book『現代デザイン事典〈2010年版〉』
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書籍『現代デザイン事典〈2010年版〉』がamazonで発売されています

書籍『現代デザイン事典〈2010年版〉』がamazonで発売されています。

デザイン諸分野に関する基礎知識と最新情報を把握できる実用事典。デザイン全領域を25分野に分類し、デザインの基本概念から情報、環境問題まで、キーワード800を収録。第一線で活躍中のクリエイターが体験を踏まえて執筆。カラー図版600点以上収録。

現代デザイン事典〈2010年版〉
伊東 順二
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台湾で行われた妹島和世のレクチャーの動画田中裕之の展覧会”モンタージュ”が下北沢の”壁ぎわ”で開催[2010/4/15-4/27]

0.00 田中裕之の展覧会”モンタージュ”が下北沢の”壁ぎわ”で開催[2010/4/15-4/27]

田中裕之の展覧会”モンタージュ”が下北沢の”壁ぎわ”で開催されます

建築家の田中裕之の展覧会”モンタージュ”が下北沢の”壁ぎわ”で開催されます。開催期間は2010年4月15日~4月27日。16日(金)19時から田中らによるトークショウも企画されています。田中裕之の作品はarchitecturephoto.netでも過去に紹介しています。

あたりまえだけど, 建築をつくるということは床や壁, 天井といった要素をどう扱うかということしかなくて, 環境といってもそれを設計として役立てるには周囲にある具体とどうやって折り合いをつけるか、どう溶け合っていくかしかない.
モンタージュという意味には文字通り, そういった要素を組み立てるという意味の他に, 周辺の環境, もっといえば都市環境のようなものを合成するという意味も含めたかった.
そして, そういったあたりまえの操作の果てにできる建築を, それを使う人や見る人にとって, やはり感動するもにしたいと思っていて, この展覧会はそういった考え方を押し進めるためのたいへんよい訓練の場であると思う.(田中裕之)

特集”ミラー&マランタ”、クイントゥス・ミラー(ミラー&マランタ)インタヴュー
サムネイル:特集

229.53 特集”ミラー&マランタ”、クイントゥス・ミラー(ミラー&マランタ)インタヴュー

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クイントゥス・ミラー(ミラー&マランタ)インタヴュー

text by 伊藤達信

1.コンテクストについて

あなたの作品では、常に周辺環境との関係がとても意識されているように思います。設計をするとき、まずどのようなことを考えますか?

人間の知覚というのは前もってある程度規定されていて、見たり触ったりしたものは、人間の意識に刺激を与え、記憶となって人の脳に蓄積されます。だから記憶というのは知覚に大きく影響します。人は馴染みあるものに対しては理解がしやすく、逆に未知のものはなかなか受け入れることができません 。私は、知覚のプロセスを理解することが設計することにつながると考えています。建築に対する知覚は、人の記憶によっているのです。人は、見たものの中から重要な部分をピックアップして認識します。だから、人が見たと思っているのは脳が作り上げたイメージであって、現実そのものを見ることはできません。例えば、ある人に彼が15歳のときに会ったとして、それから10年後に再会しても、人は同じ人物だとわかるでしょう?それはわたしたちが人の特徴をピックアップして記憶しているからです。建築のデザインは、ほとんどの場合私たちがすでに知っているものを扱います。まず場所の基本的な特徴を理解して、そこに新たなレイヤーを積み重ねるのです。それが建築の持続可能性を広げていくのです。人びとが共通して持っているものは数多くあります。建築におけるドアや窓といった要素はどこにでもあるもので、そういった自分に馴染みあるものがないと人は混乱してしまいます。ただ同時に、そこに人びとが共通して持っているものがありすぎるとこれ以上の発展はないということにも注意しておく必要があります。人の体内にあるDNAは常に変化していっていますよね?それと同じことで、建築が持続していくためには、複雑なレイヤーが必要なのです。異なる例を挙げましょう。19世紀の多くの絵画は、当時多くのものが評価されたにも関わらず、現在となっては日の目を見ることがほとんどありません。一方で、ハンス・ホルバインの「墓の中の死せるキリスト」という絵があります。あの絵は500年前のものなのに、現在私たちがあの絵の前に建っても、身震いするような感覚を受けます。それはあの絵の意味がとても強く、同時にさまざまな解釈の余地を含んでいるからなのです。そのおかげで今でもまだ、あの作品は宇宙における定点のような存在たりえているのです。

