じで、リスクを見てそれに対してどういう性能を与えるかという考え方なのだということがわかりました。ぼくらもいろいろな事実を情報として重ねてみたときに現象に対してやっと冷静になれました。つまりリスクはグラデーショナルだろうと。これは仮定として白のところに逃げるとしていますけど、この地域の人たちが100年間大丈夫なところとするんだったら白まで行かなくてもいいわけですね。あとは、建築って必ず接道していないと建てられないですから、住宅から逃げるときには、基本的に道に逃げるわけです。だから、それにかかる時間やどこが逃げやすいところかというのをわかるようにしようということで、まず道を基準にして時間ごとに色を塗り分けていきました。そうするとリアス式海岸なので道が複雑で均等に敷かれていなくて、距離が同じようなところでも避難時間が余計にかかったりするわけです。色分けをすると、どこがまずいから改良すればいいということが地域避難の素人のわれわれでもわかるようになりました。
次に、新聞に出ているような復興案の凡例的なまちづくりアイテムみたいなものを当てはめてみて、近道をつないだり、ブリッジをつくってバイパスを通したり、というのを比べはじめました。
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近道整備案
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バイパス整備案
あとは避難タワーをどこに建てるかという話になったときに、1本でどこが効果的なのかが、色分けするとすぐわかるようになりました。避難タワーって場所がわからないと、支持地盤までの杭の長さもわからないんですよ。でも、ある程度場所がわかるようになると地盤の情報がわかって杭の長さもわかるし、何人ここに逃げ込みそうなのかもだいたいわかるようになるわけですね。そうすると必要な平面がわかって、例えば3日間そこで過ごすと仮定すると、どれぐらいの備蓄量・発電機の規模が必要でとかいろんな想定ができるようになるわけですね。
これまでぼくらは、「どこに何をつくりなさい」という条件が与えられてきたので、例えば超高層をやっていて「あんなところに超高層いるの?」という話になっても、全然答えられないわけです。だから「ここに必要な建築は何か?」ということに対して興味はありましたけど、定量的にそれが必要だと言える共有可能な強い根拠が示せなかったんです。「お客さんに頼まれたから作ったんです」と言うしかなくて。でも、被災地だとその条件がデフォルトに戻ってしまっているので、「タワーをどこに建てたらいいですか?」という要望があれば応えられるなとそのとき思いはじめました。
それで、比較するためにタワーや丘などの事業費を出してみたんですが、大地震で壊れない丘をつくるのってかなり難しくて、タワーよりもかなり高くつくんです。ただお金だけ見るとそうですけど、景観的にタワーがどうしても嫌だというところだったら、お金がかかったとしてもこういうものを選ぶっていうのは判断としてあるわけですよね。そうやってオルタナティブを冷静にいろいろとつくれるなと。そうすると利害関係や発言力の有無を超えて、いろんな人で「ここのまちをどうしていったらいいか?」という議論ができるんじゃないかと思いはじめたんですよ。
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避難タワー案
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丘案
それでいろいろ検討していって高橋さんの家に持っていったんですが、そのときは「全然意味がわからない」と言われてしまいました。たぶん今思い出すと、今みたいにスムーズに説明もできてなかったし、建築の人でも一回で聞いて理解するのが難しいと思うんですよ。ワークショップをやっても最初の説明ではわからなくて、自分たちで描いてはじめてわかったという人がほとんどでした。だから高橋さんは全然わかってなかったと思うんですよね。でもその後6月にまた高橋さんに呼んでくれたんです。高橋さんたちも、この地域が災害指定区域になってしまって、堤防がいるのかどうかという議論が始まって、今後まちがどうなって、自分たちがどうしたいのかっていうのを考え始めたときに、やっとこの地図の意味がわかったと言ってくれました。
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羽鳥:いろんな要素を構成するとこうなって、このへんに逃げるべきというのがわかるんですが、そういうところに集会所を持っていっておけば、ふだんから集会で集まることがこの地域の避難訓練になりますよね。ビルを設計するときに防災関連の人たちにきいてみたら、やっぱり日常動線と避難動線をわけずに、日ごろからその動線を使っているというのが災害時にはもっとも安全だという話をされました。それと同じような考え方です。あとは逃げるということ以外にもいろんな提案ができるなと考え始めました。具体的に場所がわかってくると、やっとこういう被災地に持って行って意味がある絵を描けるようになるんですよ。どこに建つのかわからない建築の絵を持って行ってもやっぱり全然説得力がないんですよね。たとえ建築的におもしろくてもです。
菅原:敷地選定や工事規模の大小が、事業費などを含めた判断材料と共に提示しているのが面白いですね。
羽鳥:どうしてそれが必要だと思ったかというと、高橋さんのところにはじめて行ったときに、利害関係が衝突してしまって、被災している人としていない人、高台に土地を持っている人と話ができないということを聞いたからなんです。だけどその土地がいかに意味のあるものかを目で見てわかるようにすれば話は違ってきますよね。例えばタワーを建てるよといったときに、タワーが一番効率がいいということを理解してもらわないと、ここに建てますっていきなり言ってもその土地を持っている人と衝突するだけなので。そういうことを建築をつくる人はどうして今まで語れなかったんだろうという反省もあります。それで、実空間にどう反映させていくかというところで、色分けしていくとどっちに逃げたらいいか全部矢印でわかるようになってるんですが、それを道路の路側帯にプリントすると、ふだんからなんとなく意識するようになりますよね。ただ、それは被災地ですでにやられてたんですよ。でもみんな「こんなものがあったんですか?」っていう感じで全然知らなかったんです。
