SHARE 日本ペイント×architecturephotoコラボレーション企画 “色彩にまつわる設計手法” / 第4回 加藤幸枝・中編 「色彩を設計するための手がかり① 中山英之設計『Yビル』」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2020」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto」のコラボレーションによる特別連載企画です。4人の建築家・デザイナー・色彩計画家による、「色」についてのエッセイを読者の皆様にお届けします。色彩計画家、加藤幸枝氏担当の第4回目中編は建築家の中山英之氏の作品を測色し、判断の根拠を推測していただきました。
色彩を設計するための手がかり① 中山英之「Yビル」
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色彩を設計するためには、どういった視座や手法を身につけるべきなのでしょうか。
私自身は前編で述べたように、直近の、あるいはそれまでさほど気にされずに/放置されてきた色彩における課題に対する「解決策としての色彩設計」に職能としての必要性を感じ、積極的に取り組んできました。その考え方はもちろん新築の計画の際にも役立つものですが、設計という行為においては過去や現況を参照するだけでなく、色彩の現象性や色と色/色と素材とを組み合わせた時の効果や影響を充分に把握し、新しい環境の創造に活かしていくことが大切である、と常々考えています。
一方で私は、効果や影響は大きければよいというわけではない、とも考えています。
都市やまちは変わり続けるものです。周辺の環境や社会情勢等の変化をはじめ、日々の天候や季節の変化も対象にさまざまな影響を与えています。こうした影響とどこまで向き合い、対峙するべきなのか/断ち切って開拓する(・突き抜ける)べきなのか…。かれこれ30年、この仕事に係わる中でも、明確な答えは見つかっていません。
経験に基づき確信を持って言えることといえば、前編で述べた色彩の最大ともいえる特徴、「相互に作用しあう」という事象です。この特徴をできるだけ丁寧に観察し、分析・考察することで、「相互作用の程度や塩梅」を言語化することが可能になります。私はその観察の手がかりとして「色を測る」という行為を習慣化してきました。
建築家やデザイナーが色彩がもたらす影響や変化にどのように向き合い、設計において最終的な判断や決定を下す根拠を見出しているのか。3氏が手掛けた作品を実際に測色し、その数値を手掛かりに紐解いてみたい、と考えました。
わずかに黄みを帯びたグレイ/中山英之「Yビル」
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建設地を地図で確認してみると、これまでに何度も通りかかったことのある場所でした。T字の交差点にあり、多くの車両や歩行者から見られる環境です。
ビルの1階には現在、不動産を扱うテナントが入居されています。ファサード正面にある寒色系の帯看板(屋外広告物)は控えめなサイズと落ち着いた色調であり、周囲を見渡してみると、どのビルも同様に屋外広告物に対する工夫や配慮の様子が伺えます。
このエリアは港区の景観計画において「プラチナ通り周辺景観形成特別地区」に指定されており、通りに面する建築物は規模の大小を問わず、すべてが届出対象行為とされています。周辺の建物を含め、おそらく屋外広告物についても、建築物そのものや周辺との調和、通りの洗練されたイメージにふさわしい広告物のあり方や掲出方法について、さまざまな助言や指導が行われていることが推測できます。
外装のパネルは2.5Y 7.0/0.5程度でした。竣工から時間を経て、経年変化が見られるのかもしれませんが、完全なN(ニュートラル)系ではなく、間違いなくわずかに黄みのあるグレイでした(1階部分はすべて柱と建具で壁面がないため、写真のように離れた場所(公道から)から2階部分の測色を行いました)。向かって右側のビルの側壁面がN(ニュートラル)系でしたので、比較するとやはりYビルの方がほのかに色味があることがわかります。
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基調となる壁面がほのかに色味を持つことで、舗装を含めた暖色系の色調との対比は和らぎ、融和的なつながりが生まれています。無彩色がその名の通り「ニュートラル」で、さまざまな色を「受け止める」ことは間違いではありませんが、建築物のように規模が大きく周囲が圧倒的に暖色系中心の場合、無彩色は色相対比が強調され(暖色系の補色が現れ)青みがかったグレイに見え、人工的な印象や無機質さが強調されやすくなります。