加藤孝司 BEYOND ARCHITECTURE “井手健一郎インタヴュー”
サムネイル:加藤孝司 BEYOND ARCHITECTURE

149.50 加藤孝司 BEYOND ARCHITECTURE “井手健一郎インタヴュー”

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photo©Takashi Kato

今年も4月21日から25日までの5日間、福岡の街を舞台にしたデザインイベント、「DESIGNING?」が開催される。福岡という街のその都市としての規模は、個人的には名古屋市に近い印象をもっている。福岡と名古屋の違いは、大規模都市であることには違いはないが、福岡では繁華街の比較的近くまで街と同じ規模で街と混ざるように住宅街が広がっており、商業エリアと住宅エリアの境が際立って曖昧な点である。
思え返せばその感覚はどちらかというと僕が暮らしている東京のそれに近い。名古屋や広島が商業エリアと住宅エリアとの境に川や公園など、自然の地形が明確に横たわっているのに対し、福岡市はどこまでいっても街と街の境目がどこにあるのか分からず、これといって何の特徴も起伏もない太古から変わらない「地層」のようなものがただのっぺりと広がっているような感じだ。ゆえに、車や電車で、比較的郊外に向かっても同じ規模で街と街が繋がっている。そんな福岡の都市としての印象は、他のどの地方都市と比べても極めて都市的である。
だがそれは決して否定的な意味ではなく、街が都市として成熟しており、暮らしが豊かであることの証しのようにも思うのだ。
昨年、一昨年とこのデザインイベントを目的にこの街を訪れた。この街での友人の案内もあり、かなり街の奥深くまで分け入り、普通の観光客ではたどり着けないような路地の奥や住宅街のなかにあるショップやカフェ、この街の人たちが普通に食事をする食堂やラーメン屋などを巡った。
DESIGNING? はこの街で生まれ育った人たちが自分たちの街を楽しむためのひとつの方法として企画されたデザインイベントだ。デザイニングの主催者の一人で建築家の井手健一郎氏のインタビュー記事のこの「まえがき」を書くにあたり、この福岡でのデザインイベントのタイトル「DESIGNING?」と言葉にしながら、僕はそのテーマとするところの「デザイン」についていったいどれだけのことを知っているのか、そんな疑念がわき上がってきた。デザインとは物の形のことをいうのか?あるいは僕らのあらゆる行動を称してそう名付けてきたのか?
井手氏との対話のなかで特に印象的だったのは、この街を自分のことのように身近に受け入れながら、みんなで自分の街についてもう一度じっくり考えてみようというその強い意志だ。「物の価値を決めるのはその人次第、というところってあると思うんです。(このイベントで) デザインを通じて、物の価値って自分が決めているんだよ、ってことを自然にみんなに伝えられたら、って思います。それによって街の見方も変わってくるんじゃないかな。最終的には僕は建築をやっているので、そういう街のあり方を少しずつでもいいので変えていければ、と思っています」。百貨店やファッションビル、ホテルが高密度に集積し、昼も夜も賑わいをみせる街、天神。
その中心に位置する商業施設「IMS(イムズ)」の吹き抜けの地下ホールをこのイベント自体のインデックスとして、そこから街へ広がって行くよう仕掛けられたイベントとしてのアイデア、そして街のそこかしこに散りばめられたサテライト会場では、それぞれ
主張のある質の高いデザインが発表されている。
福岡という都市の街のなかでデザインを考えるイベント、DESIGNING? に今年も足を運び、建築やデザインについて考えてみたい。

SANAAのロレックス・ラーニングセンターの新しい動画

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