SHARE t e c oと小坂森中建築による、千葉・八街市の、高齢者福祉施設と地域交流スペース「なっつらぼ」と論考「健康へ向かう建築の5原則」。個室グリッドを展開しつつ土間広場や高窓などで余白の気積を生むことにより“現代における健康へ向かう建築”を構想
金野千恵 / t e c oと小坂怜+森中康彰 / 小坂森中建築が設計した、千葉・八街市の、高齢者福祉施設と地域交流スペース「なっつらぼ」と論考「健康へ向かう建築の5原則」です。個室グリッドを展開しつつ土間広場や高窓などで余白の気積を生むことにより“現代における健康へ向かう建築”を構想しています。
今、集まることへの不安は街の風景や建築に空洞化を生み、ITのようなスピードで対応できない実空間は暮らしの変化から置き去りになっている。これからの都市空間や建築は、いかに不安を取り除き健康な暮らしを志向することができるのか。
「健康」という概念は時代や環境によって変化するものであり、WHO憲章の前文においても、肉体的な観点のみならず精神的、社会的に満たされた状態とされている。健康と空間の関係に着目した中でも、19世紀、感染症や飢餓の広がる社会において医療の環境改革を図った看護師ナイチンゲールは、『住居の健康』を5つの基本的な要点「清浄な空気、清浄な水、効果的な排水、清潔、陽光」として論じた。上下水道の整備も不十分な時代の切実さが感じられると同時に、今、私たちの生きる環境を問う視点とも捉えられる。ここでは、この要点を踏まえながら精神的、社会的な視点を加え、現代における健康へ向かう建築の5原則『1陽光、2清浄な空気、3他者の余地、4律動、5調整のスキル』を提起したい。
千葉県八街市における高齢者福祉施設と地域交流スペースの計画。
主たる矩形ボリュームは通い・宿泊・訪問を組み合わせた小規模多機能型居宅介護の拠点であり、面積規定に則ると、少なからず平面に個室グリッドが現れる。このグリッドを積極的に建物全体に展開しながら、前面道路へ顔を出すように三角形の土間広場を設けたり、屋根中央を断面的にずらして高窓を設けることで、静的なグリッドに余白を纏う気積を生むことを考えた。まさにこれら余白の気積が、健康へ向かう建築の5原則を可能にしているのである。
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以下、建築家によるテキストです。
健康へ向かう建築の5原則
今、集まることへの不安は街の風景や建築に空洞化を生み、ITのようなスピードで対応できない実空間は暮らしの変化から置き去りになっている。これからの都市空間や建築は、いかに不安を取り除き健康な暮らしを志向することができるのか。
「健康」という概念は時代や環境によって変化するものであり、WHO憲章の前文においても、肉体的な観点のみならず精神的、社会的に満たされた状態とされている(*1)。健康と空間の関係に着目した中でも、19世紀、感染症や飢餓の広がる社会において医療の環境改革を図った看護師ナイチンゲールは、『住居の健康』を5つの基本的な要点「清浄な空気、清浄な水、効果的な排水、清潔、陽光」として論じた(*2)。上下水道の整備も不十分な時代の切実さが感じられると同時に、今、私たちの生きる環境を問う視点とも捉えられる。ここでは、この要点を踏まえながら精神的、社会的な視点を加え、現代における健康へ向かう建築の5原則『1陽光、2清浄な空気、3他者の余地、4律動、5調整のスキル』を提起したい。
千葉県八街市における高齢者福祉施設と地域交流スペースの計画。
主たる矩形ボリュームは通い・宿泊・訪問を組み合わせた小規模多機能型居宅介護の拠点であり、面積規定に則ると、少なからず平面に個室グリッドが現れる。このグリッドを積極的に建物全体に展開しながら、前面道路へ顔を出すように三角形の土間広場を設けたり、屋根中央を断面的にずらして高窓を設けることで、静的なグリッドに余白を纏う気積を生むことを考えた。まさにこれら余白の気積が、健康へ向かう建築の5原則を可能にしているのである。
1 陽光:建物は敷地境界からオフセットして建ち、四方へ開口部を備え、とりわけ土間広場には直射光が日時計のように差す。また、中央の居間上部の高窓により、北面のガラスを通した間接光と他三面の半透過壁のつくる柔らかい光が屋外のような明るい環境をつくる。これらにより日々刻々と変化する陽光環境を生んでいる。
2 清浄な空気:南の土間広場から北の高窓へ、重力換気を利用して建物のすみずみへと清浄な空気が流れる。また、地域特有の八埃(ヤチボコリ)という強い砂嵐に対し、間口いっぱいに設けた土間広場が居間へ抜ける風を濾すような風除室の役割を担う。
3 他者の余地:周辺には昔ながらの農の風景が広がり、ワークショップを通して食が新興住宅地と昔からの農家の接点となることが予想された。そこで、食を中心とした地域の人びとの活動を支えるような大きなキッチンを設えた(*3)。福祉サービス利用者にとっては、日常生活に他者と関わる余白があることで、社会的な役割を見出すこととなるだろう。
4 律動(リズム):四方の開口部や高窓が導く陽光の動きと空の移ろいといった自然現象の変化、小学校の登下校や農作業といった地域の人びとの活動が常に感じられるこの建築では、日常に律動を生むこととなる。こうした律動が、生活の営みを彩ることと想定している。
