SHARE 日本ペイント×architecturephotoコラボレーション企画 “色彩にまつわる設計手法” / 第4回 加藤幸枝・後編 「色彩を設計するための手がかり② 藤原徹平『クルックフィールズ シャルキュトリー棟・ダイニング棟・シフォンケーキ棟』、原田祐馬『UR都市機構・鳥飼野々2丁目団地』」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2020」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto」のコラボレーションによる特別連載企画です。4人の建築家・デザイナー・色彩計画家による、「色」についてのエッセイを読者の皆様にお届けします。色彩計画家、加藤幸枝氏担当の第4回目後編は建築家の藤原徹平氏、アートディレクター / デザイナーの原田祐馬氏の作品を測色し、判断の根拠を推測していただきました。
色彩を設計するための手がかり②
藤原徹平「クルックフィールズ シャルキュトリー棟・ダイニング棟・シフォンケーキ棟」
原田祐馬「UR都市機構・鳥飼野々2丁目団地」
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つながりをつくる素材・色彩/藤原徹平「クルックフィールズ シャルキュトリー棟・ダイニング棟・シフォンケーキ棟」
千葉県木更津市にある、体験型の複合施設です。30haもの広大な敷地の中に、農園や養鶏場・アート展示やレストラン・宿泊施設などが集積しています。
藤原氏率いるフジワラボによって設計された主な施設は、シャルキュトリー(食肉加工・販売)棟・ダイニング(レストラン・カフェ・ベーカリー)棟・シフォンケーキ(製造・販売)棟の3つです。シャルキュトリーは鉄骨造、他2つは木造で、外装にはそれぞれ自然素材が使用されています。
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外装色を測ってみたところ、シャルキュトリー棟の鋼板は10R 3.0/3.0程度、鉄骨部分の錆止め塗装は10R 3.0/8.0程度でした。色相(色合い)と明度(明るさ)は同じで、彩度(鮮やかさ)のみが異なります。鋼板の広い面は彩度が低く、鉄骨の線材はやや彩度があり、この面積比の効果もあって2色(素材)の違いはさほど意識されません。さらにシャルキトリー棟は軒が深いため、少し距離を置くと外観はぐっと暗さを増し、スレンダーな平面形状を連想させる屋根面が明るく引き立って見えました。
設計を担当されたフジワラボのスタッフ、中村さんにお話を伺ったところ、シャルキュトリー棟は小規模ながら食品を扱う「工場」であることから内部空間を清潔に保ち、フレキシブルな設計ができる鉄骨造が選択され、加工肉の血肉のイメージからも自ずと鉄(色)が選定されたのだそうです。
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ダイニング棟の外観は木板仕上げですが、特徴ある形状の開口部周りにはシャルキュトリー棟でも使用されている鋼板が、ベーカリーの入口には塗装色が見られます。木材は既に経験変化が始まっており、今後徐々に落ち着いて(彩度が下がって)いくことが予想されますが、現況では10YR 6.0/3.0~4.0程度が中心でした。
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ベーカリーの入口は5YR 9.0/0.5程度、白ですがわずかに黄赤みがあり、木材の持つ黄赤系の色味を「拾った」色調です。現地で複数の色見本を用意した上で選択されたという「わずかに色味のある白」は、木材との相性が最もよかったというお話でしたが、そこには心理的な心地よさの要因である色相調和の考え方を見ることができます。
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丸みを帯びたシフォンケーキ棟には、この土地の土を混ぜ込んだという土壁による左官仕上げが用いられています。土壁は10YR 5.5/4.0程度、木壁は10YR 6.0/3.0~4.0程度。数値的にはほぼ同等の色でした。
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環境に対し人工物が対峙していることは間違いありませんが、敷地全体の中でどの建築が新築なのかは一見ではわかりませんし、どの建築物も何年も前からこの地にあるようにも感じられました。そこには建物間の素材の行き来や、素材同士の色の類似性も「効いている」のではないか、と感じました。
配色がつくる新しさと楽しさ/原田祐馬「UR都市機構・鳥飼野々2丁目団地」
長年数多くのグラフィックデザインを手掛けられてきたことからも、原田氏がこれまで本当に数えきれない程の「色の選定」にあたられてきたことは容易に想像がつきます。色の特性はもとより、色と色を組み合わせ「配色」した際の効果や影響を熟知され、影響の度合いや塩梅を丁寧に検証し実践されている―。いくつかのお仕事を拝見し、そのように感じています。
鳥飼野々2丁目団地は、小さな町工場や戸建て住宅が密集する閑静な住宅街にあります。周囲の色を「ハンティング」し、まちの色彩的な特徴を参考にしたという色彩計画は、多色が使われつつもまとまりがあり、写真からは想像できなかったのですが、意外なほど落ち着きも感じられます。そして何よりも圧倒的な楽しさがあり、それまでの均質だった団地に新たな個性が生み出されています。
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外装の基調色はN9と10YR 7.0/3.0・7.5YR 8.0/1.0程度。アクセントには10YR 7.0/6.0程度のやや鮮やかな色が見られました。