菅原:生きるためのモノでも、日常では意識されないものなのですね。
羽鳥:行政もわれわれもつくったあとに検証しないじゃないですか。例えば環境的なオフィスをつくりましたと言っても、どう環境的でどうエネルギーが消費されているのかということを検証しないんですよね。徐々にされる流れにはなってきていますが。それと同じでとりあえずそのサインをまちに置いているだけで、本当に生きているサインかどうかは検証されていないです。それがもしされていたら多少変わっただろうと思います。
谷口:誰かが作った段階で終わってしまっていて、情報が更新されてないんですよね。「逃げ地図」もたぶん一回ワークショップをやってつくりました、それを配布しましただけでは駄目で、地域の人も増えたり減ったりするし、毎年やってバージョンアップしていかないといけない。たとえば地域の学校と協働して毎年小学生につくってもらうとか。鎌倉でワークショップをやったときにその地域の中学校の校長先生が来てすごく気に入って、今度中学校でワークショップができるように調整しますと言ってくれたんですが、そのときにもそういう話をしていました。やっぱり地元の子どもたちが描いたものがある方が大切にするじゃないですか。
菅原:通学路として使われる道は変わっていく。それに対応して避難ルートも変わっていく可能性がありますね。
羽鳥:鎌倉ってけっこう路地があるんですが、それをつぶして宅地にしちゃった家もあるらしいんです。ワークショップでも道を描いてたら「ここはもう通れなくなってるよ」っていうのがありました。けっこうまちって動的に変化してるんですよね。
また避難ルートだけでなく、エネルギーのルートも考え直す必要もあると思います。被災後に一番大変だったのはやっぱり採暖で、3月ですごく寒かったので、低体温症で亡くなられた方がいっぱいいたらしいんですよ。もし電気ストーブやガスヒーターがあったとしても電気もガスも止まってて使えないわけですよね。そういうときに、いろんなエネルギー源から自立できるようなシステム、たとえば薪ストーブがあるだけで全然違うだろうし、井戸があれば水道がなくても水が使えるし。そういうところがあるなら、あらかじめ水を引けるようにして、避難所で不衛生にならないようにするのって、そんなにお金をかけなくてもできますよね。
菅原:避難ルートに、生活を応急的に支える水源や熱源などのレイヤーを重ねることはとても有用ですね。他に想定されているレイヤーは有りますか?
とりあえず逃げる段階と、一週間程度生き残れるレベルの話と、だんだん生活水準を通常の状態に戻していくフェーズというのは必ずあると思うので、それらに対しては段階的に考えています。
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羽鳥:このときにインフラフリーな避難所が準備されているとずいぶん違うだろうし、ふだんからエネルギーをそんなところに使ってもしょうがないので、給湯は太陽熱給湯機で済ませるなど、いかに地域で財政負担にならないようにしていくかを考えると、自治体でお金を多少なりとも払っていくとか、みんなでちゃんとお金出そうよっていう話になると思うんです。今の日本って行政と住民がだいたい相互不信じゃないですか。そういうのはやっぱりお互い不幸で、結局自分の身は自分で守るみたいな意識が地域にちゃんと根差さないと駄目ですよね。そのことと行政が役割を放棄するという事は同義ではないはずです。自分の身を自分で守る意識が行政の負担を減らし、地域のサスティナビリティに貢献できるわけです。そうして軋轢や仲違いなど生産的じゃないものをとにかく減らしたいなと思います。
伊藤:色を塗ってみると自分だったらこっちに逃げてただろうけど本当は駄目なんだなとかそういうことを実際に考えるから、ただ地図を渡されるのとは全く違いますよね。
谷口:「逃げ地図」のワークショップで一番よく起こるのが、標高が高いところから海に向かって道路に色を塗っていってもらうんですが、それって逃げるのと逆方向だから「どうしてこっちに向かって描くの?」というのを説明するのが大変なんです(笑)地図を見慣れていない人って普段生活しているときにアイレベルから見ているまちの構造と白地図があんまりリンクしないんだと思うんですよ。ただ地図ができあがったときにはそれが理解できて、描いて色づけしたことでそこの認識が共有化されて、「あそこの道角を曲がった方が実は便利なんだ」というようなことがアイレベルの情報として付加されてくるんですよ。
菅原:アイレベルで身体的にまちを知る地域の学生さんや住民と、俯瞰的かつ分析的な大規模建築の設計者がうまく融合していますね。
羽鳥:ワークショップをしていてすごく楽しいのは、ふだん会話していてもなかなか集まらないまちの情報、どこにどんな人がいて、この道からは何が見えるとか、どんな職業の人たちだから門が立派だとか、この人たちは大きい木を植えて維持管理してるからおれたち勝手に表彰状をあげたんだとか、いろいろ教えてくれて、地図を一緒に塗っているだけですごい情報量が集まるんですよね。それはドライな作業じゃないんですよね。情報収集のものすごい吸い上げ力をもっています。
伊藤:そのギャップがおもしろいですね。作業自体はドライに見えるのに吸い上げられてくる情報はものすごく細かくて。
羽鳥:インターネットで検索しても絶対出てこないですよね。そしてその解像度が上がってくると地図の色も変わってくるんですよ。今回もそうなんですが、被災地に行くときは必ず事前に予習をしてぼくらで「逃げ地図」をつくるんです。でもいつもまったく役に立たないですね。もう悲しいぐらい当たりません(笑)
菅原:今度の製作手段は、手描きからコンピューターに移行していくのですか? もしくは、双方を平行して走らせることも考えていますか?
