noizが、解体再開発が発表された前川國男設計の超高層ビル「東京海上日動ビル本館(1974年)」を対象に、保存改修のヴィジョンを自主提案しています。文化財価値とビジネス価値の両面を満たす、腰巻外壁保存のオルタナティブを示す構想です。プロジェクトのタイトルは「Tokio Marine Nichido Headquarters Building Renovation」です。
東京海上日動ビル本館は東京の心臓部、皇居正面の角地に立地する、独特の美しさと歴史的な価値を兼ね備えた、東京を代表する超高層建築です。日本の近代建築のパイオニアであり、多くモダニズムの傑作を生み出した前川國男の設計によるこの建築は、日本では最初期の超高層ビルの一つです。
設計当時周辺に高層建築が全くない中で、周囲に際立って高くそびえるその計画は皇居に対する不敬であるとの批判の的となり、工事開始の直前に計画高さの1/3が削減されるという特異な経緯でも知られています。近年の規制緩和で大手町や丸の内界隈の建築の高さや容積制限は大きく引き上げられ、現在では周辺の建物は東京海上日動ビルよりはるかに高く聳えるようになっています。
ただし、この建築の評価は歴史的経緯だけにあるわけではありません。粗々しい質感に富んだ赤いレンガタイル、垂直の柱と窓による彫りの深い構成とリズミカルに刻まれる影、雁行状に分節されたボリュームなど、周辺の画一的な近年の建築群とは好対照を示しながら、お堀端の深い緑とも相まった独特の存在感を示しています。歴史的な観点からも美的な観点からも、保存されるべきランドマークであることに疑問の余地はありません。
2021年、東京海上日動ビルの建物の解体と再開発による新築計画が発表されました。
それでもNOIZとして、建築を通して社会的価値提示を行う立場と責任とから、東京海上日動ビルの文化的、歴史的価値を残しつつ、同時に新しい時代の環境視点やテクノロジー活用の可能性を積極的に取り込んだ、次世代の再開発の在り方を社会へと問いかけたいと考えました。建築史的な保存という視点を超えて、環境負荷的な視点からもこれ以上スクラップ・アンド・ビルドを、短期の投資的視点だけを根拠に無批判に肯定し続けるわけにはいきません。そのためには、建築家の側から率先して新たな保存改修や機能付加、再開発に見合う再価値化の具体的な手法やデザインを提示していく姿勢が重要になると、わたしたちNOIZは考えます。
今回の保存改修計画で重視したのは、オリジナルの美的および歴史的な価値を残すことはもちろん、この立地で建設可能な容積や高さも最大限に確保し、最新のオフィスビルの環境性能や機能性も新たに付加することで、文化財としての価値とビジネス価値、矛盾しがちな二つの要求をいずれも満たすという点です。
今回ノイズとして提示している自主提案は、東京海上日動ビル単体の問題にはとどまりません。
ここで提示されているのは、近年軒並み老朽化問題が顕在化しつつある、高度成長期の建築群一般に共通する問題で、その状況全体に対する一つのマニフェストでもあります。それはすなわち、20世紀的なスクラップビルドを前提としたアプローチに代わる、次世代の社会的責任のあり方や姿勢に関するパラダイムシフトの可視化であり、建築設計者としての提案です。
既存建築物の保存というと、いわゆる腰巻外壁保存方式以外の手法がなかなか提示されない現状において、建物の歴史的、文化的な誇りを維持しつつ、現代的な都市的プレゼンスを付与する具体的な可能性の提示を試みています。
既に再建計画が公式に発表されている中で、東京海上日動ビル本館という社会遺産を保存することは、現実にはもう難しいかもしれません。それでもあえてこうした提案を社会へと投げかけることで、今後生じる類似したケースにおいて、より拡張的なアプローチと新しい可能性が考慮され、持続的な形で社会的な価値が増幅されるような開発の事例が、一つでも実現することを期待しています。