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妻壁に用いられている色は、R(赤)系・GY(黄緑)系・G(緑)系・BG(青緑)系、黄緑~青緑系の類似の3色相に、R(赤)系がアクセントとして添えられています。多色を用いても決して乱雑な印象にはならないのは、近接する3色相+1色相という色相対比のバランスと、トーン(色の調子・明度と彩度を合わせた概念)の整え方にあるように感じました。
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そのことを解説するために、撮影した画像をグレースケールに置き換えてみました。
まず右と左で明るさが明確に異なることがわかります。左側の下3段(色)はトーンがやや落ち着いていて(①)、左側最上部と右側の2・4段目が揃い(②)右側最上部がやや明るくなっていることがわかります(③)。
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方位は向かって右側が南ですので、光源に近い方がより明るいという配色はごく自然で、同一平面ではあるものの立体的な陰影を感じさせるような配色となっています。さらに、やや高さのある単調な壁面の上部は軽快に、中・低層部には一定のまとまりを持たせつつ濃淡で変化を出すことで、単色で長大だった壁面のスケール感が和らげられている、と考察しました。
実は現地で「これをグレースケールに置き換えたらこうなるな/こうなるかな」と予測をしながら測色を行ったのですが、その後原田さんのテキストの前編を拝読した際「9つのグレー」についての体験が書かれていて、その偶然に驚くとともに、原田氏の設計思想の一端を推測できたような気がして、なんだか嬉しくなってしまいました。
鳥飼野々2丁目団地の配色は周囲とのつながりがあちこちに見られた、という発見もありました。バルコニー側の手摺壁スラブにはPB(紫青)系の低明度色が用いられています。妻壁の柔らかな色調とは対比的ですが、長大な壁面の分節化に効いていて、透ける手摺子部分と相まって壁面の奥行きを感じさせます。ふと周囲を見渡すと、右側の戸建住宅の外壁が類似色でした。
私は色がこうして「まちをつなぐ」ということが本当に面白く、まちを歩いていると夜空で星座を探すように、色と色とをつなぎたくなります。
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今回、中山英之・藤原徹平・原田祐馬3氏の作品を実際に測色し、その色がつくり出す「周辺環境との相互作用」について、私なりの視点で文章を書いて参りましたが、改めてその色(素材)自体に特別な意味や効果があるわけではなのだな、ということを強く感じています。
工業製品としての建材、建材用に加工・調合・精製される自然素材、躯体や建材の保護に活用される塗料。そのいずれもが色を持っていて、組み合わせる素材や色彩により「色としての見え方」が決まっていきます。測色はその「見え方の仕組み」を知る(観察する)ための手がかりのひとつであり、誰もが気軽に取り組むことのできるリサーチ手法です。
相互に影響を与えあう色彩世界の奥深さ・面白さに、ぜひ多くの方に触れて頂きたいと思っています。
※測色はいずれも2020年9月・10月時点のものであり、計画時・竣工時の数値とは経年変化等により多少異なる可能性があります。
加藤幸枝(かとう・ゆきえ)
1968年生まれ。色彩計画家、カラープランニングコーポレーションクリマ代表取締役。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後、日本における環境色彩計画の第一人者、吉田愼悟氏に師事。トータルな色彩調和の取れた空間・環境づくりを目標に、建築の内外装をはじめ、ランドスケープ・土木・照明デザインをつなぐ環境色彩デザインを専門としている。
色彩の現象性の探求や造形・空間と色彩との関係性の構築を専門とし、色彩計画の実務と並行し、色彩を用いた演習やワークショップ等の企画・運営、各種団体の要請に応じたレクチャー・講演会等も行っている。
近年は景観法の策定にあわせ、全国各地で策定された景観計画(色彩基準)の運用を円滑に行うための活動(景観アドバイザー、景観審議会委員等)にも従事している。2011年より山梨県景観アドバイザー、2014年より東京都景観審議会委員および同専門部会委員、2017年より東京都屋外広告物審議会委員等を務める。主な著作に『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』(学芸出版社、2019年)、主な受賞に「グッドペインティングカラー2018」新築部門優秀賞(北好間団地)(2018)がある。
「色彩にまつわる設計手法」アーカイブ
- 第4回 加藤幸枝・中編「色彩を設計するための手がかり① 中山英之設計『Yビル』」
- 第4回 加藤幸枝・前編「色彩を設計するということ」
- 第3回 原田祐馬・後編「石ころ、スマホ、記憶の肌理、」
- 第3回 原田祐馬・前編「団地、ゲームボーイ、8枚のグレイ、」
- 第2回 藤原徹平・後編「色と建築」
- 第2回 藤原徹平・前編「まずモノクロームから考えてみる」
- 第1回 中山英之・後編「『塗られなかった壁』が生まれるとき」
- 第1回 中山英之・前編「世界から『色』だけを取り出す方法について」
日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」について
森田真生・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」が開催されます。最優秀賞はアジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)と日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈られます。登録締切は、2020年11月12日(木)。提出期限は、2020年11月18日(水)とのこと。