羽鳥:いろいろなフェーズを重ね合わせるようにしています。手描きでつくったものを検証するにはプログラムがいるし、ワークショップに出られないことに不満が出ちゃう地域もあるんですよ。でも自分の意見がそれなりに反映されるチャンスがあるとすると、不満も減るし実質的にいろんな意見も吸い上げられると思うので、プログラミングでやってそれをウェブで公開して、地域の人や、例えば実家はそこなんだけど東京で働いている人の意見も反映させられる、それも文字じゃなくて地図に線を引っぱる方がこっちにとってもわかりやすいですよね。そういうことをしているので、ただ単純にコンピューテーショナルな方向に移行しようとしているわけではありません。けっこうそこを勘違いされているんですよ。手描きが実現するのに得意なこともあるしコンピューターが得意なこともあるし、どちらかにしてしまうとやっぱり不都合が生じてしまいますよね。
菅原:つまり、アナログで作成したモノを前提として、コンピューターを利用するわけですね。
羽鳥:シムトレットという建築の避難シミュレーションソフトを使っているんですが、シミュレーションの「~したふりをする」という語源の通り、避難した状況を前もって再現しているだけなんです。例えばぼくらがさっき近道の提案を手描きで描いたじゃないですか。あれって色を見れば直感的にこのへんをつなげば色が緑勝ちになるなというのはそれなりの頭脳があるひとならばわかるんですよね。だけどひいた道が実際に使われるかということになると、住んでいるところにムラがあるので色的には改善するけどその先に人が住んでいないから誰も使わないということも起こりうるわけです。だからシミュレーションをかけることによってよく使われる道なのかどうかということを再検証できるんですよ。ぼくらのつくった提案が本当に意味があるのかどうかというのを検証しているので、より説得力が高いものになっていると思います。このぐらいのことをしないとたぶん市民側で「この道とこの道を足すと地域が安全になるので、うちは土地を提供するからこの道をつくってください」と言ったとしてもお金がかかるわけで、その工費をどのぐらい見込むのかどうかの説得力を持たせるのに、設計事務所が関わればそのくらいのことはできますよということです。
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これは最初の何にも対策していない状態で、オレンジの点が人です。この丘に総勢何名ぐらい逃げるのかというのがわかればその規模の集会所をこのへんにつくればいいし、シミュレーションをかければより精度が高まるんですよね。精度を高めつつ客観性を持たせることで、より説得力の高いものにするということです。ただその前段にはやっぱり手描きできちんとした情報収集があってはじめてこういうことができます。いくら避難に便利な道になったとしても、必要性がわからないともし空き地だったとしても土地の提供なんてしてくれないわけですよね。でも例えばその道があれば、港で働いている100人を救える可能性があるって示されたらちょっと考えるじゃないですか。そういう判断を手助けすることってこういうビジュアライズでしかたぶんできないし、判断を促すという作業をふだんからわれわれはやっているわけですよね。それと同じことで、対象と場所が変わっただけかなと思います。
菅原:巨大化する建築が都市と同等になる建築の都市化がありますが、常に都市的な大規模建築に関わっていくことで、逆に町が一つの建築に見えてくるということですね?
羽鳥:複雑な建築だと思えばいいんですよ。
菅原:それは建築家が撤退して久しい都市計画という分野に戻っていく可能性を秘めているということでしょうか?
羽鳥:充分あると思います。
伊藤:規模がちょうど同じぐらいなんですか?
