SHARE 【ap特別企画】西澤明洋インタビュー「ブランディングデザイナーと考える、いま建築家が向き合うべきこと」(聞き手:後藤連平)
ブランディングデザインを専門とし、幅広い業種の企業と仕事をするエイトブランディングデザインという会社がある。代表的な仕事には、クラフトビール「COEDO」や抹茶カフェ「nana’s green tea」があり、エイトブランディングデザインの名前を耳にしたことがなくても、これらの商品や店舗を見たことがある人は多いのではないだろうか。
この会社の代表を務めるのが、ブランディングデザイナーの西澤明洋だ。その道で名を知られた存在であるが、実は京都工芸繊維大学で建築を学んだという経歴も持っている。実際の仕事を振り返っても、建築と不動産のあいだを追求する「創造系不動産」のブランディングや、「キノアーキテクツ」とコラボレーションなど、建築に関わるプロジェクトも数多く手がけている。
今回、アーキテクチャーフォトでは、ブランディングデザインの専門家である西澤に「いま建築家が向き合うべきこと」をテーマに、率直な意見を聞くインタビューを行った。聞き手を務めたのは編集長の後藤連平。後藤自身も、これまでに西澤の様々な著書からアーキテクチャーフォトを発展させるヒントを得ていると言う。
この混沌とした現代において、建築で生きる道を選んだ方々にインスピレーションを与える話が聞き出せるのではないか。そんな思いを持って、読者の皆さんを代表する心構えで話を聞いたとのこと。
対話の中で出たトピックは、業界構造を分析する話から、方法論の提示の仕方、フィーの貰い方まで、多岐に渡った。そこには、同時代を生きるクリエイターであり、建築を学び建築に隣接する分野で活躍する西澤ならではの視点が明確に込められている。
このインタビューから少しでも建築人生を生き抜くヒントを得てもらえれば幸いである。
(アーキテクチャーフォト編集部)
西澤明洋(にしざわ あきひろ)
ブランディングデザイナー1976年滋賀県生まれ。株式会社エイトブランディングデザイン代表。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動を行う。リサーチからプランニング、コンセプト開発まで含めた、一貫性のあるブランディングデザインを数多く手がける。主な仕事にクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、スキンケア「ユースキン」など。著書に『ブランディングデザインの教科書』(パイ インターナショナル)ほか。デザイン誌での特集に『デザインノート/西澤明洋の成功するブランディングデザイン』(誠文堂新光社)がある。
西澤明洋 / エイトブランディングデザインによる代表的な仕事
業界と状況の変化を客観的に分析
後藤:ぼくと西澤さんは、同じ京都工芸繊維大学の出身ということもあり、これまでもいろんな交流をさせていただいてきましたが、西澤さんのお仕事を一覧して見ると、デザインの文脈だけでなく、建築分野にも通じる考え方が多分に含まれているなと改めて感じました。そこで今回は、具体的なプロジェクトをうかがうというよりは、西澤さんの仕事を通して建築家の方へのメッセージを探っていくような対話になれば、と思っています。
西澤:よろしくお願いします。今年(2022年)の7月に「デザインノート」で『西澤明洋の成功するブランディングデザイン』(以下、『デザインノート』)という特集を組んでもらったのですが、これは我々としてもインパクトが大きいです。グラフィックデザインの業界からすれば、ぼくは亜流というか、ふつうのキャリアではありませんから。だからこそ、原研哉さんとか佐藤可士和さんとか、グラフィックデザインの王道を歩いている人たちが特集されるような雑誌に取り上げてもらえたことは、素直にうれしいです。
後藤:西澤さんは建築の出身ですからね。
西澤:自分でもアウトサイダーだなという認識はあったので。建築からプロダクトデザインに進んで、グラフィックデザインはほぼ我流です。そうしたキャリアの過程で「ブランディングデザイン」と言いはじめるようになって、すこしずつ独自のポジションができてきたのかなと思います。今回の特集をきっかけに、デザイン業界の風向きが本格的に変わるかもしれない。その節目に、建築メディアを運営している連平くん[編注:後藤のこと。なお西澤氏は後藤の3歳年上]にインタビューしてもらうのは、とても嬉しく思います。
後藤:ぼくも建築業界からすればアウトサイダーな立場だと思っているので、自分の話を聞いているようでした(笑)。ぼくが建築を学んでいた2000年前後は、新しいかたちをつくり道を切り開くというような感覚が残っていましたが、社会に出て10年以上働いてみると、それだけでは建築家が生き残れない世の中になっていることを強く感じました。徐々に変化する社会に合わせて、新しいかたちを生みだす建築家だけでなく、べつの領域で仕事をつくる建築家も増えたように思います。その流れがあるからこそ、ぼくのような亜流の存在も求められている感覚があります。こうした建築業界の流れと同じような動きは、デザイン業界でもあったのですか?
