成瀬・猪熊建築設計事務所のデザイン監修による、山口の宿泊施設「お宿Onn 湯田温泉」です。設計・監理は、積水ハウスが手掛けています。
昔からの温泉地に計画されました。建築家は、湯治の歴史を背景に“温泉街と温泉旅行のリデザイン”を目指し、要素を削ぎ落した静かで落ち着く空間を考案しました。また、現代性と旅館らしさを持つ外観で市街地の環境にも応答する事も意図されました。施設の公式サイトはこちら。
温泉宿と聞くと、同じ営みが続いてきた宿泊のスタイルだと思う人も少なくない。しかし歴史を紐解くと、そこには日本の社会の変遷と共に常に揺れ動き続けてきた温泉宿の姿が浮かびあがる。もともと温泉は、湯治の文化などにより日本では古くから愛されてきた。しかし温泉を掘るには相応の技術が必要で、明治以降に掘削技術が進歩し、文化としても徐々に大衆化し、戦後の高度経済成長の時期に、旅行会社が組む団体旅行の流行とともに、内湯・宴会施設を持った旅館が複数集まった温泉街の景観が形成されるのである。
湯田温泉は、長州藩のお膝元だったこともあり、明治維新の志士たちも集った歴史ある温泉地だ。
県庁所在地から近く交通の便も良いために発展は少々早く、昭和の初めには千人が入れるという「千人風呂」や動物園まで備えた施設があったという。一方でバブル崩壊後はこうした団体旅行は減少し、温泉(旅行)の楽しみ方は変わりつつある。昭和的な大人数のエンターテインメントではなく、自然環境や温泉情緒を楽しむ個人旅行への変化である。
私たちのプロジェクトは、こうした状況を引き受けた「温泉街と温泉旅行のリデザイン」である。
かつての湯治が病の治療が主だったのに対して、昨今の温泉に求められるのは心の癒し(治療とまで言えないが)と見ることもでき、新しい流れであると同時に古くからあった感性の再生とも言える。私たちはこうした視点に立ち、昭和的なエンターテインメントとは真逆の、「できる限り要素を削ぎ落とし、視覚情報を減らし、静かで落ち着いた」宿泊施設のあり方を模索した。