SDレビュー2024の入選作品の展覧会レポート(後編)です。
“実施を前提とした設計中ないしは施工中のもの”という条件の建築コンペティションで、若手建築家の登竜門としても知られています。本記事では展覧会の様子を前編・後編に分けて紹介します。会期は2024年9月13日~22日。SDレビュー2024の審査を務めたのは、青木淳、中山英之、山田憲明、金野千恵でした。展覧会の公式サイトはこちら。
SDレビューとは
SDレビューは、実際に「建てる」という厳しい現実の中で、設計者がひとつの明確なコンセプトを導き出す思考の過程を、ドローイングと模型によって示そうというものです。
実現見込みのないイメージやアイデアではなく、実現作を募集します。
1982年、建築家・槇文彦氏の発案のもとに第1回目が開催され、以降毎年「建築・環境・インテリアのドローイングと模型」の展覧会とその誌上発表を行っております。
以下、入選作品を展示順に掲載します。
小さな森の図書館
高池葉子+尾野克矩+佐藤緋里+浜田英明
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●小さな図書館構想
千葉県いすみ市の小さな山の頂上に、1万冊の本を収容する書庫をつくるプロジェクト。30年前、山荘を購入し、週末に通い果樹の手入れをしながら、季節の恵みを楽しんできた施主。ライフワークとして収集した本をアーカイヴとして残したいと願い、このプロジェクトが始まった。将来的には小さな図書館として開放する予定である。
●ローカリティと先端技術の融合
都会から離れた過疎地に、将来的に世間から隔絶されそうな書庫をつくるため、この地に訪れたくなる動機付けとして象徴的な形の建物を提案した。その形状を実現するため、3Dを駆使したプレカットや搬入しやすい新素材を用いる。先端技術を用いることで、地方の大工さんでも複雑な建築の施工が可能となり、同時に、大工さんからその土地固有の技術を教えて頂き、新しい建築のあり方、新しい地方と都市の関係性を構築する。
●社会的なアッサンブラージュ
できる限りこの土地のものを使うことで、資源を循環させると同時に、建材メーカーから廃棄前の建材や端材を提供してもらう。自然素材とメーカーストック品を組み合わせる、言わば社会的なアッサンブラージュの様相を呈する実験場とした。
溝口一丁目のテナントビル
上野辰太朗+篠原勲
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東京の雑居ビル群は、合理性や経済性を重視して設計されたにもかかわらず、非常に多様な建築形態を持っていることに驚かされます。
私たちの興味は、その「雑多さ」を新たに解釈することにあります。私たちのプロジェクトは、東急沿線・溝の口駅近くの商業エリアに位置するテナントビルで、矩形の専有部、最大の床面積、最低限のスペックというルールに基づいて建てられます。建物の大きさがまちまちであることや、仕上げや窓の種類が多様なことは、街にとってネガティブなことではないはずです。でもそれらがそれぞれの敷地の中で完結しているとしたら、総体としての街も素敵なものとはならないでしょう。私たちは、敷地模型や周辺模型を使って、実在する街の対象を探求し、動画のコラージュや蛍光紙、クレヨンを用いて、建物と街との関係を表現しました。また、解像度を低くしたレゴブロック模型で、街との距離感や関係性を探求し、東京の多様な都市環境における建築のあり方を追求しています。
時代のポシェ
鈴木淳平
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建築におけるポシェ(Poche)は、壁や柱を黒く塗りつぶした西洋建築の作図技法を起源とし、「図」となる空間に対して、壁・柱・梁などの「地」となる部分を指す。ここでは、時代の異なる軸組みの重ね合わせによって生じた「間」、すなわち日本建築に漂う残余空間を「ポシェ」と呼び、その建築的実相を最大限に引き出す方法を模索している。対象となる旗竿地の民家は1951年に完成後、複数回にわたる大きな増改築が行われており、築年代の異なる柱や梁が二重に並置され、天井は何重にも貼られ、場当たり的な対応によって必要以上に壁や天井が厚みをもっていた。屋根の改修および屋根裏部屋を増築するにあたり、耐震補強も考慮した屋根を支持するストラクチャーを地面から立ち上げた。既存の軸組みからあえてセットバックさせることで歴代の軸組を内包した「ポシェ」の創出を試みた。ここでの「ポシェ」は、キッチンや家具、収納、設備など、生活の舞台を支えるファンクショナルな「地」として「図」の純粋さを保つと同時に、混沌とした既存建物に自立性を与えるエレメントとして建築表現に参画できないかと考えている。
