空間構想+辻昌志建築設計事務所による、東京のテナントビル「内神田三丁目プロジェクト」。環境に合わせるのでなく理想的な将来像を想定した建築設計という思想の下、低層部を街路から直接出入可能とし都市と立体的に繋げ、地域の人情的な界隈性をより濃密とすることを目指す
空間構想+辻昌志建築設計事務所による、東京のテナントビル「内神田三丁目プロジェクト」。環境に合わせるのでなく理想的な将来像を想定した建築設計という思想の下、低層部を街路から直接出入可能とし都市と立体的に繋げ、地域の人情的な界隈性をより濃密とすることを目指す photo©Ken'ichi Suzuki
空間構想+辻昌志建築設計事務所による、東京のテナントビル「内神田三丁目プロジェクト」。環境に合わせるのでなく理想的な将来像を想定した建築設計という思想の下、低層部を街路から直接出入可能とし都市と立体的に繋げ、地域の人情的な界隈性をより濃密とすることを目指す photo©Ken'ichi Suzuki
空間構想+辻昌志建築設計事務所による、東京のテナントビル「内神田三丁目プロジェクト」。環境に合わせるのでなく理想的な将来像を想定した建築設計という思想の下、低層部を街路から直接出入可能とし都市と立体的に繋げ、地域の人情的な界隈性をより濃密とすることを目指す photo©Ken'ichi Suzuki

空間構想辻昌志建築設計事務所が設計した、東京・千代田区のテナントビル「内神田三丁目プロジェクト」です。環境に合わせるのでなく理想的な将来像を想定した建築設計という思想の下、低層部を街路から直接出入可能とし都市と立体的に繋げ、地域の人情的な界隈性をより濃密とすることが目指されました。

建築ができるときには、その周囲の環境は決まっています。だから、その環境に合わせて建築を設計する、というのはよく理解できます。しかし、時間の中での自分の立ち位置を少しスライドさせると、建築ができた後に、その周囲の環境も変わっていく、という見方ができるはずです。そうであるならば、まちがこう変わっていったらいいのに、という理想的なまちの将来像を予め想定して建築の設計をすることもできるはずです。

建築家によるテキストより

今でこそ広く知られるようになった、コーリン・ロウのコンテクスチュアリズムという1965年の言説は、本来、建築を文脈に合わせて設計するという意味ではなく、ある理想形をコンテクストに応じて変形させることにより、都市空間と建築形態を決定し、漸進的に都市全体を改変していく方法論として提唱されたものです。これは、都市の中ではたった1粒の建築でも、いつかは都市に大きな変化をもたらすきっかけとなれる、という前提にたっています。

建築家によるテキストより

将来、こうなったらいいな、というまちの姿をイメージし、そこにたどり着くための建築を設計する、というアプローチ。
建築はまちを変えることができる、願いにも似たモチベーションを建築に落とし込む方法論を模索しました。

建築家によるテキストより
玉井洋一による連載コラム “建築 みる・よむ・とく” 第3回「吹出口のひと言」
玉井洋一による連載コラム “建築 みる・よむ・とく” 第3回「吹出口のひと言」

建築家でありアトリエ・ワンのパートナーを務める玉井洋一は、日常の中にひっそりと存在する建築物に注目しSNSに投稿してきた。それは、誰に頼まれたわけでもなく、半ばライフワーク的に続けられてきた。一見すると写真と短い文章が掲載される何気ない投稿であるが、そこには、観察し、解釈し、文章化し他者に伝える、という建築家に求められる技術が凝縮されている。本連載ではそのアーカイブの中から、アーキテクチャーフォトがセレクトした投稿を玉井がリライトしたものを掲載する。何気ない風景から気づきを引き出し意味づける玉井の姿勢は、建築に関わる誰にとっても学びとなるはずだ。
(アーキテクチャーフォト編集部)


吹出口のひと言

玉井洋一による連載コラム “建築 みる・よむ・とく” 第3回「吹出口のひと言」 photo©玉井洋一
text:玉井洋一

 
 
外壁に沿わせた排気ダクトの吹出口の先端に、ステンレスの円板が貼られていた。

それはおそらく汚れやすいタイル面を油分や熱から保護するためだけれど、ステンレス板を四角ではなく丸にしたことはとても気が利いていた。吹出口だけにマンガの「吹き出し」か、とツッコミたくなったが、歩道の植栽や看板の書体などと相まって銀色に光る満月のような何とも言えない風情があった。

この排気ダクトは建物に入居するテナントの業態(たぶん飲食店)から事後的に必要になって渋々つけられたと推察される。しかしここでは単なる「対応」で終わらせずに外壁の汚れ防止や歩行者への気遣いなど複数の配慮が重ねられているのがとても良い。そういった何気ない工夫や知性は尊いもので見かけると得した気分になる。

ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクト
ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクト photo©Laurian Ghinitoiu
ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクト photo©Laurian Ghinitoiu
ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクト photo©Laurian Ghinitoiu
ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクト photo©Laurian Ghinitoiu

ザハ・ハディド・アーキテクツによるキプロス・ニコシアの「エレフテリア広場」です。祭典や公共イベントの為の市民広場として計画され、敷地形状と機能配置から生まれた流動的な幾何学的形状をもち、旧市街と近代地区のコミュニティーの分断を解消し統一を提案するプロジェクトです。

こちらはリリーステキストの翻訳です

ニコシアのエレフテリア広場(Eleftheria Square)は、キプロス共和国大統領ニコス・アナスタシアデ(Nicos Anastasiade)とニコシア市長コンスタンティノス・ヨルカジス(Constantinos Yiorkadjis)によって落成式が行われました。式典には、EU委員のステラ・キリアキデス(Stella Kyriakides)も出席しました。

ザハ・ハディド・アーキテクツのデザインは、エレフテリア広場を街の主要な集いの場として確立し、分裂した首都をひとつにすることを意図した新しいつながりを生み出します。ニコシアは、ベネチア様式の巨大な要塞によって旧市街と近代的な地区が分断され、「グリーンライン」によって首都が2つのコミュニティーに分かれています。

ニコシアの中心部に位置するエレフテリア広場は、ベネチアン・ウォールと街を取り囲む空堀に隣接しています。中世に建設され、16世紀にベネチア人によって大規模に再建されたこの実質的な防御壁は、首都の最も古い部分の境界を定め、古代都市と壁の外の新しい地区とを分けています。

ザハ・ハディド・アーキテクツは、エレフテイラ広場を、首都再統一の触媒となる大規模な都市計画の初期段階として構想しています。デザインは、ヴェネチアン・ウォールの景観を損なわず、ニコシアのアイデンティティーの一部として定着させるとともに、空堀を開放して街を取り囲む環状公園としました。

以前はアクセスできなかった堀の部分を、新しい市民広場や庭園、ヤシの木が並ぶプロムナードなどに変えることで、堀は街を囲む「グリーンベルト」となることができるのです。ザハ・ハディド・アーキテクツのデザインは、堀の中の新しい公共空間を古代の城壁に沿って拡張し、ニコシアを囲むようにすることで、この分断された首都のコミュニティを再びつなげることを提案しています。

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