SHARE 伊藤維+沼野井諭建築設計共同体による、埼玉の「北越谷の住宅」
伊藤維+沼野井諭建築設計共同体が設計した、埼玉の「北越谷の住宅」です。
「これからの普通」のために
平成が終わる今、大量生産住宅の枠組みが前提としてきた「普通の家族」像の定義はどこまで有効だろうか。少なくとも政策の上で日本はより多様なライフスタイルを認める流れのはずで、この住み手も、勤める企業が整備した枠組みを活かし、「普通」とは少し異なる、彼らにとってベストな暮らしを思い描けた。しかし彼らはアーティストでもセレブリティでもなく、あくまで会社員である。ローンを組み土地を購入するといった従来の「普通」も利用した家づくりが理にかなっている。違いを認めあい共存する「これからの普通」を、つまりより振れ幅の大きい多様さを受け止める器となるべく、いまの住宅生産は、設計者・施工者含め、状況に応える準備ができているだろうか。少なくともこうした文脈において、いま改めて建築家が、特殊解でありながらも普遍性にも開けた形式を模索する意義があると思う。大工的な慣習や、産業化の枠組みを受け止めながら、漸進的に、新たな暮らしの像を結ぶこと。「これからの普通」のための住宅を、「いままでの普通」の作り方 — どんな使い方や性能の前提があるのか、誰がどんな知識経験を以って作るのか等 – に接続する方法も含めて考えることで、より広い社会に波及する可能性につながるはずだ。様々な尺度でハイブリッド性を考えるということには、このような意識も含まれている。
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建築家が作品を解説している動画です。
以下、建築家によるテキストです。
北越谷の住宅
いま、郊外に暮らす
若い共働き夫婦のために郊外住宅を設計した。もともと地縁のなかった越谷を選んだふたりが思い描いていたのは、お互い週3日以上可能な在宅勤務を踏まえ、東京へ毎日通勤するために住む従属的な郊外でなく、専門的な仕事とその他のアクティビティ(子育て、ペット、趣味の楽器・DIY・登山・スキー等々)とを両立できる郊外であった。つまり自然にも都市にもアクセスがよく、かつその場に都市・自然を併せ持つハイブリッドとして、真に「暮らしの中心」となる郊外生活の夢を膨らませていた。仕事のペースや趣味も異なるが、別の事をしていても気配は共有したい。家事や散歩など、時に同じ事もしたい。そんな「近代」の枠組みで捉えきれない暮らしの想像力に応えるには、同面積の典型的な住宅よりも遥かに多種多様な空間が必要そうだった。しかし周囲に比べ大きく豪奢に建てるわけでもなく、大量生産住宅の効率に代わる構築のあり方を見出すことから検討は始まった。
ハイブリッドを重ねる
子どもや犬が走り回るのは近くの公園を目いっぱい使うことにし、大きな占有庭を取らないと決めた。その上で出てきた素案は、敷地中央で正方形平面を9等分したシンプルな2階建てであった。均等で歩留まりの良い架構・効率的な地盤改良計画・低い階高などによりコストバランスを取りながら、単純な形式の中に多層的な関係を織り込み始めた。
ハイブリッドとしての郊外暮らしのために、「社会–自然」「都会–田舎」「公–私」などの二項対立、あるいは対立の問いを立てるがゆえに起こる囚われ・排除の感覚から自由になれる建築を作りたいと思った。経済性・安全性/素材・環境・構造/内と外/抽象と具体など、様々な切り口を有する建築は「ハイブリッド」の際たる産物である。そのハイブリッド性自体を軸に建築を考えられないか、そうすることで、諸条件をプラグマティックに受け止めながら、尊大になりすぎず、かつ窮屈になりすぎず、建築はもっと自由になれるのではないかと思った。だから、形式や構築が持つ多義性を重ね、育てるようにして案を発展させていった。
たとえば:2つの尺寸・粗い質感・屋根・大戸
