SHARE 【特集:建築家のためのウェブ発信講義】403architecture [dajiba]・辻琢磨によるレビュー「社会に接続せよ」
書籍『建築家のためのウェブ発信講義』を特集するにあたり、辻琢磨さん(403architecture [dajiba])・猪熊純さん(成瀬・猪熊建築設計事務所)・高橋寿太郎さん(創造系不動産)にレビューを依頼しました。
本書では建築家の世界を「学問としての建築」「ビジネスとしての建築」という視点で語っています。レビュー企画を行うにあたり、これらの視点を体現していると以前より感じていた方々に依頼することで、本書籍の多様な見方が浮かび上がるのではと思いました。
辻さんには「学問としての建築」を体現している立場として、建築家をサポートする活動で注目を集める高橋さんには「ビジネスとしての建築」として、そして、住宅にとどまらず公共・商業など幅広く活動する猪熊さんは、その両方を架橋する視点でのレビューを期待し依頼しました。
執筆頂いたレビューは、建築人としてのそれぞれの立場と実践からの正に「生きた言葉」と言ってよいものになっています。本書籍を理解するための補助線として閲覧いただければ幸いです。
(アーキテクチャーフォト編集部)
社会に接続せよ
後藤連平さんとこの書籍について
後藤さんとは、2009年の冬、浜松出身の建築関係者が集まる交流会で初めてお会いした。当時大学院だった僕に、twitterで声をかけてもらい参加したことがきっかけで、翌年の浜松建築会議が始まり、自分たちの浜松での独立につながった。だから後藤さんは自分の浜松での活動の発端といえる。
当時から、architecturephoto.net(以下アーキテクチャーフォト)の存在は僕も知っていたけど、後藤さんが運営しているということは知らなかった。まさか浜松の人がウェブにおける建築の情報発信の先端にいるという事実に驚いたことを思い出す。ともかく自分はその後浜松で独立し、@remgotoとしての後藤さんとは浜松の建築仲間の一人として、@archiphotoの後藤さんとは作家と編集者の関係として、事あるごとにお付き合いさせていただいている。
当時はまだ「ブックス」も「ジョブボード」もなく、純粋な建築のポータルサイトとして機能していた時代から、今や建築業界における情報インフラといって過言ないくらいに大きな存在となったその軌跡を僕は近くで目撃してきたし、一方でまた後藤さんも、独立する前からの自分の足取りを隣で見守ってくれていた。立場は違うが、浜松を拠点に建築に取り組む土壌や、独立した個人として社会と対峙し始めたタイミングはとてもシンクロしている。
そんな後藤さんが書籍を上梓した。「建築家のためのウェブ発信講義」というタイトルである。その名の通り、これまで後藤さんが培ってきたウェブサイトのノウハウを、建築家の主体的な情報発信のために共有する目的で執筆されている。アーキテクチャーフォト同様に、その構成も文体も非常に丁寧だ。
以下の写真はクリックで拡大します
目次は全3章から構成される。1章では「アーキテクチャーフォトというメディアでの気づき」として後藤さんのこれまでの個人史やサイト運営に至る経緯や気づいたことをまとめ、この本の導入とし、「ウェブ発信の技術 理論編」と題した2章では、建築家がウェブ発信に取り組む際のテクニックや留意すべきことを理論として解説、3章では、「ウェブを使いこなす建築家たち 実践・分析編」として9組の建築家に焦点を当て、今の時代のウェブ発信として有効な具体例を紹介するという構成である。特徴的なのはその目次の丁寧さで、通常の目次よりも非常に細かく、小見出しまで一覧で確認でき、且つそれがタグ付けによって紐付けられている。同時に、2章、3章は、「講義」のレイヤーも導入されており、章を跨いで第1-12講が割り当てられている。試しに講義タイトルだけを抜き出してみよう。
第1講 建築家はウェブとどのように向き合えば良いか
第2講 ウェブ活用のための3カ条
第3講 価値を発信するための思考法
第4講 藤村龍至さん
第5講 堀部直子さん
第6講 連勇太朗さん
第7講 伊礼智さん
第8講 佐久間悠さん
第9講 豊田啓介さん
第10講 渡辺隆さん
第11講 相波幸治さん
第12講 川辺直哉さん
と講義に限るとその半分以上が建築家の紹介に当てられている。そして、カバーされる守備範囲はとてつもなく広い(上記の作家が掲載されたメディアの種類は紙媒体に絞ったとしても10を軽く超えるだろう。)が、ここに登場する建築家の方々に共通するのは、後藤さんがいうビジネスと学問の関係(下記気づき08を参照)の取り持ち方が、そのまま建築家の作家性となり、社会にも受け入れられているという点だ。それぞれの建築家の取り組みはもちろん、その価値の取り出し方の視点は、後藤さんの彗眼から生まれていることはいうまでもないだろう。建築家への眼差しが、非常に特異で、それだけでも読み応えがある。
このように、目次からだけでも、著者の意図が十分に伝わる複合的なメッセージを読み取ることができる。
さて、後藤さんからこの書籍のレビューをお願いされて今僕はパソコンと向き合っているのだが、この書籍に習って、自分が感じたことを、自分の特徴を考慮し、twitterと連動させながら書いてみたい。おそらく私の強みは5,300人(2018年4月時点)のフォロワーであると思われ、その大多数が若い建築関係者や学生であり、彼らに対してレビューを届けるということが、自分にしかできないことだと感じるからである。私がこの書籍を読んで気づいたことを中心に、11のツイートにトピックを振り分け、既に@tsujitakumaで呟いた。内容と下記は同様である。通読しても独立させて読んでも、文意が成立するようなテクストを目指した。
