SHARE 玉井洋一による連載コラム “建築 みる・よむ・とく” 第5回「“偽”ペット・アーキテクチャー」
建築家でありアトリエ・ワンのパートナーを務める玉井洋一は、日常の中にひっそりと存在する建築物に注目しSNSに投稿してきた。それは、誰に頼まれたわけでもなく、半ばライフワーク的に続けられてきた。一見すると写真と短い文章が掲載される何気ない投稿であるが、そこには、観察し、解釈し、文章化し他者に伝える、という建築家に求められる技術が凝縮されている。本連載ではそのアーカイブの中から、アーキテクチャーフォトがセレクトした投稿を玉井がリライトしたものを掲載する。何気ない風景から気づきを引き出し意味づける玉井の姿勢は、建築に関わる誰にとっても学びとなるはずだ。
(アーキテクチャーフォト編集部)
“偽”ペット・アーキテクチャー
仕事で山形を訪れた時のこと。駅前通りの大きな建物に紛れて、居酒屋の看板を高く掲げた小さな建物があった。
小さな敷地に建つ小さな建物に、大きな看板を取り付けて付加価値を高めるやり方は、地価の高い駅前や繁華街ではよくあることで珍しくはない。
しかしよく観察してみると、小さな建物に見えたヴォリュームは、正面向かって右側にある12階建てのオフィスビルの一部であることがわかった。このヴォリュームは、オフィスビルから発生した「こぶ」のようなもので、小さな建物を装っているが、実はオフィスビルの地下にある居酒屋への入口だった。
なるほど、これは街中にある小さな建物の持つイメージや形式性を逆手にとった、オフィスビルの巧妙な戦略なのではないだろうか。
俗っぽい大きな看板や居酒屋という機能を街中によくある小さな建物に擬態させたヴォリュームに集中させることで、それらをオフィスビルから視覚的に分離することに成功している。看板の方杖がオフィスビルから離れて設置されていることも居酒屋の独立性を高めることに一役買っている。
他方で、俗っぽさを分離することでガラス張りのカーテンウォールを基調とした端正でモダンなオフィスビルのファサードが通りに対して形成される。そして、その構えによって働く場としてのオフィスビルの純粋性や象徴性が保たれる。
典型的なペット・アーキテクチャー※1だと思い写真を撮ったが、これは、ペット・アーキテクチャーの生態を巧みに利用した「“偽”ペット・アーキテクチャー」だった。見事に認識を裏切られたが、ペット・アーキテクチャーの「新しい使い方」を発見できたのではないだろうか。
ここで働くサラリーマンは、仕事帰りに一杯飲もうと居酒屋に立ち寄ったつもりが、実は同じ建物に戻って来たということになりかねない。近年、オフィスとバーの境界は曖昧になりつつあり、オフィスの中に自前のバーがあったり、街中のお気に入りのバーで仕事をすることも普通であるが、ここではそれとは異なるシナリオがミステリーのように組み込まれている。
※1 建物と建物の隙間、拡幅した道路脇、線路と道路の間などにある小さな建物。東京工業大学塚本研究室の学生らとともにリサーチを行った塚本由晴は、そのような建物を人間との距離感や風景の中での存在感から都市空間におけるペットと捉え、「ペット・アーキテクチャー」と名付けた。このリサーチは『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』にまとまっている。
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玉井洋一
1977年愛知県生まれ。2002年東京工業大工学部建築学科卒業。2004年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了。2004年~アトリエ・ワン勤務。2015年~アトリエ・ワン パートナー。