この本のジャケットには抽象画が採用された。しかしこの絵は初めから抽象画として描かれたものではない。それは偶然に絵となったものだ。私は熱海にあるMOA美術館全面改修にあたって、全長17メートル、高さ4メートルの壁を6面、日本の伝統工法である黒漆喰でおおうことにした。漆喰は土だ、そしてコテで塗られる。現代建築は乾いた材料を好む。しかし伝統工法は湿式工法が多い。この巨大な壁面を目地なしで仕上げるには1面を1日で終わらせなければならない。熟達の職人が3人集められた。1人ひとりコテの運びが違う。伝統工法を用いてこれだけの巨大面を仕上げたことは、日本建築史上ないのではないかと自負している。漆喰そのものが稀になった現在、普通は白の漆喰に炭の粉を混ぜて黒にするのはさらに稀だ。乾くのに時間がかかる。数日後、その面に立ち現れたのはほぼ無意識のコテの痕跡だ。私はそこに意識を超えた美しさを見出すのだ。大昔、人が意識と無意識の狭間で描きはじめた洞窟壁画もこのようにはじまったのに違いない。
Old Is New、忘れられた古代の魂、私は現代にあって、その魂の姿をもう一度見てみたいのだ。
(杉本博司)
東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会は、「Tokyo Tokyo FESTIVALスペシャル13」の1つとして、「パビリオン・トウキョウ2021」を実施します。
「パビリオン・トウキョウ2021」は、世界にまだ知られていない日本文化の魅力を世界に伝えるためのプロジェクトです。近年、世界各地で活躍し注目を集めている日本人の建築家6名とアーティスト2名に、それぞれ独自のパビリオンを設計してもらい、新国立競技場を中心とするエリアに設置し、未来の建築やアートとして紹介します。制作される8つのパビリオンには、それぞれの建築家、アーティストたちの東京の未来への願いが込められ、観客は地図を片手に宝さがしのように、あるいは散歩のかたわらパビリオンを巡ることができます。参加クリエイターは藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平、会田誠の7名に加え、草間彌生の参加が決定しました。
「パビリオン・トウキョウ2021」は2021年7月1日(木)から9月5日(日)の間に開催され、会期中は都内各所でパビリオンの見学が可能となります。今後、制作過程などを公開しながら、本企画を通して東京の都市としての魅力を広く発信していく予定です。