西澤:あると思いますね。まず、グラフィックデザインのメインストリームは広告にあります。広告という産業スキームのなかで、アートディレクターという職種をつくり、そこからスターデザイナーが生まれてきました。その後、おそらく2000年代に入って、グラフィックデザイナーの人口が爆発的に増えました。たとえば建築設計ならそれなりにトレーニングを積んで建築士資格を取らないとできませんが、グラフィックデザインはIllustratorやPhotoshopがあればだれでもつくれちゃう。
後藤:ちょうどぼくたちが学生だったころが、Adobeが普及した時代でしたよね。
西澤:グラフィックデザイン業界にはたくさんの団体があるので[日本グラフィックデザイナー協会(JADGA)、東京アートディレクターズクラブ(ADC)など]、メインストリームがかんたんに揺らぐものではないのですが、とはいえ状況は大きく変わっています。現場レベルでの肌感だと、この10年ですごく変わりました。
後藤:その変化は、視覚的に優れたものをつくる以上のことが求められている、ということなのですか?
西澤:そうですね。もっと簡単に言うと、広告が機能しなくなってきました。以前は、企業から消費者への情報ルートが大きなメディアしかありませんでしたよね。新聞や雑誌、テレビやラジオといったいわゆるマスメディアがあって、そこに高額な費用を使える大きな企業だけが広告をつくっていた。そこは、大手の広告代理店のデザイナーや有名なグラフィックデザイナーのような、特定のルートでデザインを発表できる権限をもっている一部のデザイナーしかプレイできない特殊な領域でした。それがいま、インターネットやSNSが普及して、自己発信できるようになった。アーキテクチャーフォトはまさにそうした時代だから生まれたメディアですよね。ちょうどぼくらが学生だったころにネットが広まって、同時にIllustratorも普及して。その結果、グラフィックデザインは誰もが自由に行えるようになった——民主化されたんだと思います。
後藤:そうしたゲームチェンジが起こった結果、デザインのつくり方も変わったのですか?
西澤:連平くんが建築について話していたことと同じように、当時のグラフィックデザイン(広告)は、どれだけ美しいかたちか、どれだけインパクトのあるコピーか、という表現のディテール勝負だったのだと思います。それは強固なインフラが整えられていたからでしょう。むしろぼくは、そのインフラが崩れようとしているときに参入したので、はじめから広告に興味がない。独立当初から、広告代理店の下請けはやらないとか、業界のコンペに参加しないとか、仕事をつくるところから普通ではありません。
後藤:西澤さんの業界分析、おもしろいですね。独立された頃からずっとつづけているんですか?
西澤:当然のようにつづけていますね。グラフィックデザイン業界だけでなく、たとえばコンサルや広告代理店のようなガツガツ営業するタイプの会社の動向も見ながら、自分のポジションはどこにあるか、という観点でずっと考えています。
環境を読み、つくり、発信する
後藤:西澤さんの言う情報環境の変化は、建築業界でも同じようにあったと思います。20年前の建築家は、雑誌を発表媒体に定め、掲載を目指して設計しているところがありました。その後、ウェブサイトをつくれるようになって、学生でも自分のポートフォリオをネットにアップできるようになり、さらにSNSができて、より多くの人に見てもらえるようになった。
そうした時代になって改めて重要になるのが、自分が何を考えて表現しているのかを言語化して伝えることのように思います。西澤さんは2014年に発行された『新・パーソナルブランディング』(宣伝会議、2014年)のころから「言語化」と「伝言ゲーム」が重要だと繰り返しおっしゃっていますが、2020年代になってますますリアリティが増したように感じますよね。
西澤:そうですね。ブランディングデザインを実践していくにあたって、重要なのは自分の根っこをもつことだと思います。さきほどの業界分析として話したように、インフラや環境はいくらでも変わる可能性がある。いまはSNSが主流ですが、10年も経ったらガラッと変わっているかもしれない。予想できない時流のなかで、デザイナーが一貫性をもって取り組むための自分自身の根っこは何なんだろうと考えたときに、たどり着いたのが「経営」だったんです。
後藤:ご自身の会社の経営という意味ですか?
