一色暁生建築設計事務所が設計した、東京・新宿区の「上落合の家」です。
都市部の約10坪の敷地での計画です。建築家は、建て込む環境を“ひと繋がりの岩山のような塊”と感じて、積上げるのではない“住宅を削り出す”ような設計を志向しました。そして、シンプルな量塊の中に諸室を配置して環境と呼応する大小の窓を配置しました。
初めてこの場所を訪れた時、そこには古い2階建ての家が建っていた。10坪の敷地めいっぱいに建てられたその家は3方を住宅に囲まれ、隣家との間に隙間はほとんどなく、どこからどこまでが一つの家か分かりにくい。周囲を見渡してみると、同じように道の両側には建物がひしめき合っている。まるで岩山のように、多様な形の建物がひと繋がりのかたまりとなって、でこぼこと続いているように見えた。
これを東京にとっての自然の姿(ネイチャー)と捉え、このネイチャーにノミを入れて大きな岩から削り出すように住宅をつくれないだろうか。何かを足して積み上げていくというのではなく、必要なものを削り出していくように。この厳しい敷地条件と限られた予算の中では、そう考えた方がうまくいくんじゃないかと思った。
その時思い出すのは、インドで見たエローラ遺跡のこと。
さらに言うと16窟のカイラーサ寺院のこと。巨大な一つの岩山をくり抜いて造られたその寺院は、周りにコの字形の空隙を挟みながら、3方を残された岩山に囲われている。その途方もない手仕事の結実を前にして、灼熱の太陽の下、自分が今目の当たりにしているものが果たして現実なのか幻想なのかよく分からなくなった時のことを思い出す。
その当時の技術では材料を積み上げていくより岩をくり抜く方がつくりやすかったのだろうが、こうしてできた寺院は人工物でありながら、同時に自然そのものでもあった。
この家はカイラーサ寺院のようにつくろう。もちろんそれは比喩でしかないのだけれど。実際は、一度更地にして、基礎を造って、躯体を建てて、外壁を張って、と足して足して造っていくのだけれど。でも、建て替えられた新しい家は、都市という岩山を削り出したものであるように意識した。
そう考えると形態はごくシンプルになる。削り出されたボリュームの内側に空間をつくり、部屋を割り当てていく。室内の随所にアールをつけ、性質の異なる空間が滑らかにつながるようにする。そして、室内から外へ向けて窓を穿っていく。北側の通りから少し東に角度を振った壁面に大きな窓をあけて空への抜けを確保する。南側には、隣家の屋根の上から光が射すように高めの位置に窓を設ける。地面に近い場所、隣家の植木が見える場所には、室内に緑の安らぎと涼やかな風を届ける地窓をつくる。