羽鳥:そうですね、これがちょうど4万㎡ぐらいで、土地の面積はたぶん半分ぐらいだと思うんですが、ふだんやっている規模からすると小さい方なんです。だからいつもこのぐらいのスケールで俯瞰してるわけですよ。それが建築の図面か集落の地図かという違いだけです。
菅原:見えない要素を見えるようにして提示しないと一般の人は参加できないですよね。
羽鳥:いろんな地区でやっていくと、地形がやっぱり違うし道のしくみも違うので、避難時間が入り江の方が基本的に短いというのはあります。それで避難タワーも避難時間が短くなればなるほどある意味で短縮する効果はなくなります。そもそもちっちゃい集落って逃げれば安全な地域ですよね。そういうのを同じ評価軸で並列させていくと、どういうところに住んだ方がいいのかというのがわかるようになるので、今までは利便性からすると平野部の方が土地の価値が高かったんです。開発するのもお金かからないですし。でも地形に頼って避難できれば、たくさんの避難タワーが日頃から横にあるみたいで、今後例えば本社をこういうところにつくろうという可能性も出てきて、そうすると価値のバランスシートが変わることにもなって、集落の価値を見直すことにもつながっていくと思います。
菅原:まさに、高台移転に代わる価値観のデザインですね。船さえ買えば収入が得られる漁業人にとって、高台は遠くて不便な場所。だから、ちゃんと逃げ方さえわかっていれば、不慣れな新しい土地に行かなくても、慣れ親しんだ自分の土地に帰ることができる。これは重要ですね。
羽鳥:例えば海の近くに住んでいて、自分の親は歩けないというご家庭だったら比較的避難しやすいところに住むとか。でもぼくらはみんな歩けるから、バリバリ働いて平地で便利に暮らすんだっていうことも自分の判断でできるわけですよね。基本的に今まではリスクは誰かが背負ってくれる、何かがあったら行政に判断させて責任を負わせるというところがあって、自分で考えることはなかったと思うんですけど、これからはコンプライアンスに従ってさえいればいいのではなくて、リスクマネージメントは自分でする、そういう社会に移行しないと3.11の教訓を学んだことにはならないんじゃないかなと思います。
あの反省が生かされない限り、決まりごとに従った結果、亡くなられる方はまた大勢出る気がします。
菅原:先程話が出たリスクのグラデーションを専門家がきちんと提示し、住民はそれを理解した上で選択する。これは正に、生き方をきちんと考え・行動する人間になるということですね。ところで、様々な可能性を持った逃げ地図ですが、今後どのような展開を考えていらっしゃいますか?例えば、行政と一緒に地区計画のルール作りとして活用していくのか、民間利用であれば開発事業の設計手法として展開し不動産業と一緒にビジネスにつなげていくのか。
羽鳥:どうなんでしょうね。被災地だと現実的にはすべて流されてしまっているので、ふだんのまちに戻すという議論にすらならないんですよ。ワークショップをしていてもなんとなく気が抜けたようなところが若干あります。ただ安全性や危険性が具体的にわかるようになると、今までもやっとしてたものがわかるっていうのでみなさん喜ばれます。でも、まちづくりフェーズの話にはなかなかなりません。だけど鎌倉のような既存のまちに対してはすごく有効でした。まちが現存していて、それをどう改良するかということに対してはものすごくわかりやすいので。
谷口:低地利用の議論のフェーズになったら、ちょっと目つきも変わってくるのかなとは思うんですけどね。長清水でも、宮城大中田研究室と一緒に学生ベースで低地利用の提案もしているんですが、まだみんな高台移転の方に集中しているから。
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羽鳥:これはコンピューターシミュレーションによる「逃げ地図」の検証フェーズが加わったものです。浸水域を想定するとゴールを自動的に設定して、避難時間の色分けを自動的にしてくれるんですよ。それでこのプログラムのときにさっきの4段階の津波の想定を入れていて、コマンドでその想定が変わるようになっています。そうすると避難最長時間というのが変わるわけです。リスクの少ないものまで想定しようとすれば、たくさんの地域を対策しなきゃいけなくなるからたくさんお金がかかるし、逆に想定を下げれば対策する地域も減るから、お金もいらなくなる。
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リビングデザインセンターOZONEでの展示の様子
展覧会では地図の上にアクリル板が載っていて、下からマーカーで引いた線の影を認識するプログラムがあって、線を読み取って自動的に追加してくれるようにしました。そうすると赤やオレンジだったところが緑や黄色になっていきます。こうするとさっき言ったようにいろんな人が関われるようになって、いろんな人の意見をデータとして蓄積できます。それで、安全な地域がどのぐらいあるのか、どれくらいお金がかかるか、あとは総時間がどのぐらい減るのかという3つの評価軸を設定しています。
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羽鳥:これはプロセスの話で、今まではワークショップがあるとまちの有識者が計画にフィードバックさせて、専門家がいて、行政と一緒にという通常の作業はあったんですが、住民と行政側との対話というプロセスの回路はいつも細いわけですよ。だけど「逃げ地図」みたいなものがあれば説得力が増すからそのパイプが太くなるだろうし、さらにさっきの「逃げ地図2.0」と呼んでいるいろんな意見がフィードバックできてウェブ公開しているものがあれば人数がそもそも増えます。圧倒的な情報量が持つ説得力ってインターネットの世界で今誰でも実感してるじゃないですか。それに「逃げ地図」的な発想が加わると、行政も住民も専門家もわりと良好な関係を築けるかなというのを考えています。
伊藤:それではこれまで開催したワークショップについてお話いただけますか?
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これは最初にやったワークショップです。三陸町越喜来というところにボランティアに入られてる人たちに対してワークショップをしました。それで、一緒に地図をつくってみましょうということになると、今まで説明してきたようなことが起こるわけですね。ぼくがこうやって一生懸命説明しても、実はまったく理解してなくて。描き始めると「やっとわかった!」「そういうことか!」となって、じゃあみんなで近道足してみようというふうになっていきました。
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これは陸前高田市の長部という7集落が集合した地域で、ここの代表のおじいちゃんたちがみんな集まってくれたんですよ。最初は全然話を聞いてなくて、また東京からわけわかんないやつらが来て、日曜日の大事な時間を返せという感じだったんですが、いざやり始めるとノリノリになって、すごい熱気でした。どこまで逃げたかというのが詳細にわかるし、国土地理院が発表している浸水域ってやっぱり解像度が粗いんですよね。設定が変わればゴールも変わるので、色も変わっていきます。
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これは宮城大の人たちが南三陸町の長清水という地域にけっこう入っていたので、学生たちと地元の人たちと一緒に最初に「逃げ地図」をつくって、色分けして矢印をつくるとこっちに逃げるのが最短だっていうのがわかるけど、アイレベルで見たときにそれが本当に実感できるかということも検証しながらやりました。
伊藤:参加者の年齢層はワークショップごとにかなり幅はありますか?