西澤:ぼくたちのデザインする対象という意味で、です。ブランディングデザインは経営をデザインするんだ、という気づきがあったんです。クライアントである企業がどうあるべきかというところから考えて、その会社に適したかたちでデザインを実装していく。そのとき、そのブランドをどう経営するかを考えるという視点が必要になります。ぼくのやっているブランディングデザインは、クライアントの経営戦略にもデザインとして入り込んでいく。これはたぶんほかのアートディレクターやグラフィックデザイナーとはちがうやり方だろうし、ぼくの根っこみたいなものなんだなと。
後藤:なるほど、デザインだけでなく「経営」が西澤さんにとってのブランディングデザインの「言語化」だったわけですね。一方でそれをいかに一般に伝えるかの「伝言ゲーム」も重要になるわけですが、デザインや芸術関連の分野には、いいものをつくれば勝手に知られていく、みたいな考え方もありますよね。ぼくが編集者としてアーキテクチャーフォトをやる以上、そうした側面があることは認めつつも、やっぱり可能な限り伝わる範囲を最大化したいと思うわけです。でも、ぼく自身も過去を振り返るとそうだったのですが、自分がつくったものを自分自身で発信することに、むしろカッコ悪いとか、恥ずかしいと思う人もいるんじゃないかと思うんです。
西澤:クリエイターとしては、つくったものが勝手に売れたり伝わったりするのはすごく気持ちいいですよね。それができる人は素晴らしいし、ある種すでにブランド化されているんでしょう。でもやっぱり、繰り返しになりますが、時代が変わりましたね。ボーナスステージは終わったんですよ。デザインが特殊な技能だった時代はプレイヤーが少ないから、そうした人が出やすかったのかなと思います。いまはプレイヤーが増えて、その分勝率が下がっているから、自分自身で積極的に届ける努力をしなきゃいけない。つくって伝えるまでが、デザイナーのスキルセットになっているんじゃないでしょうか。
後藤:建築設計業界でも、そうした状況認識は共通してあると思います。
西澤:そうですよね。建築教育にも、設計製図のような科目に並べて、プレゼンテーションの授業があってもいいように思います。表現することだけじゃなくて、世の中への発信方法を学ぶ機会が求められていますよね。
後藤:本当にそう思います。戦略をもって適正な伝え方をすれば、届けたい場所に届くじゃないですか。それが次のつくる機会にもつながる。作品をより多くつくって、そこから自身が学びを得るような循環をつくるためには、西澤さんがおっしゃるように、つくって伝えるまでを戦略的になって取り組む必要があるように思います。アーキテクチャーフォトはもしかすると、その伝える部分で建築家の方々とコラボレーションしているようなものなのかもしれません。
西澤:新しいメディアの仕組みですよね。これまでのメディアって、フラットな目線が求められていましたが、本当はメディア独自のポジションがあるはず。アーキテクチャーフォトは連平くんのキュレーションがそのままコンテンツになっているわけで、だからもっと踏み込んだかたちでフラットではないコラボレーションがあってもいい。読者からすればそれがおもしろいんだし、もっと突き詰めてほしいなと思いますね。
そうしたポジショニングってすごく大事で、さっき話した業界分析だってそのために必要です。変化の激しい社会で生き残るために、クリエイターは持続的に利益が上がっていくような状態をいかにつくれるかを考えなきゃいけない。そのためのポジショニングをどうとるか。それはたとえば、インハウスでお勤めの方も同じはずです。会社という枠組みのなかで遊ぶのもいいし、枠組みを広げるように働きかけるのもいい。とにかくすこし俯瞰した目線で自分のポジションを考えることは、独立していようがインハウスだろうが関係ない。会社は個人の人生の責任をとってくれないんだから、自分自身を経営しなきゃいけない——自分自身をブランディングする重要性が高まってきているように思います。