気づき01|丁寧な戦略
とかく、僕に足りないものばかりがこの本に書いてあった。それは戦略や計画、慎重さや丁寧さ、自分の強み、弱みを意識すること、そうした特徴を逆算してアウトプットすること、伝わる矛先を意識すること等である。故に、よっぽど自分よりも後藤さんの方が建築家だなというのが正直な感想である。
気づき02|場当たり的な加算式
しかし一方で、アーキテクチャーフォトという名前や、アーキテクチャーフォトジョブボード、アーキテクチャーフォトブックス、といった名前には、意外にも、計画性というよりは目の前の状況への反応を繰り返す足し算性が感じられる。それは後藤さんの生存戦略で結果的に残った名前なのである。
気づき03|戦略と反応のフィードバック
そうした戦略と反応を繰り返し、自分で狙ったとおりに世界が動く瞬間と動かない日常を積み重ねて、アーキテクチャーフォトが生まれたのだ。気づけば、幾多の建築家を飛び越えて書籍を執筆するに至った。あくまでも建築家と建築をサポートする立場だが、もはや「作家性」を纏っているといえよう。
気づき04|自らのすべてがコンテクストである
後藤さんの「戦略」は自分自身のプロジェクトを次のプロジェクトの前提にすることで成立してきたように思う。アーキテクチャーフォトの地道な運営から「ファン」と知名度を確保し、その専門的な集客を生かして、建築系求人サイトと、建築専門古書販売を行う。その経験のすべてがこの書籍につながっている。
気づき05|刷新<更新
アーキテクチャーフォトがリニューアルした時があった。刷新という言葉よりも微調整という言葉がしっくりするその手つきは、まるで青木淳がチューニングと呼ぶような繊細さで行われたリノベーションである。自身が手掛けたプロジェクトのリノベーションである。ウェブを更新するという態度は、建築を更新するそれとパラレルに理解可能だ。
気づき06|メディアを横断する
今私がこの文章を書いている間に、アーキテクチャーフォトでは様々な記事がアップされ続け、一方で紙面にはHPのスクリーンショットが多用され、その情報は固定されたままである。重要なのはその対比ではなく、スマホを片手にこの書籍を読むと知識が立体化されるという、メディアを横断する感覚だ。
気づき07|そもそも!の価値
この書籍に限らず後藤さんの一連の取り組みは、そもそもここにはこんな価値があったのか!と思わされることの連続だ。こんな建築が今求められているのか!個人のウェブサイトというのは、建築作品を乗せ放題の場所なのか!専門ウェブサイトの知名度は、専門的な求人情報サイトに結び付けられるのか!
気づき08|学問からビジネスまで
書籍中の大きな座標になっているのが、学問としての建築と、ビジネスとしての建築という振り分けである。例えば「住宅は芸術である」と篠原一男は叫び、林昌二は「その社会が建築をつくる」とマニフェストした。その古くて新しい二項対立を、後藤さんは、学問とビジネスという、平易な言葉で更新した。
気づき09|メディアとしての建築家
ウェブを使えば、建築家は、自分を最短距離で広告できるという前提がこの書籍にはある。即ち、情報の川上に立てる建築家が教育される。建築家がメディアになる時代の、初めての指南書である。その射程はウェブ空間にとどまらない。これが書籍として出版された事自体が、それを証明する。
気づき10|多様性の当事者になる
インスタからKGDVSまで、後藤さんの価値軸の射程範囲は広い。途方ない多様性への意識こそが建築家の態度につながる。建築作品がインスタで#マイホームとタグ付けられる事実を後藤さんは我々に突きつける。自らの外側にある価値に気づき、当事者となること。それが建築家が社会につながる方法だ。
気づき11|社会に接続せよ
“社会に接続せよ”とは、後藤さんと共に2010年に企画した浜松建築会議の一回目(この書籍に登場する、藤村さん、連くん、渡辺さん、中村成孝さん、studio-Lの山崎亮さんも参加してくれた。)のテーマだ。その言葉に見られるほど強い口調でなく、丁寧で優しく、しなやかな方法によって、後藤さんは密かに、そして改めて呟いているように思える。「建築家諸君、社会に接続せよ。」
辻 琢磨
1986年静岡県生まれ。2008年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業後、2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。2011年403architecture [dajiba]共同設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。現在、大阪市立大学、滋賀県立大学、武蔵野美術大学非常勤講師。受賞歴として2014年に第30回吉岡賞、2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館にて審査員特別表彰。
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