色が強調されることが良くない、というわけではありませんが、まちなみの形成という観点においては、基調となる部分の連続性が何らかのかたちで構築される方が、突出した印象(=違和感)を避けることができる、という色彩の特徴がよく表れていると感じました。
これは推測ですが、外装材は塗装色を指定して決められたものではなく、製品色にあったY(黄)系グレイなのではないでしょうか。限られた選択肢からの消去法的な選定、あるいはこれはあえて塗装等を施していない「素地色」だったのかも知れません。
ですが、このYビルにはそっけないほどにシンプルな外装材(色)が選ばれたことで、この先入居するテナントが変わっても、長くまちなみの「地」として、この地にあり続けるように感じました。
ご本人に教えて頂いたところ、建設時、全面の道路はまだ整備前の状態だったそうです。中山氏は早い段階から調査を行い、舗装に使用が予定されていたブロックを建物内にも敷き込むことで、まちなみとの連続性をつくり出すことを試みられています。
外装材の選定は、そうして舗装を揃えたことにより、結果として同じ歩道上に立つ信号機(亜鉛メッキされた鉄)や電柱(コンクリート)等との同化が図られているのだそうです。
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地上部に立つ素材は、いずれもひとことで表すと「グレー系」の素材ですが、特にコンクリートはこれまで全国各地で測ってきた結果、ほのかに黄み(彩度0.3~0.5が最も多い)を持った素材です。
交差点からYビルを見渡す際、他のやや突出して見える鮮やかな建物に比べ、周囲と揃った印象を与えている要因の一つとして、外装色の持つ色相(色合い)が同調していること、が挙げられます。
※測色は2020年9月時点のものであり、計画時・竣工時の数値とは経年変化等により多少異なる可能性があります。
加藤幸枝(かとう・ゆきえ)
1968年生まれ。色彩計画家、カラープランニングコーポレーションクリマ代表取締役。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後、日本における環境色彩計画の第一人者、吉田愼悟氏に師事。トータルな色彩調和の取れた空間・環境づくりを目標に、建築の内外装をはじめ、ランドスケープ・土木・照明デザインをつなぐ環境色彩デザインを専門としている。
色彩の現象性の探求や造形・空間と色彩との関係性の構築を専門とし、色彩計画の実務と並行し、色彩を用いた演習やワークショップ等の企画・運営、各種団体の要請に応じたレクチャー・講演会等も行っている。
近年は景観法の策定にあわせ、全国各地で策定された景観計画(色彩基準)の運用を円滑に行うための活動(景観アドバイザー、景観審議会委員等)にも従事している。2011年より山梨県景観アドバイザー、2014年より東京都景観審議会委員および同専門部会委員、2017年より東京都屋外広告物審議会委員等を務める。主な著作に『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』(学芸出版社、2019年)、主な受賞に「グッドペインティングカラー2018」新築部門優秀賞(北好間団地)(2018)がある。
「色彩にまつわる設計手法」アーカイブ
- 第4回 加藤幸枝・前編「色彩を設計するということ」
- 第3回 原田祐馬・後編「石ころ、スマホ、記憶の肌理、」
- 第3回 原田祐馬・前編「団地、ゲームボーイ、8枚のグレイ、」
- 第2回 藤原徹平・後編「色と建築」
- 第2回 藤原徹平・前編「まずモノクロームから考えてみる」
- 第1回 中山英之・後編「『塗られなかった壁』が生まれるとき」
- 第1回 中山英之・前編「世界から『色』だけを取り出す方法について」
日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」について
森田真生・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」が開催されます。最優秀賞はアジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)と日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈られます。登録締切は、2020年11月12日(木)。提出期限は、2020年11月18日(水)とのこと。