後藤:さきほどの業界分析と同じように、インハウスでも自分の所属している会社がどういう立ち位置にあるか、そしてその組織のなかで自分のポジションをどこに置くか、ということですね。さらに言えば、冒頭のお話にあった、視覚的に優れたかたちをつくればいいという時代じゃなくなったというのも、同じことなんでしょうか。
西澤:そう。だから、トレンドや環境を読んで、リサーチして、マネジメントして、プランに落として、デザインして、発信する。これが全クリエイターの必須能力になってきていると思います。
パーソナルブランディングと言語化の重要性
後藤:いまのお話はまさに「パーソナルブランディング」についての内容だったと思います。ぼくがはじめて西澤さんの存在を知ったのは、さきほど紹介した『新・パーソナルブランディング』でした。この本に「ブランドコンセプト」と「ブランドステイトメント」をつくるべきだと書かれていて、ぼくもアーキテクチャーフォトの活動にブランドコンセプトを与えてみようと考えてみたんです。それが、いまサイトのトップページにも書いてある「建築と社会の関係を視覚化する」という言葉です。
これをSNSにも投稿してみると、いままではなかったような反応をたくさんいただきました。この経験をして、やっぱり言葉にすることってすごく重要なんだなと気づかされました。『デザインノート』でも繰り返し言葉にすることについて書かれていますよね。そこであらためて西澤さんに、言葉の重要性についてうかがいたいです。
西澤:ブランディングには大きく2軸しかないとぼくは思っています。さきほどから話題にも出ていますが、ひとつは「差異化」。自身の作品や活動が他者とどのように違うかを明確にすることです。そしてもうひとつが「伝言ゲーム」。差異化した内容をどう伝えるかを考えることです。この「差異化」と「伝言ゲーム」を両立させるために重要になるのが「ブランドコンセプト」づくりです。
西澤:ブランドコンセプトは、キャッチコピーとは違います。広告業界では、バズり方などを研究して、切れ味の鋭いキャッチコピーをつくりますが、言葉のつくり方としてテクニカルでおもしろいと思う反面、ブランディング的ではありません。伝わり方の時間軸がぜんぜん違うんです。ぼくらのつくるブランドコンセプトは意外と平凡です。切れ味よりも、芯をついていることが大事だと思っています。アイデアの中核としてのコンセプトという側面もあるのですが、より深い、経営戦略の総体として考えています。自分自身を経営するうえで、戦略的に差異化されるよういくつかの施策のつながりを考え、その根っこにある部分をぎゅっと圧縮したのがブランドコンセプト。このブランドコンセプトは、他者に伝言されていく要素もあるんですが、いちばん重要なのは、社内や自分のなかでの判断基準になることだと思っています。
後藤:内部への伝言ゲームとしても機能するんですね。
西澤:結局は自分たちが使うものなので、世の中に表明することばではあると同時に、自分たちがブレずに継続して活動していくための指針になる。たとえば複数の経営戦略案からひとつを選ばないといけないときに、「どれが売れるか」「どれが利益率が高いか」ではなく、「どれがいちばんブランドコンセプトに準じているか」を判断基準にする。
後藤:その基準を言語化しておく必要性はどこにあるのですか?
