一色暁生建築設計事務所が設計した、兵庫・明石市の「林崎松江海岸の家 / カレーハウスバブルクンド」です。
海に近い住宅を改修した設計者の自邸兼事務所と店舗の計画です。建築家は、既存から想起した“東南アジアの日本人街”を発端とし、各国文化や新旧素材等の“混在”を主題とする建築を志向しました。また、日本に根付いた“多国籍な住宅”の更新も意図されました。店舗の公式サイトはこちら。
海水浴場すぐそばの土地に建つ木造住宅を改修し、設計者の自邸と仕事場、そして知人が営むカレー屋とした。
その古い木造住宅の2階には、空と海だけをぽっかりと切り取るちいさな窓があった。時折船が静かに横切って行くのを眺めながら、かつて詩人金子光晴が旅をした東南アジア各地にあった日本人街のことを考えていた。そこでは、世界各地から集まった様々な文化とルーツを持つ人々が、自分たちの文化を混在させながら建物や街をつくり上げていた。かつての遠い熱帯にあった混在のイメージが、キラキラと煌めく水平線の向こうにまとわりついて離れなかった。
この家を設計しながら意識したのは「混在」についてだった。用途、文化や国籍、時間や空間、街と家、仕事と生活、この家を取り巻く様々な混在の在り方に注意を払いながら設計を進めていった。
自由に海外旅行ができ、インターネットで瞬時に世界と繋がることができる現代。街中には世界各国の専門料理店があり、普段気が付かないような生活の細部にまで様々な国の文化が入り混じっている。住宅も同様に、建材や意匠、すべてにおいて意識されることなく様々な国の文化や性質が混在している。意識して純粋な和風住宅をつくろうとでもしない限り、異国の文化は自然と入り込む。日本のスタンダードとなった「多国籍な住宅」は、もはや文化という文脈から離れ、無秩序に拡大している。
設計にあたって、今一度自身のルーツや文化的背景を理解した上で、この地に古くからある材料や技法を用いながら、異国のエッセンスを混在させることで「多国籍な住宅」を更新することができないかと考えた。また、それは日本の住宅文化を再評価するきっかけにならないかと考えた。
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以下、建築家によるテキストです。
混在の家と砂上のオアシス⎯⎯金子光晴と稲垣足穂に思いを馳せて
海水浴場すぐそばの土地に建つ木造住宅を改修し、設計者の自邸と仕事場、そして知人が営むカレー屋とした。
その古い木造住宅の2階には、空と海だけをぽっかりと切り取るちいさな窓があった。時折船が静かに横切って行くのを眺めながら、かつて詩人金子光晴が旅をした東南アジア各地にあった日本人街のことを考えていた。そこでは、世界各地から集まった様々な文化とルーツを持つ人々が、自分たちの文化を混在させながら建物や街をつくり上げていた。かつての遠い熱帯にあった混在のイメージが、キラキラと煌めく水平線の向こうにまとわりついて離れなかった。
この家を設計しながら意識したのは「混在」についてだった。用途、文化や国籍、時間や空間、街と家、仕事と生活、この家を取り巻く様々な混在の在り方に注意を払いながら設計を進めていった。
自由に海外旅行ができ、インターネットで瞬時に世界と繋がることができる現代。街中には世界各国の専門料理店があり、普段気が付かないような生活の細部にまで様々な国の文化が入り混じっている。住宅も同様に、建材や意匠、すべてにおいて意識されることなく様々な国の文化や性質が混在している。意識して純粋な和風住宅をつくろうとでもしない限り、異国の文化は自然と入り込む。日本のスタンダードとなった「多国籍な住宅」は、もはや文化という文脈から離れ、無秩序に拡大している。
設計にあたって、今一度自身のルーツや文化的背景を理解した上で、この地に古くからある材料や技法を用いながら、異国のエッセンスを混在させることで「多国籍な住宅」を更新することができないかと考えた。また、それは日本の住宅文化を再評価するきっかけにならないかと考えた。
例えば、土間の敷瓦は、この地域がかつて瓦の一大産地だったことに由来し、テクスチャやエッジの形状に中南米の街で見た溶岩の石畳のイメージを重ねたものを、淡路の瓦職人にひとつひとつ手仕事で製作してもらった。障子には蚊帳のようにも見えるネットや簾を張り、熱帯とノスタルジアに思いを馳せた。