羽鳥:いや、地元の人はやっぱりわりと年の人ですね。若い人は今忙しいんでしょうね。それに決定権や発言権が多いのはそれなりにお年を召した人たちなので。
谷口:鎌倉がいちばん参加者が多様でしたね。
羽鳥:そうですね。学生ぐらいの年の人からお年寄りまで、ぼくらぐらいの年の人もいっぱいいました。
菅原:鎌倉はそもそも文化レベルが高いですからね
羽鳥:そもそも「そなえる鎌倉」は、「ひと・まち・鎌倉ネットワーク」という地元の建築家の人たちの組織があって、元々はタワーマンションが建つからみんなで反対しようというところから始まったらしいんですが、震災直後に自治会長を含めて避難訓練を独自にやったり、裏山に上がる避難路をつくるために木を切ったり、朝10時にみんな避難を始めて、お寺に集合して何分かかったかを計ったりということをやっていたそうです。だから最初は「逃げ地図」のワークショップをやっても意味があるかなと思っていたんですが、実際に行ったら意識が高いので、逆に地図をつくることによって精度がいかに上がるかということが実感されてよかったですね。「じゃあここに道を通せるようにしておいた方がいいんだね」とか、隣に住んでいる人も一緒に来ていて、隣の家の塀を乗り越えて通り抜けさせてもらえれば避難時間を5分短縮できることがわかったら、「隣の塀にはしごをかけさせてもらうことを了解してもらった」とか、そういう話をしていたのがすごくおもしろかったですね。だけど都市部でやると複雑すぎて。
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鎌倉逃げ地図(現状)
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鎌倉逃げ地図(改良後)
伊藤:そうですよね。東京に限らず地縁がないところだとコンセンサスを得ることのハードルがより上がるということですよね。
羽鳥:密集して住んでいる方が仲悪くなりやすいじゃないですか。
菅原:すごく仲良くなるかすごく仲悪くなるかどっちかです(笑)。
羽鳥:すごくおもしろいのは、建築家が多いというのもあるんでしょうけど、「ここは景色がいいから」と言って景観ポイント100選を勝手にその人たちが選んで電柱にサインをくくりつけちゃったりしてるんですよ。そういう活動の中に組み込まれるとたぶん幸せだなと思いますね。これだけやってると怖がるばっかりじゃないですか。どこが楽しい場所で、どこが逃げる場所なのか、誰が何をしているのかというような情報とあわせて浸透していくといいんだろうなと。地域を知ることの一部なんですよ。今はたまたまみんな震災があって津波を怖がってるからそこに注目がいってるだけで、だんだん平和になってくると、忘れちゃうわけですよね。そのときにフックとしてその情報がどこかに埋め込まれて残っていて、いろんなフェーズの情報が重なり合って豊かな情報体系が築かれているのがわかるようになっている街ができたらすごく素敵だなと思います。
伊藤:考えるきっかけになるというのがすごく重要なことですよね。外の人と中の人が同じ土俵でしゃべることができるためのプラットフォームというか。
羽鳥:マンションの維持管理とすごく似ていて、例えば地域の組織、それからコンセンサスが生まれやすい状況ができたとするじゃないですか。そしてその地域に道に面して崩れそうになっている塀があったとして、みんなの道で重要だから直せと言ってもお金がないって言われたら終わりじゃないですか。そうしたらみんなで補助し合ってお金を何とかするとか、そういうのって自分たちのことだからやった方がいいでしょうし。
菅原:都市部では町内会という仕組みは機能不全を起こしています。しかし、町内会を今一度見直そうといよう雰囲気になっているのですね?。
羽鳥:そうですね。コミュニティはやっぱりすごく重要で、例えばさっき言った長清水地域はすごくおもしろくて、ながしず荘の及川さんという人がデジタルに強い人なんですが、おじいちゃんおばあちゃんがみんなツイッターに入って、それで連絡をとりあっていました。
谷口: 最初地域の人100人ぐらいがみんな泊まっていたんですよ。他はすべて流されてしまっていたので。そのあと避難所に移っていくときに何ヶ所かに分かれるので、それでも連絡がとれるようにツイッターをやろうとなって、「アイコンは卵のままにしないでください」と言ってみんな顔写真を撮ってアイコンにしていて。
羽鳥:そこは民宿だから避難所ではないんですよ。でもみんなそこで命が助かってふつうにごはんを食べられたり、支援の食糧などがそこに届けられるので、ぼくらもごはんを食べさせてもらったりしていました。行政はそこまで手が回らないから、みんなで業務用のポンプを借りてきて水を引いたり、お湯を沸かしてお風呂に入ったりしていて、「公共ってなんだろうな」ということをすごく考えさせられたんですよね。民間と行政ってふだんは効率がいいから役割分担をしているにすぎないと思うんです。本質的な公共性ってそもそもみんなにあって、それが発揮されやすい下地をつくっておくことって、被災から復興するまでの時間をかなり縮めるなと思います。それによって助かる命もあるし。だから誰かがやってくれるものだと考えないで職能を超えて勝手にやるのが新しい公共性なんだろうと思いますね。
菅原:避難の目的に限定して何かをつくると直ぐに忘れ去られ、その目的だけにお金を使うことになります。しかし、日常の延長線上で、緊急対応できる仕組みを作っておけば非常に効率的だし、都市や建築の作り方や価値が変わっていきますね。先程の例でいえば民宿が状況によって公民館になるとか、オートキャンプ場が仮設住宅の敷地になるとか。ぼくはオートキャンプ場に建つ仮設住宅の計画に関わったのですが、インフラは諸事情で使えませんでした。しかし、それを緊急対応仕様にしておけば、すべてのオートキャンプ場が直ぐに避難所になる。そういう仕組みの集合でできていると非常に無駄もない、安全な街や建物ができる。