西澤:個人であれば言語化しなくても暗黙知として成立する部分があると思いますが、言語化して形式知とすることで、ほかのスタッフだったりクライアント、パートナー、お客さまとも共創関係をつくることができる。そうしたコ・クリエイションのための環境づくりに機能します。ぶれない判断軸を本質的に言語化したものが「ブランドコンセプト」で、それを説明するための宣言文が「ブランドステイトメント」になります。『ブランディングデザインの教科書』(パイインターナショナル、2020年)では、ブランドコンセプトとブランドステイトメントのつくり方も丁寧に言語化しました。連平くんはそこからさらに「コンセプト圧縮」というアイデアを生みだしていますよね。
後藤:建築作品を伝えるために建築家の皆さんのコンセプトをさらに圧縮した簡潔で短い文章ですね。今、アーキテクチャーフォトでは、全ての作品記事にこれを掲載しています。
建築作品の捉えられ方が、かたちだけではなく使われる材料だったり社会的な配慮みたいなことも同時に求められるようになって、写真だけでは伝わらないことも多いなと思うようになったんです。たとえば、近年はOMAやMVRDVのような海外の設計事務所の記事もアーキテクチャーフォトに掲載するようになったのですが、そうした大きな会社はプレスリリースを出すんですね。おそらくプレス担当の人が書いた文章なんですが、内容を読んだうえであらためて作品の写真を見ると、ぼくのなかにすごい納得感が生まれるんです。かたちだけで勝負する時代じゃなくなったとすれば、もしかしたらいまはそうした納得度の高さで勝負する時代なのかもしれない。
であれば、圧縮したコンセプトを写真と一緒に見せることで、こういう理由でこのかたちが生まれているんだという納得感を読者に伝えられるんじゃないかと仮設を立てて、そのサポートをアーキテクチャーフォトでしているような意識で「コンセプト圧縮」を実践しています。
いまとなっては、作品を掲載させていただいた建築家の方から「これがコンセプト圧縮なんですね」と言ってくれることもあって、やっぱりそれを「コンセプト圧縮」と言語化したことも重要だったように思います。
設計手法を形式知化することの意味
後藤:西澤さんは「フォーカスRPCD®」のように方法論を商標登録したり、多くの著作を通してご自身の方法論を言語化して広く公開されていますよね。その理由もうかがいたいです。
西澤:ぼくがその方法論の重要性を学んだのは学生時代です。京都工芸繊維大学に在学中、デザイン経営工学専攻が新設されて、ぼくは大学院時代にデザイン経営を学びました[現在はデザイン学専攻に統合]。ゼミの勉強会のなかで、山内陸平先生[現 京都工芸繊維大学名誉教授]から読みなさいと言われたのが、紺野登先生の『知識資産の経営』(日本経済新聞出版、1998年)という本でした。紺野先生はもともと建築出身の方なので、ぼくらでもわかるくらいに知的生産のマネジメント方法を噛み砕いて説明してくれている本なのですが、このなかで野中郁次郎先生が考案した「SECIモデル」というフレームが紹介されています。簡単に言うと、暗黙知と形式知を行ったり来たりすることで知識は増大していく、という方法論です。国際的にも評価された方法論で、ぼくもすごく感銘を受けました。
西澤:たとえばデザインなら、ほとんどのデザイナーって暗黙知で成立していますよね。感覚とかセンスとか。ぼくだってそうした部分はあります。でも、SECIモデルのナレッジマネジメントでデザインの資産性を考えると、暗黙知だけではその人だけで終わってしまうけれど、形式知に置き換えることでシェアできる状態にすると、その知識は組織内で増大していくと。
ここでいう形式知が、要は方法論です。じつは、建築のクリエイションは方法論の塊なんです。グラフィックデザインならデザイナーがひとりでクリエイションを完結できますが、建築の設計者は全クリエイターのなかでも珍しく、ひとりではモノづくりが完結できない職種。設計図としてそのつくり方=方法論をつくって、それをみんなでシェアすることで、とても大きなものが多くの人の共創によってつくられている。ぼくは、この建築の方法論がブランディングデザインに応用できるなと思って、いまに至ります。
方法論をつくって形式知化すると、それを土台にしてみんなでつくれる体制になって、次のステップが現れます。ぼくの場合、独立してすぐ「フォーカスRPCD®」を開発してケーススタディを繰り返し、5年ほどしてから『ブランドのはじめかた』(日経BP、2010年)で発表しました。発表したタイミングではもう次の段階に着手していて、それが『ブランディングデザインの教科書』でまとめた「ブランディングデザインの3階層®」です。
西澤:方法論を言語化して公開する理由は、こうやって暗黙知と形式知を行き来することで、自分自身も高められるからです。たぶんこうして言語化しなかったら、自分は天才だ、とひとりよがりで終わってたと思います。方法論を公開することで、それはもう自分のものではなくみんなの土台になっていて、その土台をステップにしてまた先を目指すことができる。ぼくが本を書く理由も同じことです。書いてしまうとぼくのなかでは最低限のベーシックになって、次に行けるな、という感じがあります。建築家のみなさんもやったほうがいいですよ。
