クイントゥス・ミラー(ミラー&マランタ)インタヴュー
text by 伊藤達信
1.コンテクストについて
あなたの作品では、常に周辺環境との関係がとても意識されているように思います。設計をするとき、まずどのようなことを考えますか?
人間の知覚というのは前もってある程度規定されていて、見たり触ったりしたものは、人間の意識に刺激を与え、記憶となって人の脳に蓄積されます。だから記憶というのは知覚に大きく影響します。人は馴染みあるものに対しては理解がしやすく、逆に未知のものはなかなか受け入れることができません 。私は、知覚のプロセスを理解することが設計することにつながると考えています。建築に対する知覚は、人の記憶によっているのです。人は、見たものの中から重要な部分をピックアップして認識します。だから、人が見たと思っているのは脳が作り上げたイメージであって、現実そのものを見ることはできません。例えば、ある人に彼が15歳のときに会ったとして、それから10年後に再会しても、人は同じ人物だとわかるでしょう?それはわたしたちが人の特徴をピックアップして記憶しているからです。建築のデザインは、ほとんどの場合私たちがすでに知っているものを扱います。まず場所の基本的な特徴を理解して、そこに新たなレイヤーを積み重ねるのです。それが建築の持続可能性を広げていくのです。人びとが共通して持っているものは数多くあります。建築におけるドアや窓といった要素はどこにでもあるもので、そういった自分に馴染みあるものがないと人は混乱してしまいます。ただ同時に、そこに人びとが共通して持っているものがありすぎるとこれ以上の発展はないということにも注意しておく必要があります。人の体内にあるDNAは常に変化していっていますよね?それと同じことで、建築が持続していくためには、複雑なレイヤーが必要なのです。異なる例を挙げましょう。19世紀の多くの絵画は、当時多くのものが評価されたにも関わらず、現在となっては日の目を見ることがほとんどありません。一方で、ハンス・ホルバインの「墓の中の死せるキリスト」という絵があります。あの絵は500年前のものなのに、現在私たちがあの絵の前に建っても、身震いするような感覚を受けます。それはあの絵の意味がとても強く、同時にさまざまな解釈の余地を含んでいるからなのです。そのおかげで今でもまだ、あの作品は宇宙における定点のような存在たりえているのです。