羽鳥:ながしず荘も民宿だから他に集会所があったはずなんですよね。でもたぶんたまにしか使われないし、旅館もおそらく常に満室なんてことはないじゃないですか。だから集会所として使われればいいし、そのぶんのお金を民宿に補助すればいいだけですよね。そうやって日常と公共的に必要な機能とは重ね合わせられるし、それはたぶん都市においても同じだと思います。まちのウィークポイントや成り立ち、構造を知るだけでけっこう安全になっちゃうんですよね。まちのいろいろを知って豊かな情報をみんなで共有できて、わかるということがいかに重要かということをいつも思いますね。
伊藤:それでは今後の展望をきかせてください。
羽鳥:最初「逃げ地図」はボトムアップツールだと思っていたんですが、内閣府の人たちが話を聞きにきてくれて、内閣防災の方で動きますといってくれたり、あとは国交省の研修で国土交通大学というところで、これから地域の防災担当職員になる人たちに講義をさせてもらったりしました。だから一応上と下の両方からアプローチが来てるっていう感じですね。
菅原:今までは逃げ地図チームのみなさんが直接現地に足を運んでいらっしゃいましたが、今後はその遺伝子を埋め込んだ防災担当職員さんたちが頭脳としての日本に全国に分散していく。そういう人たちは3年ぐらいで異動しますが、ひとりでもその地域に留まれば、逃げ地図防災国土計画というと大げさですが、防災に対する新しい流れが起こるかもしれないですね。
羽鳥:これはもう考え方なので、そういうふうに広がっていって欲しいです。
谷口:あと目標はGISとつながることですね。
羽鳥:実際にArcGISというGIS系では有名なソフトがあるんですが、それをつくっているソフトウェア会社の方がボランティアで逃げ地図プログラムを開発してくれて、実はもう道のデータと浸水域がわかれば日本全国描けるようになってるんですよ。
菅原:今後、逃げ地図の地理的ソースはどのようになっていきますか?国土地理院のようにソースを自分たちでつくってクローズにしていくのか、グーグルみたいなものに重ねて、思いっきりオープンにいくのか。
谷口:GIS系の情報の与え方は若干不安視もしていて、結局今までの避難マップと大して変わりないものになってしまう危険性もある気がしています。今回鎌倉できっかけをもらって継続して関われることになったので、そういうところで地元と結びついたワークショップとオープンソースとしての地図の良い先例として他の地域に見せられるようにしたいなと思います。
伊藤:答えが全部出てしまうともうワークショップはやらなくてもいいんじゃないかという話にもなりかねなくて、身体とのつながりがなくなって脳しかないという状態になってしまいますよね。
羽鳥:どうやったら能動的なものにできるのかなというのは難しくて、例えば「間違い逃げ地図」をわざと出して、「ここには3つ間違いがあります」とか(笑)いろいろ考えなきゃなとは思っています。あとはこの考え方を発展させてまったく新しい都市計画手法みたいなものに結びつけられないかなと考えています。実際にこれが何をしているかというと、まちの状態、人がどう分布していて素因がどういうものかというのを知ると、いろんなことがわかるようになるということなんです。都市計画って交通量調査をしてどこの道が渋滞するから道幅を広げましょうとか、どこに建物が建つとどういう人口分布になるので、小学校を増やしなさいとか実際やるんですよね。それを今までとはちょっと違ったやり方でできると思うんです。それと素因という意味では、ビルですら地形みたいなものじゃないですか。そういうものと照らし合わせて都市のアクティビティからどこに何をつくるのがよいのかというのを把握できるようなシステムを、より説得力があってよりいろんな人が参加できるやり方でつくれないかなと考え始めています。
菅原:一般の方にとって、交通量や高さなど決まったパラメーターに対して○×という判断はすぐできるけど、パラメーターそのものの設定に関わることはけっこう難しい。だから、パラメーターを設定することが我々専門家がやるべきことなんでしょうか?
羽鳥:もうちょっとふだんの行動がそのままフィードバックされるようなしくみができないかなと思っています。ホンダのインターナビのシステムを活用した事例で言うと、埼玉県警とホンダが提携していて運転状況がすべてフィードバックされていて、埼玉県警が把握しているんですよ。そうすると明確な事故は起こってないのに、みんながそこで急ブレーキ踏んでいるということがわかって、その道路で何か問題があるというのがわかる。それで行ってみると、実は標識に木がかかって見えていなかったり、ゴミが落ちていたりするわけです。この道は重要だとか、よく使っている道だということが把握されるようになるだけで、この道はきれいに維持しようとか街灯をちゃんとつけようということになりますよね。それだけでもう都市のベーシックな環境ってずいぶんとよくなるわけです。メガ開発に対して物申すようなツールはできなかったとしても、アイレベルの状況をどんどん改善していくようなことはたぶんできると思うんです。例えばみんなが道でお花見をするということがわかれば、そこから見えるところに変なマンションを建てないようにすることもできるわけです。そうじゃないとその道の人気がなくなって都市のアクティビティが衰退していくから、豊かな都市環境が失われていくわけじゃないですか。何かするってけっこう大変で、ワークショップをするのは大変だし、災害意識の高まっている今じゃないとやらないかもしれない。だから日常の行動が自然にフィードバックされるようなシステムが、都市の場合はたぶん構築された方がいいんだろうなと。
伊藤:これまで建築を学んできたことが今の活動にどのように影響していると思いますか?