後藤::そうですよね。最近は建築家同士でコラボレーションしてコ・クリエーションする方も増えましたし、強固なスキームのなかでイノベーションを起こして新しい方法論を生みだしている建築家もいます。そうした方法論が明確になると、作品の理解も進みますし、方法論自体が伝言ゲームになって伝わっていくこともあるように思います。
西澤:それぞれの建築家ごとに特殊なプロセスで設計をしているはずで、そのプロセスをデザインする、という感覚が必要なんでしょうね。『アイデアを実現させる建築的思考術』(日経BP、2019年)では隈研吾さんと対談させていただいたのですが、隈さんの建築がおもしろいのは、通常なら最終フェーズでするようなマテリアル選定やディテールの設計を、アイデア出しの初期段階で徹底的にする設計プロセスにあるように思います。方法論が独自のかたちを生みだしていくし、それがつづけば独自のブランド化につながる。隈さんはその典型例だと思いますが、おそらく多くの建築家も意識的になればそうした方法論のブランディングができるはずです。
後藤:いまのお話で思い出したのですが、設計事務所のホームページにはよく「ワークフロー」というコーナーがあって、敷地調査をして基本設計をして、というようなプロセスが書かれているんですが、よく考えてみると、詳細に見れば絶対みんな違う方法で設計しているはずなのに、なんで同じフローとして書いてあるのかなと思うんです。すごくもったいないなって。
西澤:あれは料金表をつくるためにやってるだけですよね。クリエイションの1番おもしろいプロセスの部分を言語化できていないんだろうなと思います。
後藤:ワークフローひとつ取っても、差別化のポイントがあるということですよね。ぼくは昔ハウスメーカーさんの下請けの設計をしていたことがあるんですが、お客さんとの打ち合わせの回数が決まっていて、各回に承認のハンコを押させて後戻りさせない方法で住宅を建てていました。でも設計事務所はそんなやり方じゃなくて、たとえば模型をたくさんつくって検討して打ち合わせて、さらにそれをフィードバックしてくれるじゃないですか。建築家の強みって、こうしたプロセスにこそあるようにも思います。だからワークフローのページに当たり前のことしか書いてないと、すごく損していると思うんですよね。
西澤:たとえば藤村龍至さんの「超線形設計プロセス」も、もちろん設計手法としても新しいですが、たぶん一般の人から見たらあの大量の模型が並んでいるだけでもおもしろいと思いますよね。そうやってすこしでも差異化できるポイントを見つけて言語化していくことが大事で、プロセスが開示されることでデザインの味わい方も変わります。連平くんの「コンセプト圧縮」も、その味わい方の指南になっていますよね。
ぼくらの仕事でも、意識している言語化がふたつあって、ひとつはデザインそのものを理解できるように言語化するということ。そして、もうひとつが「デザインの判断基準」を言語化すること。こういうデザインだというだけでなく、あなたの会社にとってはこういう理由だから良い、こういうデザインのほうが役に立つんじゃないか、とデザインの選び方を説明するんです。判断基準が言語化されることで、良し悪しの評価ができるようになって、ものの見方が変わる。クリエイターは、クリエイションの味わい方を指南することもセットにして仕事をすべきだと思いますね。
後藤:編集者的なマインドのようで、とても共感します。
西澤:加えて言えば、設計事務所のウェブサイトで絶対やったほうがいいと思うのが「お客さまの声」のページ。実績とかのページに載っている写真って、建築ができてすぐのいちばん若い時点ですよね。でも建築をつくるプロセスや経験値として言語化したほうがいいのは、お客さんとどのように一緒につくっていったかとか、実際にどんなふうに使っているかとか、使い勝手がどうかとか、そういう話なはず。かっこいい建築家ほどこういうページをつくらないですよね。ほんとにやったほうがいいですよ。
たとえば弊社では「BRAND STORY」というページをつくって、お客さんとぼくたちがプロジェクトの過程でなにを考えながらブランディングデザインに取り組んだのか、お客さんにインタビューするかたちで掲載しています。こういうアーカイブの残し方は、当然お客さんのためにもなるし、ぼくらのためになるし、新しいお客さんのためにもなる。建築の人も絶対やった方がいいですよ。
後藤:つくったものが実際にどんな喜びの声を生みだしているのかを可視化することで、納得感も生まれますよね。
西澤:やっぱりブランディングは伝言ゲームですからね。良し悪しの判断基準を説明して、プロセスの可視化までできれば、人づてに連鎖的に伝わるような情報の設計ができるようになるんです。
これからの建築家に求められること
後藤:さきほどワークフローを料金表のためにつくっているというお話がありました。一方で、多くの設計事務所では設計料を「建設費の◯◯%」のように設定しています。ぼくとしては、もうすこしお金のもらい方の設計もできるんじゃないかと思うのですが、ブランディングデザインの場合はどのようなお金のもらい方をされているのですか?
