SHARE ペーター・メルクリ講演会レポート(3)
2008年6月、東京国立近代美術館で、スイス人建築家ペーター・メルクリの講演会が行われた。内容はメルクリによる作品、彫刻の家とノバルティスキャンパスビジターセンターをメルクリ自身が解説するというものであった。ここではメルクリの講演の様子をレポートする。なお、このレポートは、許可をとって取材・撮影をしたが、文責はサイト運営者側にあり、その内容に関して、メルクリおよび美術館は関知していない事をご了承下さい。
ペーター・メルクリ講演会レポート(1)はこちら。
講演後、メルクリに対して観衆から質問が投げかけられた。
その質問に対しメルクリは、情熱的に答えた。
質疑応答
観衆:
ヨゼフソンの美術館について二つ質問があります。
プロポーションの決定について多くの時間をかけたということですが、どうしてそんな時間がかかったのかという事と。形の決定の基準というのがどこにあるのか質問したい。
「建物を作るにあたりまして、先ほどの美術館ですけれども一見単純なものとして建物全体の中にあるラインは10に満たないかもしれません。その中で解決しなければいけない大きな課題として、辺り一帯なにもない、大きくひろがった自然の景観の中で建物を作るということ、それに対してどういう風な位置づけと、そして建物に対してどういう風な取り組みをするというのかを決めなければなりません。もう一つ美術館ですので展示される作品がどのように見えなければいけないのか。作品そのもののプロポーションがどういったもので、表現の存在感がどういったものであるか。
そして、そのなかで建物の高さ、そして全体の景観の中での納まり方、ランドスケープのパーツそちらの方の絡み方などについて考えていきます。複雑な要素というのは、外的にどういう風にできるのかというだけではなく、内部空間の構築の仕方も含めまして(この建物は)わずか10のラインにすぎませんが無限の複雑さ・または可能性を持って組み合わせが考えられうるということでもあります。」
「もうひとつ。私は建築家です。ということは、私が何かを語りかけたいという時に表現手段として用いるのは建築そのものであって言葉ではありません。ですので、私が何を表現したいのか。それを、建築を通して語っていくということは、ちょうど自分の本当の気持ちをどうやって言葉として人に伝えなければいけないのか。それを考えるのに時間が必要であるのと同じように、私に時間がたくさん必要だったということになります。」
メルクリは、ホワイト・ボードにスケッチをしながらファサードの試行錯誤の様子を情熱的に説明した。
「なにが言いたいかというと、こういうふうに、ああでもないこうでもないと、色々と線を引きながら書き直しながらいじっていくうちに、これではこの場所が悪い、これでは場所的に合わない、これではヴォリューム的に悪いと、とそれぞれの問題を自分なりに整理していき最終的なプロポーションにたどり着きました。もうひとつ大切なのは、私たちは画家や彫刻家ではないので、自分がこれは正しいと思ったプロポーションを自分が手を動かして作れるものではありません。他の人にこれを具体的な数字として使えるように情報化したものとして伝えていかなければいけない。そういった問題もあります。
ですので、このように線を引きなおして考えていく中で具体的な数字そのものを自分の心の中ではっきりさせていって、それを伝えていきながらシステムそのものを作っていく。そしてそれを人に委ねていって作らせなければいけない。という過程になっていきます。」
建築と言語、そして比例システムについて
「二十歳の時、私は14年間学校でまじめに勉強してきて、自分なりに言葉の語り方そしてどうやって言葉を通じればいいのか。言葉を伝えるためのそういった工夫などの方法を身につけていました。なので、場合によっては女の人に対して自分の気持ちを全て表現するような友好な手紙を書くこともできたわけです。
そのあと、建築を学ぶようになって愕然としたのですけれども、大の大人になっていたのに、私は改めて言葉が全くない状態に引き戻されてしまって、自分が何を伝えたいのかどうやって皆さんに伝えればいいのか手段そのものがなかったのです。
そこで、手段そのものを自分なりに工夫して編み出していくというのが、例えばスケール・そしていろいろな比率。そして自分なりに正しいと思われるような表現の仕方になっていったのだと思います。」
「最初はダヴィンチの有名な正方形と円を組み合わせ、人間を中心に置いた図から出発していきました。それから黄金分割等を知っていきました。そして私はダヴィンチとは異なり、完璧な円・完璧な正方形を目指していきたいと思いました。そこで、今示しましたように、正方形の中に全ての点を通るような円を描くことから始めました。」
「この正方形と完全な円。このバランスに私なりの黄金律が導き出されたわけです。
今示しましたように黄金分割、7/8、5/8といった古典的な数字がこの一つの簡単な図に収められていることがわかりました。
それ以降私が常につかってきているのはこの単純な図なのですけれども、うちの事務所でこれでは、必ず使っていい数字というのは例えば、8・16・30・64とそれを分母としている数字だけであると冗談めかして言っているのです。
3・5とかという数字を使ってはいけないことになっているのです。2と8そちらの倍数のシンプルな計算のみにしているのです。」
「この建物自体は完成したのが1996年で、開始したのは92・3年ごろでしたけれども
大事なのはいつから作業したのではなくて非常に長い時間をかけて作ったということです。
パーフェクトではないかも知れません。皆さんが見たら問題があるかも知れませんが、それなりに考えて作られたということです。」
「大事なのはやはり、こういう風にシステムを見出し、そして自分なりに語るための枠組みを自分なりに作る事が出来たことです。
うちの事務所の場合には、若い人たちがたくさんいて、若い人たちと私のスタイルや考え方が違いますが、建物の中にあまりにも異質なものを入れてしまっては、これはきちんと形作ることができません。
このシステムがあるおかげで、数値の統合ができる。語っていくための表現を固めていくことができたのです。」
このメルクリのレクチャーから、彼の建物に対する深い考察がよく理解できた。
また彼の建物のシンプルな形態が、その寸法や素材、様々な要素を考えつくされた結果のものであることも明らかとなった。
メルクリの、建物をとことん深く考え設計していく姿勢からは学ぶべき所が多くあり非常に意義のある講演会であった。
(文責:編集部)
■展覧会概要
建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳
会場:東京国立近代美術館 ギャラリー4
会期:2008年6月3日(火)~8月3日(日)
開館時間:10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)
休館日:月曜日(7月21日は開館し、翌22日休館)
観覧料:一般420円(210円)/大学生130円(70円)
( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
*高校生および18歳未満、キャンパスメンバーズ、MOMATパスポートをお持ちの方、65歳以上、障害者とその付添者(1名)は無料。
また入館当日に限り、所蔵作品展もご観覧いただけます。
無料観覧日:7月6日(日)、8月3日(日)