房総の別荘
寺本健一
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外房の海岸線から1.5km。海抜100m、南側に180度の視界。原生林の先に太平洋を遠望する雄大な景色が広がる。
敷地は50年前に山肌を切盛造成した別荘地にある。その近代化した地盤面下約7mの傾斜した更新世泥岩層まで小径鋼管杭を回転圧入し、その上に木造建築を建てる。200万年前の山肌に脚を伸ばして建つ「現代の投入堂」のような構造形式を思い描く。地面を固めるコンクリートは使用しない。
ビューとプライバシーを最適化するための高床の形式で、施主のアートコレクションを多湿な外部環境から離す。屋根は切妻だが天井はサイクロイド曲線として天井と壁の境界線を消す。珪砂で少し粗くした白い面が時間と共に移ろう光を拡散反射する。光がまわりこみ影が少しうすくなる。主役は変幻するビューとアートで建築は後景化する。
杉の簓子下見板張りとした外皮が微気候にあわせて呼吸する。暴風に備えて雨戸を設える。戸袋には近隣の民家と同じ矢羽根張りの装飾を施そうと思う。
corners いくつもの世界をすごす家
板谷優志+石井優希
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60代夫婦の老後のための家の計画である。これまでの通勤のある生活から一変し、一日のほとんどの時間を家ですごす暮らしを想像すると、猫のように快楽的に、気ままに、場所を選びながらすごす事ができたらどんなによいだろうと思う。そのために、一つの大きな原理ではなく、いくつもの半独立した「小さな世界」で建築全体をつくることを考えた。そこでは、陽の当たるテラスでのんびりした時間をすごしたり、ひっそり落ち着いた場所で趣味に耽ったりと、一本の線のような時間の一日ではなく、いくつかの線をつなぎ合わせたような時間の一日をすごすのではないだろうか。
それはまるで、たくさんの小鉢がのった定食を食べる時のように、いくつもの独立した世界を楽しみながら、気の向くままにすごすための家である。
森のなかの幸せ工場 ―250mの屋根がつくりだす風景と居場所―
柿木佑介+廣岡周平+中尾壮宏+岩岡孝太郎
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大きな鉄板を圧延、加工する工場の計画。製造ラインに大規模な設備が設けられ、危険が伴うため徹底した安全管理のもとに作業が行われる。直射日光の遮断が必須で工場内は暗く閉鎖された環境になりがちである。事業主はこうした労働環境を改善することを求めていた。工場の設計自体は製造ラインにより先行して決まっていたが、若干の配置変更や開口部の変更等は可能であった。そこで全体配置を微調整し、工場のまわりに細長い下屋をつくることを提案した。下屋により日射を遮ることで工場の壁面に大きな開口をあける。工場内は透明な下屋と庭に囲まれ、外と適度な距離感を保ちながら開放的で緑に包まれた「森のなか」のような環境となる。同時にここで働く社員の休憩所や来訪者に開かれた居場所を生み出し、工場が単なる労働の空間ではなく、ものづくりの楽しさを伝え、鉄に関する実践と共創の場となり、250mの屋根のもとに新しい風景が立ち現れる。
Soil Tent 2024
秋田亮平+金田充弘+伊藤優+関田重太郎+Fang Sitao+南昂希+糸数海音+細田晃太+八木新平
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テンポラリーなフォリーの計画。
大学構内である敷地に、麻布と土を海水由来のバインダーで固めることで作られる、テントのように薄い架構を置いてみる。
海水由来の酸化マグネシウムと塩化マグネシウムに水を加えると硬化反応をおこすマグネシアセメントは、ポルトランドセメントと同等の強度や接着力をもつことから、そのポテンシャルは高く、細骨材には風化した花崗岩である真砂土を使用することで、土を用いながらも薄い架構を可能としている。
シェルの語源である貝殻のように薄く作る方法として布に吹き付ける工法に注目し、カテナリーをベースとしたフォームファインディングから基材となる型紙の設計までをひと繋がりに行うことにより、最終形状に限定されない構法を目指している。
マテリアルリサーチから工法の検討、そして造形までを自らの手を動かしながらモックアップの制作を通して探求することで、まだ見ぬマテリアリティの可能性を考えている。
■展覧会情報
会期:2024年9月13日(金)~9月22日(日)会期中無休
11:00-19:00(最終日は16:00まで)
会場:ヒルサイドテラスF棟 ヒルサイドフォーラム
東京都渋谷区猿楽町18-8