SHARE 廣部剛司による”海辺の家”
photo©鳥村鋼一
廣部剛司が設計した千葉県南房総市の週末住宅”海辺の家”です。
photo©鳥村鋼一
以下、建築家によるテキストです。
変奏の行方
千葉県の南房総市に計画された週末住宅である。はじめて敷地を訪れたとき、その海岸線からの近さに驚かされた。そして同時に、海に面している敷地境界線以外の3つの辺に対して、実はあまり開くことのできない環境だと言うことに気付かされた。真横が夏は海水浴客や臨海学校で子供達が大勢押し寄せる海水浴場であり、釣り客の途絶えることのない防波堤に面していること、残りの2辺は同時に宅地として売り出された住宅地であることからだ。とはいえ、静かな海に面した土地。何らかのよりどころを保ちながら、その素晴らしいロケーションを生かした建築にしたいと思った。スケッチを繰り返すうちに、建築そのもので不要な視線を遮りながら海と空を切り取る、という方向性が導かれた。
海と空に開くバッファーのような外部(これは中庭空間に結実する)を囲い取るような建築を思い描いているときに、ふと浜辺に打ち上げられた貝殻を想った。そして幼い頃、海岸で貝殻をのぞき込んだり耳を当ててみたりした経験がよみがえったのだ。平坦な地面の上に自律的なかたちでポンと置かれてはいるけれども、毅然として佇む。そこには、この敷地だからこそ導かれる建築のカタチがあるように思えた。
貝殻の中に入ってみたい、そしてそこに響く波音を聴いてみたい。
それは、この建築へと向かう明確な意志に変わった。貝殻に包み込まれるような空間を獲得するためには一つ越えなくてはいけないポイントがあると思った。それは「壁」、「屋根」という認識を揺さぶることだった。だから、「壁」を傾けて「屋根」と呼ばれているものから空間の覆いを連続させようと考えたのだ。<貝殻>を抽象化するプロセスとして、曲面を多角形に分割し海に面した部分を切り取った。切り取られた切断面は壁内のブレースで補強され、その形態がそのまま三角形の窓に現れている。中庭側に鉛直力のみを受け持つ細い鉄骨柱はあるが、それ以外の部分においては文字通りのシェル構造で計算できる形態が導かれた。
RC造でも、シェルは構成出来たと思う。でもここでは木造で、さらに構造体を内部に剥き出しにするかたちでつくった。開き止め金物やHD金物一つ内部には露出させないようにディテールを練り、まったく逃げのきかない施工精度を要求することにはなってしまったが、襞のように構造部材が連続しながら深い陰翳をもたらす空間が導かれた。それは肌合いの問題だったのかも知れない。
連続していくトップライトや中庭越しの光で、<貝殻>の中は一日を通して変化し続ける。水面のうねりを眺め、波の音を聴きながら冬の時期には正面に沈むように設計された夕陽を眺めている時間。それは、「音楽」のように変奏を続けていく。
(廣部剛司)
■建築概要
名称 :海辺の家
所在地 :千葉県南房総市
主要用途:週末住宅(別荘)
主体構造:木造シェル構造
規模 :地上1階
敷地面積:442.00m2
建築面積:73.84m2
延床面積:73.03m2
竣工 :2008年9月
構造設計:エスフォルム/大内彰
施工 :片岡健工務店