全幅7.28mを3等分する4×8(シハチ)板モジュールの床と、4等分する3×6(サブロク)板モジュールの外壁という寸法体系にした。2.43m四方の極小ナイン・スクエア・グリッドの床面は、「室」としては小さく、「ひとりの行為」の単位としては少し大きい。「行為+αの居場所」の単位くらいが良さそうで、グリッドごとに、周囲や隣接空間との関係から異なる居場所を見出すように間取りをつくった。一方で、住宅用サッシや外壁に使う石膏ボードは「サブロク」が定尺寸法であり、コスト面でも壁はサブロクモジュールが良かった。床と壁とで異なる均等モジュールを重ねて空間に動きを出しつつ、隣家の建ち方に反応して窓を自由に開ける。床面では、単位に納まらない家具や階段がはみ出てグリッドを崩し、居場所どうしの繋がりが志向される。
断面では、外周の基礎を周囲と同様に立ち上げつつ、床懐を取らずFLを下げる。隣家と目線高さがズレて窓を自由に開けられ、四方から光・風を取り込める。また1階には(ホールの高基礎も含め)内部に粗い基礎コンクリートが露出する。木造住宅の内部では普段知覚しない粗さを持ち込み、質感を途切れさせず、内部からも郊外空間全体の経験へ想像が及ぶと良いと思った。ビアノのあるホールはコンクリートに取り付くように階段がめぐり、街場のような空間感も生まれる。反面、ホール上部は同系色のフエルトで仕上げたり、2階は総じて内部的に設えたりと、全体として内部性・外部性が段階的に混在する様相を作ろうとした。
屋根は45度に分割し、2階を天井高の異なるふたつの領域に分ける。分割線はハイサイドライトとなり、南向きの自然光を導く。L字型平面とした屋上は道路に近い側と奥まった側の両方を持ち、洗濯物を干したりバーベキューをしたりと、道路から様々な距離感で使うことができる。玄関は、農家や町家の「大戸」のように通常の開き戸に加えて土間全体を大きく開ける建具とし、ただ「都市的」に防御するだけではない家の構えを作っておこうとした。古民家のようなディテールや、製材所で直接買い付けた岐阜県飛騨産クルミ材の張り方など、大工の心意気が色濃く残る工務店に前向きに施工してもらえたのも幸いであった。
「これからの普通」のために
平成が終わる今、大量生産住宅の枠組みが前提としてきた「普通の家族」像の定義はどこまで有効だろうか。少なくとも政策の上で日本はより多様なライフスタイルを認める流れのはずで、この住み手も、勤める企業が整備した枠組みを活かし、「普通」とは少し異なる、彼らにとってベストな暮らしを思い描けた。しかし彼らはアーティストでもセレブリティでもなく、あくまで会社員である。ローンを組み土地を購入するといった従来の「普通」も利用した家づくりが理にかなっている。違いを認めあい共存する「これからの普通」を、つまりより振れ幅の大きい多様さを受け止める器となるべく、いまの住宅生産は、設計者・施工者含め、状況に応える準備ができているだろうか。少なくともこうした文脈において、いま改めて建築家が、特殊解でありながらも普遍性にも開けた形式を模索する意義があると思う。大工的な慣習や、産業化の枠組みを受け止めながら、漸進的に、新たな暮らしの像を結ぶこと。「これからの普通」のための住宅を、「いままでの普通」の作り方 — どんな使い方や性能の前提があるのか、誰がどんな知識経験を以って作るのか等 – に接続する方法も含めて考えることで、より広い社会に波及する可能性につながるはずだ。様々な尺度でハイブリッド性を考えるということには、このような意識も含まれている。
親密さと他者性・郊外空間を生きる想像力
郊外宅地開発の経済的文脈に飛び込みながら、いかにハイブリッドな暮らしのポテンシャルを炙り出せるか。そして、時代や和洋を問わない要素を再構成しながら、ハイブリッドな建築でそれに応えることができるか。そう考え続けてできたこの住宅は、親密な居場所を見出せつつ、フィットしすぎることはなく、時に対峙するような他者性も持つ。それゆえに、住み手と建築との対話が喚起できるのではないか。そんな形で暮らしの様々な局面変化を受け止めながら、内・外を問わない郊外空間への想像力を育む、街とともに生きられていく住宅になってくれればと思う。
■建築概要
所在地:埼玉県
用途:一戸建ての住宅
設計:伊藤 維 + 沼野井 諭 建築設計共同体
(伊藤維 沼野井諭 遠藤郁)
構造設計:福島 佳浩
施工:大森工務店
構造:木造 (柱状改良6m)
敷地面積:107.90 m2
建築面積:53.00 m2
延床面積:101.56 m2
竣工:2018年8月
all photo credit: 奥田正治