西澤:ぼくらのような労働集約型の業務では、人工計算が手がかりになったりしますよね。価値算定ができるとぼくが感じているのは、レバレッジ効果をもとにした算出方法です。そのデザインがどういう効果をもたらすかという観点から価値を算出する方法です。たとえば、ロゴデザインはそのデザイン単体だけでなく、使いつづけることで生まれる価値がとても高いので、インセンティブが発生すると思います。チラシのデザインによる効果と、ロゴのデザインによる効果が同等なわけがない。デザインを経営者目線で見るなら、経費として見るか、資産として見るかの違いです。より資産価値が高いデザインには、その費用が乗っていないとお互いにフェアじゃない。そうやって料金を算定するようにしています。
後藤:建築も同じように考えられそうですね。
西澤:投資的な観点でいえば、たとえば東京の一等地にビルを設計したとすると、売却による利益まで考えれば一般的な設計料の算出だと安いという判断もできます。建築のデザインがどういう価値をもっているかを考える必要があると思います。
後藤:自分が生みだしている価値を明確にすることで、いろんなフィーの提示のしかたが可能だということなんですね。
西澤:そうですね。でもそのためには、建物や不動産を適切にマネジメントする技術が必要です。なぜぼくがこういう内容を話すかとすると、建築もやっぱり経営とつながっているからです。経営者の側に立ってデザインの資産価値を考えて、自分たち自身の料金を算出する。たとえば極端な例ですが、ふつうにビルを建てたら維持管理の費用に年間100万円かかるとして、でもぼくが設計すればメンテナンスフリーになって0円になります、となれば、その費用分のインセンティブを設計料に乗せてもフェアですよね。それはもう形の良い悪いとは別の話です。建物全体の評価として設計者のスキルを査定できるはずです。その言語化はとてもむずかしいですが、ここにこそ自分の強みが出ると思うんです。クライアントとなる人たちも、その評価ができる人ばかりではないので、そうした強みやお客さんにとってのメリットを言語化したうえで、価値を算出するといいんだと思います。
後藤:西澤さんはクリエイター側とお客さん側の目線をつねに行ったり来たりしているのですね。その立場の切り替えが、クリエイターが伝言ゲームをうまくすすめる秘訣のように思いました。
西澤:これからのクリエイターは、こうしたお金に関することもそうですし、会計や労務、法律などの知識ももつべきです。ぼくが独立起業する人にまず行うアドバイスは、顧問の会計士をつけること。建築家の頭脳を設計だけでなく、そうした経営に必要な知識にも割り振ると良いのではと思います。
後藤:加えて言えば、西澤さんは「フォーカスRPCD®」のように公開されている方法論を商標登録されていますよね。これも、攻めというより防御のための知識やマネージ方法だったりするのでしょうか。
西澤:やはり重要になるのは「経営」という視点です。繰り返しになりますが、ぼくたちはみんな結局は自立した個人であるはずなので、自分自身を経営する必要がある。クリエイターでありつつ同時に経営者なんですね。であるなら、自身を経営的観点から守る意味でも、法律について知っていなきゃいけない。とくにデザインという側面から見れば、それは知的財産をいかに守り運用していくかということになりますし、建築家にとっても重要な視点だと思いますよ。
後藤:今日は西澤さんのブランディングデザイナーとしての目線をお借りして、これからの建築家に求められる能力について考えることができたように思います。
西澤:結局は何が根っこにあるかですよ。どんどん変化する社会のなかで、先読みすることも大事だけど、クリエイションの根っこに何があるか。根っこがしっかりしていれば、環境が多少揺らいだとしても適応することができる。本質的な根っこの部分で、ほかとは違うクリエイションを考えることは、これからの建築家のみなさんにも役に立つことだと思いますね。
Credit
企画・監修:後藤連平(アーキテクチャーフォト)
編集:後藤連平、酒井克弥(アーキテクチャーフォト)
文章構成:春口滉平(山をおりる)
文字起こし・構成補助:小野恵実(山をおりる)