障子や襖など不完全な仕切りで空間を透かしながら繋がってゆく奥ゆかしい平面空間は日本古来の建築の姿だが、この家では断面方向にも空間は繋がり、南国原産の下垂する植物が適度に空間を隔てる。
大工の手仕事が生きる細やかなディテールには、樹種や調色を吟味することで異国の空気を宿した。2階の海と対峙する壁は、弁柄を混ぜた掻き落とし壁とし、淡路の左官職人に仕上げてもらった。これは各国にある色鮮やかな壁を建築に取り入れる手法を、日本的な文脈の中で試みたものだ。
時間の混在が空間に奥行きを生むと考えた。新旧の対比を際立たせたり、全体を古いものに合わせたりするのではなく、古い素材やデザインをある時間軸を持つ要素のひとつとして捉え、新たに追加した部分を含めて全体として長い時間の幅を感じられる空間を目指した。
それは古くもあり新しくもある空間。既存の柱梁と新しい柱梁は縦横無尽に入り乱れ、既存の型板ガラスが透けて見えるかたちで新たな建具が重なる。扉には旅先で購入した年代の知れない取手が付き、檜の化粧柱が悠久の時を感じさせる自然石の上にひかりつけられる。様々な時間軸を持った素材が混在し、共存する。新たに追加した素材は経年で味わいが増し、時と共に常に美しい姿を感じさせるものを選択している。
簾の隙間から事務所にこぼれるカレーに舌鼓を打つ人々の楽しそうな会話。視線を向けると、客席のさらに向こう、芭蕉や棕櫚竹の葉叢の間からサーフボードを持った若者たちが楽しそうに海岸へ向かう姿が見える。この家の2階には、空と海だけをぽっかりと切り取るおおきな窓がある。窓辺で貪る午後のまどろみに、厨房から立ち上る香辛料の香りが夢の中に異国情緒を添えてくれることもあるだろう。
カレー屋の客足も落ち着いた黄昏時、家の前の海岸では夕陽が砂浜を赤く染め上げる。夕陽と呼応するように、丸いネオンサインが「ジジジ」と微かな放電音を発しながら赤く灯っている。
⎯⎯赤い太陽が砂から昇って、又砂のなかへ赤く沈む。風が砂の小山を造っては、又それを平らかにして過ぎ去る。それは遠い世界の涯から持って来た多くのことをささやくが、人間には判らない言葉である。そこには只死んだような無言の寂寞がひとりで君臨している。バブルクンドの都というのは、ちょうどこんな砂漠のまんなかに在った。
稲垣足穂『黄漠奇聞』より
文化の交差点をつくる
かつてのシルクロードの要衝のように、この家を様々な人や文化が集まる場所にしたいと思った。
「カレーハウスバブルクンド」は、普段ITエンジニアとして働いている大学時代からの親友が副業として始めたもので、現時点では主に土曜日限定でスパイスカレーを提供している。彼と共にここを文化的な場所にしようと構想し、営業日以外にはイベントスペースとして活用することを念頭に計画を進めた。
作品などを店内の随所にディスプレイできるよう、店内の壁面には下地に合板を仕込み、また頭上には鴨居をめぐらせている。客席の椅子は、アシンメトリーなデザインのものを左右対で製作し、椅子の並べ方によって空間に変化が生まれることを意図した。
先日、第一回目となる文芸イベントを開催した。地域の人、遠方から来た人が交流し、共に楽しむ空間が生まれていた。今後は、音楽家を招いて建物全体を音響空間に見立てた音と建築を楽しむオープンハウスや、ギャラリーとしてアーティストの作品を展示するなど、様々なイベントを計画している。
この建物に集まるカルチャーが空間に活気を与え、人の流れを生み、地域の中で常に成長していく建築になれば嬉しく思う。
■建築概要
題名:林崎松江海岸の家 / CURRY HOUSE Babbulkund
所在地:兵庫県明石市
主用途:住宅+飲食店+事務所
設計:一色暁生建築設計事務所
担当:一色暁生
施工:笹原建設
瓦製作:野水瓦産業
ネオンサイン:maverick
金物造作:稲嶺鉄工作室
造園:abcde studio
カレー屋椅子製作:iggy mokko
ソファ製作:瀧本晋作
カレー屋ロゴデザイン:藤田育
カレー皿:一色暁生建築設計事務所
構造:木造
階数:地上2階
敷地面積:98.20㎡
建築面積:47.77㎡
延床面積:73.31㎡
竣工:2023年3月
写真:大竹央祐