SHARE 水野芳康 / 水野建築事務所による、静岡・藤枝市の、設計者の自邸「下青島の家」
水野芳康 / 水野建築事務所が設計した、静岡・藤枝市の、設計者の自邸「下青島の家」です。
設計者である40代の夫婦と2人の子どものための住宅である。
東海道線藤枝駅より徒歩30分の距離にある敷地は、かつて江戸時代初期に大井川の氾濫からこの地域を守るために造られた「千貫堤」と言われる堤防跡の真上に位置する。「千貫堤」は役割を終えた後、削られ長い間農地として使用されていた。そして今回4区画の分譲地として開発されたという歴史を持つ。本敷地の北側隣地にある史料館は、「千貫堤」の歴史を伝える施設で、堤防であった時の名残から本敷地よりもおよそ1.3m⾼い位置に土地が保存されている。
また、造成時に北側2区画が、南側2区画より約45cm⾼いことや、東側道路レベルが本敷地より約70cm低くなっていたりと、その高低差は2m程となる。周囲に幾つもの地盤レベルが存在するため、この敷地を多角的な視点から捉えることができる。
場所の歴史や状態に我々の未来の生活を重ねることで、場所にとっても住い手にとっても、必然性を帯びた建築として環境を更新したい。
単純な仕組みで複雑な空間をつくりたい。
2730㎜×2730㎜の1グリッドを基本とした平⾯とし、X、Y⽅向にそれぞれ3グリッドずつ、1フロアに9グリッド。その2層分で全18グリッドからなる極めて単純な枠組みに、鉄筋コンクリートと木の構造体をなぞらせている。グリッドという⼀定のルールは存在するものの、その矩形に載るマテリアルは、コンクリートの壁、木の梁のみ、或いは梁とガラスとが組み合わさったものであったりと様々であるため、平面図で見るそれよりも実際には複雑で曖昧な枠組みである。加えて、2階の床レベルに800㎜の段差を与えることで立ち現れる空間は、多様な状態の連続となり、その中に感じ取られるグリッドという枠組みは、空間を下支えする補助線としてうっすらと存在することとなる。
全方向に開いた空間とするために、螺旋階段をグリッド平面の中心に配置した。これは「シンボル」として鎮座するモノではなく、効率的な生活動線を確保するためのものである。
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以下、建築家によるテキストです。
下青島の家
設計者である40代の夫婦と2人の子どものための住宅である。
東海道線藤枝駅より徒歩30分の距離にある敷地は、かつて江戸時代初期に大井川の氾濫からこの地域を守るために造られた「千貫堤」と言われる堤防跡の真上に位置する。
「千貫堤」は役割を終えた後、削られ長い間農地として使用されていた。そして今回4区画の分譲地として開発されたという歴史を持つ。本敷地の北側隣地にある史料館は、「千貫堤」の歴史を伝える施設で、堤防であった時の名残から本敷地よりもおよそ1.3m⾼い位置に土地が保存されている。
また、造成時に北側2区画が、南側2区画より約45cm⾼いことや、東側道路レベルが本敷地より約70cm低くなっていたりと、その高低差は2m程となる。周囲に幾つもの地盤レベルが存在するため、この敷地を多角的な視点から捉えることができる。
場所の歴史や状態に我々の未来の生活を重ねることで、場所にとっても住い手にとっても、必然性を帯びた建築として環境を更新したい。我々は、特定の方角や風景にのみ意識を向けた建て方ではなく、まずは全方向を等価に扱うこととした。家族が生活の中で、内と外(又は自己と他者)を意識するベクトルは、都合の良い一方向のみに向くのではなく、日々の気づきの中から生まれる限りなく放射状に広がる新たな対話が、より能動的で感受性の高い生き方を模索するきっかけになるのではないかと考えたからだ。
プライバシーや環境負荷に対しては、その都度、調整していくことが求められるが、周辺環境に対してそのような振る舞いができるのは、地盤レベルの高低差により、周囲との一定の距離感を保つことができることに起因する。
自由のための「うっすらとした枠組み」と「緩やかな中心性」
単純な仕組みで複雑な空間をつくりたい。
2730㎜×2730㎜の1グリッドを基本とした平⾯とし、X、Y⽅向にそれぞれ3グリッドずつ、1フロアに9グリッド。その2層分で全18グリッドからなる極めて単純な枠組みに、鉄筋コンクリートと木の構造体をなぞらせている。グリッドという⼀定のルールは存在するものの、その矩形に載るマテリアルは、コンクリートの壁、木の梁のみ、或いは梁とガラスとが組み合わさったものであったりと様々であるため、平面図で見るそれよりも実際には複雑で曖昧な枠組みである。加えて、2階の床レベルに800㎜の段差を与えることで立ち現れる空間は、多様な状態の連続となり、その中に感じ取られるグリッドという枠組みは、空間を下支えする補助線としてうっすらと存在することとなる。
全方向に開いた空間とするために、螺旋階段をグリッド平面の中心に配置した。これは「シンボル」として鎮座するモノではなく、効率的な生活動線を確保するためのものである。階段の昇り口をキッチン側に向け、スキップする2階のクローゼットや浴室への利便性の高い家事動線とする一方で、中央階段へアクセスできる動線は幾つもあるため、日々の生活の中で各々の住まい手が選ぶそれは獣道のように意識の中に更新されていく。また、4畳半の広さを持つこの螺旋階段は、動線というだけではなく、本を読んだり、楽器を鳴らしたり、ただ空を見上げたりする場所としても使うことができる。モノとしての強さよりも、生活動線や居場所としての意味が勝ることで、この螺旋階段は緩やかな中心性を放つものとなる。
我々は、かつて住まいが居間やテレビを中心としたものから、個々の多様性を重視した空間に変化していったことに対して再考したい。一見、複雑で自由度の高い空間としながらも、森に放たれたような離散的な自由さではなく、背後にうっすらとした枠組みや、緩やかな中心性を実装することは、今日を生きる家族にとっては、日常生活中で確かな自由を獲得するための拠り所になるのではないかと考えている。
■建築概要
下青島の家(2019年8月竣工)
所在地:静岡県藤枝市
設計:水野建築事務所 担当/水野芳康
構造:RGB STRUCTURE 担当/高田雅之
施工:阿部工務店 担当/阿部高之
写真:長谷川健太