SHARE 日本ペイント×architecturephotoコラボレーション企画 “色彩にまつわる設計手法” / 第4回 加藤幸枝・前編 「色彩を設計するということ」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2020」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto」のコラボレーションによる特別連載企画です。4人の建築家・デザイナー・色彩計画家による、「色」についてのエッセイを読者の皆様にお届けします。第4回目は色彩計画家の加藤幸枝氏に色彩設計の意義や役割について綴っていただきました。
色彩を設計するということ
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これまで6回にわたる連載では、中山英之・藤原徹平・原田祐馬3氏による色彩の経験・体験やご自身の作品における色彩の位置づけ等が語られてきました。
それぞれ、特に前編の「深く印象に残った/蘇った色彩」については、瞬間の印象や感動もさることながら、のちにご自身の活動が続けられていく中で色の知覚や配色がもたらす効果などの現象性が「再認識」されていく様子が大変興味深く、そうした「記憶に残る色彩の体験」がいかに創作に欠かせないものであるかを示している、と感じています。
私は長く「色彩設計」という実務に携わっています。日々の仕事の中では、どちらかというと「色に対するさまざまな困りごと」に対し「色彩(を含めた/を切り口とする)のあり方をその状況に応じた手法と精度で紐解き、(関係者間で)共有可能な最適解を提示する」ことが中心となっています。自身の仕事は冒頭に示したような「記憶に残る色彩の体験」とは程遠いものですが、私自身は色彩による切れ味の鋭い・見たこともないような表現や演出よりも、そうした体験が生み出されるための環境の構築や再生に興味を惹かれてきました。
「なぜ、そこにその色を使うのか/必要があるのか」を明らかにすること、が色彩を設計することの意義や役割なのではないか、と考えています。
私たちの身の回りには、改めていうまでもなく実に様々な色があります。特に都市部や公共空間では文字情報をはじめ聴覚・臭覚などへの刺激とも相まって、膨大な情報を瞬時に/ゆるやかに認識し、判断することを強いられます。
色は周囲や背景にあるものとの関係性(対比)により見え方が決まりますので、面積の大小も含め、どんなに強い色でも「その色だけ」を見ていることはまずありません(例えば吹雪によるホワイトアウト等は、単一色に視界を覆われた状態の一例です)。
言い換えれば、対象自体の色が変わらずとも、周囲の色が変化することにより対象の色までもが変化して見えるということであり、私たちの日常の中で「変化する色彩の見え方」にも(意識的かどうかにかかわらず)、かなり柔軟に対応している、と感じることが多々あります。
色で環境を/景色を整える
私は色にこの「相互作用」という機能があることに、やや大げさですが絶大な信頼を置いています。対象物そのもの存在は必要不可欠であり、多くの役割を担っているけれど「その環境においてその色でなければならない」理由が見当たらないもの、は実に多く存在していて、形状や位置等は現状のままでも「色が変わる」だけで周囲の環境の見え方までも大きく変化して見えることがある、という体験を重ねてきました。
例えば、山梨県内で長く続けられている「風景ペイント」。豊かな自然環境の中で突出して目立っていた防護柵等を低明度のブラウンに塗装することで、存在感を残しつつも周囲の景観に融和し、同時に引き立て役にも成り得る、という効果が発揮されることがわかりました。これはもともと地域のまちづくり団体の方々が取り組んでこられた活動でしたが、私は他の市町からやってみたい・何色がよいか、と相談を受ける機会が増え、市役所の方や地域の住民の方々と「その地域や対象にふさわしい色」をともに考えながら、主に住民参加型の「景色のお色直し」に携わってきました。
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取り組みから5年が経った現在、ある市では工作物に対する推奨色をブラウンだけでなく、対象の規模や用途に応じて使い分けられるよう拡大していこう、という動きも出てきました。「整える」ことを実践していく中、「整い過ぎて均質にならないよう、適度な変化も必要」「ふさわしい色は対象はもとより、面積や部位によっても違う」ということを自治体職員の方々が自ら考え始め、ブラウン限定ではなくもう少し幅を緩めていくことが望ましいのでは、という流れが生まれてきました。
私は専門家として、その幅の緩め方を見極めるお手伝いをしている最中です。
色彩による統一感と適度な変化の構築
自身が係わる色彩の設計で最も多い領域は、団地の改修です。外壁の塗装は15~20年が改修の目安とされており、定期的に改修(修繕)が行われます。