5 調整のスキル:軸組のグリッド下には、空気、光、音、距離感の調整を可能とする、建具や可動間仕切りを設けている。また、柔らかい畳、ひんやり硬い土間、庇下の縁側など多種の床は、太陽の熱と共に居場所の質を変える。これら多様な質のなかに過ごすことで、それらを調整するスキルを促すことになる。自らの過ごす環境をマネージメントする能力は、時代を経るごとに退化しているようにも感じられるが、建築はこの調整のスキルを奪うのではなく誘発するべきだろう。
この建築の計画を始めた当初は、現在のような社会状況はまったく予想をしていなかった。しかし、常にある種の切実さを抱える介護の現場に触れ、建築への大きな期待を感じてきた過程の延長に、必然的に「健康へ向かう」という建築の役割があぶり出されてきたようにも感じている。
*1:1947年に採択されたWHO憲章の前文においては、「健康」を以下のように定義づけており、この定義が時代や環境に即して変化するものとされている。“健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全て満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会訳)。”
*2:ローレンス・ナイティンゲール『ノーツ・オン・ナーシング 1859』。『看護覚え書』(現代社)の2章「住居の健康」の記述より。
*3:運営者をサポートするかたちでStudio-Lが協働し、竣工の約2年半前から、近隣との関わりをつくるためのヒアリングやワークショップを進めている。見守りを生業とするケアスタッフは、人びとの話の聞き取りに非常に長けている。2019年の台風災害時にも地域の各住戸を訪問するなど、地域の活動に触れ、関係づくりの土壌を育んできた。
■建築概要
名称:なっつらぼ
設計監理:t e c o + 小坂森中建築(担当:金野千恵・小坂怜・森中康彰・下岡未歩・門脇春佳)
設計協力:アリソン理恵・小倉亮子
構造設計:オーノJAPAN(担当:大野博史・藤田竜平)
設備設計:MCC(担当:田中政弘・中野祐介)
施工:国井建設
所在地:千葉県八街市
建主:社会福祉法人 生活クラブ風の村
主要用途:複合施設(小規模多機能型居宅介護施設、地域の土間)
敷地面積:1263.51m2
建築面積:332.72m2
延床面積:290.41m2
構造:木造1階建て
施工期間:2020.06 – 2020.12
写真:森中康彰
種別 | 使用箇所 | 商品名(メーカー名) |
---|---|---|
外装・屋根 | 屋根 | ガルバリウム鋼板 / 竪はぜ葺き |
外装・壁 | 外壁 | モルタル+砂壁風吹付塗装 |
外装・建具 | 外部建具1 | |
外装・建具 | 外部建具2 | |
外装・その他 | 軒天 | ケイ酸カルシウム板+シルバー塗装 |
内装・床 | 土間広場・地域交流スペース・相談室床 | コンクリート+表面強化材 |
内装・床 | 居間・食堂床 | ビニル製琉球畳 |
内装・床 | 宿泊室・事務室・休憩室・水回り床 | 長尺塩化ビニル床シート |
内装・壁 | 土間広場・地域交流スペース・キッチン壁 | PB+砂壁風吹付塗装 |
内装・壁 | 居間・食堂壁 | PB+AEP |
内装・壁 | 宿泊室・事務室・休憩室・水回り壁 | PB+ビニルクロス |
内装・天井 | 居間・食堂・土間広場・地域交流スペース・キッチン天井 | PB+シルバー塗装 |
内装・天井 | 宿泊室・事務室・休憩室・水回り・相談室天井 | PB+ビニルクロス |
内装・建具 | 宿泊室建具 | スプルス+アクリル板 |
内装・建具 | 居間・食堂建具 | スプルス+ジュート |
内装・建具 | 土間広場・地域交流スペース・事務室・相談室建具 | スプルス+フロートガラス |
内装・建具 | 水回り建具 | 木製フラッシュ+AEP |
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※この情報は弊サイトや設計者が建材の性能等を保証するものではありません
PEANUTS LABO
Design: t e c o + KOSAKA MORINAKA ARCHITECTURE (Chie KONNO, Rei Kosaka, Yasuaki Morinaka, Miho Shimooka, Haruka Kadowaki)
Design Assistance: Rie Allison, Ryoko Ogura
Structure design: OHNO JAPAN
Equipment design: MCC
Construction: KUNIKEN
Location: Yachimata, Chiba
Client: Social welfare corporation SEIKATSU club KAZENOMURA
Main use: Complex Facility (Elderly care service, Community floor)
Site area: 1263.51m2
Building area: 332.72m2
Total floor area: 290.41m2
Structure: Wooden Structure, 1st floor
Construction period: 06.2020. – 12.2020.
Photo: morinakayasuaki