谷口:ぼくは大学のとき環境系の研究室にいて、シミュレーション結果をいかに設計にフィードバックするかということをメインの研究テーマにしていたんですが、「逃げ地図」はまさにそれとつながっているなと思っています。シミュレーションの結果ってものすごく定量的でドライなものに見えるんですが、たとえば温度分布でも色のレンジを変えるだけでいくらでもイメージ操作ができてしまったりして、実はすごくリテラシーが問われるんです。設計者側も都合のいい結果の出し方をしてしまうことが多いんですが、そのあたりの状況がここ何年かのうちに大幅に変わっていくんじゃないかなと思っています。情報が溢れている状態で、逆にお施主さんの方が勉強していることも多いし、そういうときにそこの差を埋めるのは何なんだろうなということを考えています。こういったワークショップのようなアナログな情報共有の手法を間に入れることで情報としての確からしさがすごく上がっていくし、作業を共同でやることで人同士の信頼も上がっていきますよね。デジタルとアナログとをいかに結びつけるかということをふだんプレゼンテーションするときにも意識して、たとえばただ温度分布を見せるだけではなくて、この部屋の温度・湿度はどういう状態だという情報を身体感覚として共有していくことができれば、お互い共通の問題意識を持ってまた別の会話が生まれてくるんじゃないかなと思うんです。始めたときはそういった関連付けは整理できていなくて、ただひたすら地図をつくっていたんですが、一年近くやってみていざ「逃げ地図」を踏まえてふだんの設計にフィードバックするということを考えてみると、やっぱりそのへんの手法にひとつ可能性があるんじゃないかなというのは最近思っています。なんかめぐりめぐって学生のころ考えていたところにまた戻ってきたという感じですね。
伊藤:それではこの活動をしていく中で自分の建築観に変化はありましたか?
羽鳥:より先鋭化したというのはありますね。ぼくたちは手描きと検証とアルゴリズムでやるというのは実務で散々やっていて、日建設計のお客さんは、費用対効果に対してすごく厳しいんですよ。常に批評の目にさらされていて、「建築家先生」が「こうしましょう」と言ったらたぶん一発で通るようなものも「これとこれを比べて、これはこういう効果があってこれと比べるとこういいんですよ」という説明をかなり説得力高くかつわかりやすくプレゼンテーションしないと前例主義に流れるだけなんです。新しくていいものや先進性の高いものをやろうとすると、こういうツールに頼らないと駄目で、そうしてはじめて「シミュレーションによるとこうです」と言えるわけです。ソニービルのバイオスキンという気化熱で冷える外装もどういう心配があるけどこういう検証をしてクリアしているという膨大な検証をくり返してできているんですが、リスクがちゃんと見えて把握されるとそういう難しいお客さんに対しても、新しいものはつくれるんだなというのはすごい経験だったんですよね。それで今「逃げ地図」をやってみて、コミュニティの中で合意形成を取ってワークショップという短い時間の中で意見を共有化していくというのはすごく難しいんですが、改めてものすごく役に立ったなと思いますね。
伊藤:そういうのが逆に「建築家先生」だと難しいのかもしれないですね。
羽鳥:だから疑いの目で見てもらった方が「逃げ地図」は生きるんです。今やっているお客さんとの仕事も、時代が変わって、環境やBCP、災害時に対してのお客さんの意識がすごく高まっているのでわれわれの持っていく提案が以前よりは通りやすいというのはありますが、被災地での観察を通して、お客さんの言っている真意は何かや、現状は問題なく働いているように見えるけれど、ここを変えればもっとよくなるなというところへの感度はすごく上がった気がしますね。
これはなにか既存のもののほころびを見つけ出して改良していくという手法で、建築の設計には問題解決のフェーズとさらにいい体験や空間をつくり出すというプラスアルファのフェーズがありますが、底辺を上げるということに対しての解像度はものすごく上がったし、それがあることによってプラスアルファのものをつくり出すフェーズに対してもすごく影響を与えていると思います。状況としてはソニーみたいにハイコンテクストではないので、ものとしてはつくりづらいし、とっかかりが見えない。ものすごく普通のお客さんで、変わったこともないしあまり問題がない環境に見えるんだけど、気づくことができると思いましたね。
谷口:「最適化」という言葉が何なんだろうというのは思っていて、「逃げ地図2.0」のプログラミングって、要は費用対効果がいちばんいいところを数理的に導き出すためのものじゃないですか。ただし、ここで言う費用対効果とは、単に最短の経路を発見することだけではなく、道路は普段使いをしないと結局非常時には有効に使用されない。ただ短いだけで結局何にも使われてない道路と長さは1.2倍になって距離は伸びたかもしれないけど平常時に多くの人に活用される道路とはやっぱり価値が違っていて「逃げ地図2.0」ではそのような価値をプログラミングを用いて見つけ出そうとしています。普段の設計でもどうしても狭義の意味での費用対効果で環境装置等を見てしまうのをもう一個パラメーターを増やして、それはさっき言っていた人間の行動というところにつながってくるんだと思うんですが、そういうものが「最適化」という言葉の中に入っていく余地があるんじゃないかと思っています。