私がこの仕事を始めた頃はまだ、特に公共的な建築物や工作物(橋や道路設備など)は有無をいわさず「既存と同色」で塗装し直されることが一般的でしたが、例えば団地の場合、淡色/単色で統一された大規模な住棟群は周囲に与える景観的な影響が大きいことが明らかになってきました。具体的には、周辺の環境に対し群として均質で硬質な印象や圧迫感を与えてしまったり、淡色/単色だと外気による汚染が顕在化しやすく、次の改修を待たずして老朽化した印象(=管理が行き届いていない印象、団地そのものだけではなく地域の不動産価値にも関わる)を与えてしまう懸念も議論されはじめるようになりました。
外観の色彩が単に「塗膜による躯体の保護」にとどまらず、美観性や快適性の向上、形態・意匠との調和の形成、それらが周辺環境に与える影響の大きさなどが評価されるようになってきました。
こうした改修のための色彩設計では、美観性の維持や快適性の向上はもちろんのこと、まちなみとしての統一感と適度な変化、この塩梅を見極めること、をいつも意識しています。プロセス(計画・検討・施工・監理等)にかかる時間や手間を考慮すると、単色/単純な配色は効率がよく(住む方々にとって)公平である、と考えることもできます。
ではなぜ、こうも時間や手間をかけてまで「色彩を設計する」のか。
その解はひとつではありませんが、自身の仕事の場合は「現況における何らかの課題を解決するため」、に集約できるのではないかと考えています。
現況における課題とは、汚れが目立つ/単調で殺風景(すぎる)/周辺の環境が変わり、不調和な印象が強調されるようになってきた…等が挙げられますが、これらの課題は賃貸住宅の場合、入居率の低下にも大きく影響します。改修・修繕は外壁の塗装だけではなく、室内や各種設備・外構についても実施されていますが、「見た目の印象の変化」は、多くの人の目に触れるため効果が高いことも実証されつつあります。
色彩計画を実施し、昨年度竣工した分譲団地では、改修後、新規購入が13世帯あったそうで、管理組合の方が大変喜ばれていました。
とはいえ、色が溢れている/溢れすぎている今日、目の前の課題ばかりに気を取られていると、本来、個人の認識によりつくり上げられている色彩世界の発見や、色と色の間で起きている現象性を追求に不可欠な探求心を見失いかねません。
本エッセイにある建築家・デザイナーの目と脳を通して表現される「色彩世界」。もう一度私自身の目で観察し、新たな発見をしてみたい、と考えています。
加藤幸枝(かとう・ゆきえ)
1968年生まれ。色彩計画家、カラープランニングコーポレーションクリマ代表取締役。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後、日本における環境色彩計画の第一人者、吉田愼悟氏に師事。トータルな色彩調和の取れた空間・環境づくりを目標に、建築の内外装をはじめ、ランドスケープ・土木・照明デザインをつなぐ環境色彩デザインを専門としている。
色彩の現象性の探求や造形・空間と色彩との関係性の構築を専門とし、色彩計画の実務と並行し、色彩を用いた演習やワークショップ等の企画・運営、各種団体の要請に応じたレクチャー・講演会等も行っている。
近年は景観法の策定にあわせ、全国各地で策定された景観計画(色彩基準)の運用を円滑に行うための活動(景観アドバイザー、景観審議会委員等)にも従事している。2011年より山梨県景観アドバイザー、2014年より東京都景観審議会委員および同専門部会委員、2017年より東京都屋外広告物審議会委員等を務める。主な著作に『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』(学芸出版社、2019年)、主な受賞に「グッドペインティングカラー2018」新築部門優秀賞(北好間団地)(2018)がある。
「色彩にまつわる設計手法」アーカイブ
- 第3回 原田祐馬・後編「石ころ、スマホ、記憶の肌理、」
- 第3回 原田祐馬・前編「団地、ゲームボーイ、8枚のグレイ、」
- 第2回 藤原徹平・後編「色と建築」
- 第2回 藤原徹平・前編「まずモノクロームから考えてみる」
- 第1回 中山英之・後編「『塗られなかった壁』が生まれるとき」
- 第1回 中山英之・前編「世界から『色』だけを取り出す方法について」
日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」について
森田真生・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」が開催されます。最優秀賞はアジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)と日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈られます。登録締切は、2020年11月12日(木)。提出期限は、2020年11月18日(水)とのこと。