


向山裕二+笹田侑志+上野有里紗 / ULTRA STUDIOが設計した、東京の「残像の家」です。
空間への愛着や所有の感覚を主題に計画されました。建築家は、心情の源泉を探求し、“個人的なイメージ群の蓄積”に焦点をあて設計しました。そして、空間を分断する“螺旋階段の黒い筒”を中央に配置し、全体に“装飾的要素としての色彩”を散りばめる建築を考案しました。
空間を記述する方法はいくつかあるが、もっともオーソドックスなものは、幾何学的な構成やルールに込められた機能や構造、視覚的効果、または環境性能を解き明かし、それらがいかに合理的に、思慮深く配置されているかを説得的に語ることだ。こういった説明は、人びとの間で解釈を共有し、ズレのない建築像を与えてくれる。そして、多くの建築写真はそういった像を正確に捉えるものとして存在してきた。
一方で、個人的な空間の経験を描写しようとすると、たとえ建築の専門家であっても断片的で曖昧な表現を避けることはできない。空間の記憶を思い出そうとすると、何気なく見たシーンや色、音や光の印象がぼんやりと脳裏に浮かぶ。このような個人的なイメージ群の蓄積があって初めて、人は空間に愛着を感じたり、自分のものとして捉えたりすることができるのではないだろうか。
外観の無表情とは対象的に、内部を特徴付けているのは象徴的な黒い筒による空間の分断だ。この大げさな代物は機能的にいえば螺旋階段として必要なものだが、見方によっては視線を遮る邪魔者のようにも映る。
そしてこの黒い筒の周囲を、それぞれ別の由来をもった装飾的なキャラクターたちが取り巻いている。たとえば、私道側の窓の上に設けた銀色の水平シリンダーは、高窓の光と庭の風景を拡散する反射板であると同時にパイプスペースでもある。その下の青い柱に貼られた鏡はキッチンからリビングの様子を伺うための道具だ。
さらに、家全体に装飾的要素として色彩が散りばめられている。1階は両端の赤いボックス、水色のキッチン、塗り分けた壁、ブラウンの床、銀の天井。2階は黄色の床、水色のカウンター、赤と青の扉など。時間ごとに異なる光によって照らされることで、場所によっても時間によっても新鮮な表情を見せてくれる。その中にあって黒い筒は常に、視野の中に「見えていない領域」として現れる。
装飾された空間は、黒い筒という視野の欠損によって部分的にしか把握されず、視点が変化することで無限の断片的なイメージ群を生み出す。一方で、日々の生活をとおしてイメージが脳裏に蓄積され、住人にとっての空間の記述がより具体的なものになってゆくと同時に、黒い筒の存在は意識されなくなり忘れられてゆく。