羽鳥:それはすごく思いますね。「最適化」問題っていうのは根深いもので、一個のフェーズに特化して最適化してしまうと、違う状況になったときにそれが一気に意味のないものになってしまったりするんですよね。ひとつのものに対して究極的に特化して最適化してしまうと、都市などはまさにそうですが複雑な状況においてはリタンダンシーがなくなってしまうんですね。
菅原:だから「最適化」のためのパラメーターやゴールの設定が重要になってきますね。すべての要素をパラメーター化できるけど、その中で何を選択し、どのように操作していくのかはすごく難しい問題です。
羽鳥:だから一旦ある程度パラメーターを決めて、他のルートがあればまた足せばいいしゴールをどこにするのかというのは別に決めればいいだけの話なので。避難時間と浸水域を可視化するというのはとりあえず決めてるだけなんですよ。「最適化」問題っていつも思うんですけど必要なパラメーターを仮定したら検証してそうじゃなかったら変えればいいだけの話なので、一個の決まった解答をつくらない、これが正しいって決めない。たぶんそういう正解がない状況をつくり出すことがみんなが考える状況を逆につくり出すのかなと思います。
伊藤:現在の日本における建築教育についてどう考えてらっしゃるかお聞かせください。
羽鳥:建築教育をより豊かにするために考えるべきことはたくさんありますが、まずは単純に建築が好きで本当にまちのことが好きな人じゃないと教育者になれないというシステムをつくった方が早いんじゃないかと思います。教えている人の情熱に本当に依存しますよ。教えている人が楽しそうに建築をやっているとか嬉々として語るということが、ぼくらも学生のとき楽しかったし、そこが重要だと思うんですよね。そういう人がうまく教える立場に入りこめるチャンネルがあったらいいなと。建築っておもしろいんだ、まちってこう発達したら楽しいんだというのが伝わることが重要で、そこが今欠けているかなと思うんですよ。あとは働き始めて何年か経って「あの人がああいうことを言ってた」っていうのがためになったということがあるじゃないですか。そういうのが把握されてフィードバックされる状況があったらいいなと思います。欠けているのはパッションみたいなことですよね。つくるのうまいけど教えるのは下手な人っていらっしゃるじゃないですか。でもそれでいいんです。教えるのはうまいけどつくるのは下手っていう人はフィードバックシステムでそこにいられるようにすればいいんですよ。
あとは学生を教育しているのって学校だけじゃなくて、メディアの存在もすごく感じます。だからメディアにいる人たちも教育者的視点で情報を構築するということがすごく重要です。編集の方々それぞれで評価のしかたを明快にして、例えば同じ建築を扱ったにしても、違う見方で伝えて、他人の記事を真似しない、そろえないというのはすごく重要だと思います。建築って読み取り方は無限だから観察者ごとに評価はいろいろあるし、その人だけしか気づかない情報もいっぱいあるんですが、みんな作家さんの言うことを載せているだけだからどれを読んでもだいたい同じじゃないですか。今の学生はひとつの建築にひとつのコンセプトしかないものが強いというのを盲信しているところがあって、そうじゃないんだよって口で言ってもなかなかわかってもらえません。そういう多角的な視点を教育者側もメディアも提供できていない気がします。
このあいだ昭和女子大の田村圭介先生と話す機会があったんですが、3Dの教育にすごい熱心で、コンピューターでかたちをつくって、3Dプリンターを使っていろいろなことに取り組んでらっしゃるんですが、同時に1/1の実作をつくるためにすごくアナログな大工仕事もやっているんですよ。それはすごく豊かなカリキュラムだなと思いました。みんな2次情報3次情報を集めるのはすごく得意なんですが、一次情報を知るということがすごく欠けてるんですよね。敷地に行ってどういう雑草が生えていて、どういう風が吹いていて、どういう音がしたかとかそういう観察眼がないですよね。事例を調べるにしても使っている人たちに実際に話を聞いてきたかとか、そういうのがあまりない。だから一次情報を知る、実体験を伴ってものをつくる、多角的な視座を備える、といったことが重要だと思っています。そういった面倒なカリキュラムを実行するためにも、単純ですが根本的に建築教育に対して情熱がある方が教育の現場に関われるかどうかが、建築教育をより豊かに楽しくするために重要なことだと思います。
プロフィール
羽鳥達也
1973年群馬県生まれ。武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科を卒業、同大学院を修了後、株式会社日建設計に入社。神保町シアタービル、ソニーシティ大崎などを担当。現在、東京大学工学部建築学科、東京都市大学工学部建築学科非常勤講師。
谷口景一朗
1984年 兵庫県生まれ
2009年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了
2009年 日建設計入社 現在 設計部所属
・逃げ地図ホームページ:http://www.nigechizuproject.com/
・逃げ地図Facebookページ:http://www.facebook.com/nigechizu
菅原大輔:SUGAWARADAISUKE代表/建築家・アートディレクター
日仏の事務所に勤務後、2008年SUGAWARADAISUKE設立。作品は国内外で評価・出版され、JCDデザインアワード2011/12二年連続銀賞、2009-11ベスト100入賞、日経BP注目の建築家30人選など、他多数。


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