石上純也が設計した、東京・千代田区の、20世紀初頭に建てられた邸宅の庭にたつパヴィリオン「木陰雲」のレポートです。敷地のもつ空間の質を、建築によって増幅させています。“パビリオン・トウキョウ2021”の一環として制作された作品です。作品の設置場所はこちら(Google Map)。開催期間は2021年9月5日(日)まで。鑑賞時間や休館日はこちらに掲載されています。
こちらはアーキテクチャーフォトによるレポート
石上純也によるパヴィリオン「木陰雲」の敷地は、東京・千代田区の「kudan house 庭園」である。敷地内には1927年に実業家の山口萬吉によって建てられた古い邸宅がありその庭園内のパヴィリオンを石上が手掛けた。
石上は自身の解説文の中で、このパヴィリオンを「日差しを柔らかく遮る日除け」と表現する。また、この日除けは焼き杉の技術を用いて制作され表面が炭化され黒くなった木材による柱・梁・屋根で構成されている。実際にパヴィリオン内部に足を踏み入れると、言葉にしがたい心地良さを感じる。元々この庭には様々な樹木や植物が植えられており、それによって既に心地よい空間であったことが想起されるが、石上によるパヴィリオンは、元々この庭が持っていたこの心地よさを更に増幅させる方向に作用していると感じた。それは、木々の隙間からの木漏れ日であったり、木々が立ち並ぶことで生まれる安心感であったりするのだが、その感覚をこのパヴィリオンの存在がより鮮明にし増幅させているように思えた。
黒い焼杉の素材感は、ヴォリュームはしっかりしているものの、その加工による色の効果もあり、既存の植栽の中にあって違和感を感じることはない。そして、そのテクスチャーは光や天候によってもその見え方を変える。光が強く当たった部分は明るくなり木目等が確認でき、自然素材の豊かな表情を見せ「図」として認識される。また日が陰った場所や雨天時等には、暗くなり物質感が消え「地」として振舞うように感じられる。天候の変化によって存在感を強く感じさせたり、既存の樹木の背景となったりとその表情が刻一刻と変わるのである。様々な天候の日の訪れると、その空間の変化に驚かされるだろう(筆者は晴天の日、雨の日の2回訪問している)。それは季節によってその表情を変える京都の寺を思い起こさせた。
天井の穴は既存の樹木の位置を配慮した上で設計されており、それは穴を貫通して木々が育っていったかのようにも感じさせてくれる。そして、この穴が、太陽光を適度に遮ることで、その光を実に美しいものとして感じさせてくれる。建築には古来より借景という設計技法がある。それは建具などの建築要素によって風景を切り取ることで、その景色を実物以上に美しく見せる手法である。このパヴィリオンにおいては、屋根に開けられた穴が都市の中で空とその光を借景し、その美しさを増幅させているようだ。
また、既存の庭園がもつ動線や広場など空気感にも、屋根の穴は関連付けられて設計されている。それによって場所場所によって取り入れられる光の量が変化し、その場所固有の空気感を明確にしているようにも感じた。例えば、エントランスを入って歩いていくと、タイルの敷き詰められた小さな広場があるのだが、この場所では屋根の穴が最も疎になるように設計されている。それによってこの場所が最も明るく、からっとした空気感となり、木々の植えられたエリアとの違いが明確になっている。逆にここが明るいことで、木々の下はより暗く親密な空気感を持った場所として感じられるのである。
石上によるパヴィリオンは、この場所だからこその、この場所の持つ意味に真摯に向き合った作品だと言える。
それは、これまでに紹介してきたパビリオン・トウキョウ2021の他の作品にも共通する。各々の建築家が、与えられた場所が持つ固有の特徴に真摯に向き合い、この場だからこそのデザインのパヴィリオンを考案し実現しているのである。そういった意味でもこれらの作品は建築なのだと感じた。
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敷地内建物屋上からの風景(特別な許可を得て撮影しています。ご了承ください)
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こちらはワタリウム美術館で展示されている、石上によるパヴィリオンの資料
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作品解説はこちら
「九段下に昭和2年、実業家の山口萬吉によって建てられた古い邸宅がある。設計には東京タワーの構造計画をおこなった内藤多仲も関わっている。この邸宅の美しく古い庭に2021の夏期限定で、日差しを柔らかく遮る日除けを計画する。
新しく計画される日除けが、歴史ある風景に溶け込むように、新築であるにも関わらず、はじめから古さを含み持つようにと考えた。具体的には、木造の柱と屋根を庭いっぱいに計画し、その構造体を焼き杉の技術を用いて焼いていく。様々に火力を調整しながら、杉の表面を炭化させ、場所によっては構造体そのものを焼き切る。庭に広がる木の構造体が、既存の庭に生い茂る老木を避けるように、焼かれながらしなやかに形状が整えられていく。炎で炭化した真っ黒の構造体は、廃墟のような趣もある。新築から廃墟の状態に、瞬時に駆け抜け変化したようでもあり、建築が経年によって得られる移り変わりを一気に獲得したかのようだ。
昭和初期の時代にはまだ存在していなかった周りの高層建築を黒い構造体が覆い隠し、構造体に開けられた無数の穴からの無数の光の粒が、樹木からの木漏れ日と混ざり合う。樹木の間から覗く現代の風景は消え去り、夏の強い日差しは和らぎ、訪れる人々はこの庭のなかに流れる古い時間とともに過ごす。真っ黒の構造体は、夏の午後に老木の間を漂う涼し気な影である。」
(石上純也)
■建築概要
設計
建築:石上純也建築設計事務所
構造:佐藤淳構造設計事務所
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施工
建築:株式会社FORM GIVING
石材:株式会社小林石材工業
庭:いのはな 夢創園
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協賛
東邦レオ株式会社/Cartier/株式会社 中川ケミカル/Beijing Yihuida Architectural Concrete Engineering Co.,Ltd./XinY structural consultants/ChongQing Weitu Landscape Design Co.,Ltd./株式会社ユニオン/株式会社 資生堂/大成建設株式会社
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素材協力
株式会社門脇木材/株式会社 山大/大光電機株式会社/株式会社サンゲツ/株式会社小林石材工業
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敷地:kudan house
■開催概要
Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13
パビリオン・トウキョウ 2021
開催時期:2021年7月1日(木)~9月5日(日)
鑑賞時間:各パビリオンごとに異なります。最新情報を公式サイトにてご確認ください。
*一部のパビリオンには休館日がございます。また、入場料や事前予約が必要な会場がありますのでご注意ください。
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
パビリオン・クリエイター:藤森照信、妹島和世、藤本壮介、石上純也、平田晃久、藤原徹平、会田誠、草間彌生
特別参加:真鍋大度 + Rhizomatiks
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、パビリオン・トウキョウ2021実行委員会
企画:ワタリウム美術館
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/