SHARE 建築家・栗田祥弘とクライアントが5年の歳月をかけて完成させた、南青山のピカソのセラミック作品を展示する“家のような”美術館「ヨックモックミュージアム」のレポート
建築家・栗田祥弘がヨックモックとクライアントである株式会社ヨックモックホールディングス取締役会長・藤縄利康と5年の歳月をかけた、南青山のピカソのセラミック作品を展示する“家のような”美術館「ヨックモックミュージアム」が竣工した(建築は竣工しているが展示作品は2020年10月の開館に向け準備している状態)。
建築設計と展示計画を担当した栗田祥弘建築都市研究所を主宰する栗田祥弘は、隈研吾建築都市設計事務所出身の建築家。本美術館の計画には、敷地選定から関わり、クライアントとの週一回の打ち合わせを続けて計画を練り上げたのだという。当初は、都市を離れた静謐な森の中などの敷地も候補に挙がったそうだが、計画が進む中で明確になった「家に友人を招くようにお迎えしたい」という建築コンセプトを体現できる敷地として、東京・南青山のこの地が選ばれた。
以下の写真はクリックで拡大します
この「ヨックモックミュージアム」が建つ敷地は、最寄りの表参道駅から約10分程度歩いた住宅街の中にある(その途中には、青いタイルを使用した外観が印象に残っている「ヨックモック青山本店」がある)。その敷地環境と建築コンセプト(家に友人を招くようにお迎えしたい)を受けて、建物の外観は家型が採用されている。
そのヴォリュームは、家よりも少し大きいが、美術館としては慎ましいと感じるサイズに設計されている。ファサードの特徴になっているのは「8種類の特注タイルを目地を通さないというルールで貼った」という二枚の壁である。この壁は視覚的に重量感を感じさせるものの、上から吊り上げられていることにより独特の浮遊感を持って存在している。柱で支えられていないことによって、美術館のエントランスは訪問者を穏やかに受け入れてくれるような感覚も与えている。
以下の写真はクリックで拡大します
さあ、美術館に入ってみよう。
エントランス右側にあるエレベーター部分の壁面には、ヨックモック青山本店を想起させる、青いタイルが使われている。ブランドのアイデンティティーにもなっているタイルを使うという事は、ブランディングという意味でも効果的だと思われる。
縦長プロポーションで幅の絞られた入り口は、親密さを感じさせるもので、権威的な美術館ではなく、まさに「家のような」美術館だと感じる。
エントランスに備え付けられているロッカーを見ると、そのサインも、セラミックで作られていることに気づく。まだ仮段階のサインだが、手掛けているのは、廣村正彰が主宰する廣村デザイン事務所である。廣村は様々な建築家とのコラボレーションでも知られているデザイナーで、栗田やクライアントの熱心な様子に共感し、このプロジェクトに参加することを決めたという。
以下の写真はクリックで拡大します
エントランス脇に備えられた階段を下っていくと、照明が落とされた最初の展示室である地下空間にたどり着く(エレベーターでも移動可能)。
取材当日は、まだ作品が搬入されておらず、実寸大模型等で展示の最終調整が行われている状態であった(なので写真がありません)。ここでも新型コロナウイルスの影響が大きく、展示作品の著作権関係の処理がストップしてしまったとの事。
地下、展示室での最も注目すべき特徴は、ピカソのセラミック作品を、じかに見ることができる展示計画だという。一般的にはアクリル製の展示ケースで保護されるものを、(一部ではあるが)その保護なしに閲覧できるようにするのだという。この趣向も、建築コンセプトである「家に友人を招くように」と通じている。ピカソのセラミック作品は花瓶のように機能を持つ形式をしているものも多い。絵画ではなく、日常にあってもおかしくないものであるからこそ、アクリルケース越しではなく、実際の目で見て欲しいのだという。
また、このフロアでは、作品のみならず、ピカソの生きた時代をスライドショーや動画で、感覚的に伝える展示計画が進められているのだという。訪問者は実物を作品として見るだけでなく、その作られた時代背景と共に見ることができる場所になるようだ。
以下の写真はクリックで拡大します
(※セラミックのサインは仮段階のもの)
地階からは、エレベーターを使用し2階展示室に移動する。エレベーターを降りると、そこは地階展示室と対照的に、光をふんだんに取り入れた展示空間がある。外観からも確認することができた屋根と壁のスリットから柔らかい光が取り込まれている。
この間接光の差し込む2階展示室では、セラミック作品を自然光の中で観賞してほしいという館長の強い思いのもと、紫外線対策を行った上でセラミック作品の展示を行なっている。
ピカソのセラミック作品を、自然光の中で見てもらいたいという、設計者とクライアントの願いも、建築コンセプトに繋がっていると感じる。美術館ではあるのもの、そこに「家」の感覚を持ち込むという趣向。それを自然光という形でも表現している。
そういえば、この展示室に採用されている、天井の形状も、どこかの家の、屋根裏を想起させる。展示コンセプトと建築デザインのどこちらにも、明確にコンセプトという軸が通っていることを感じる。
以下の写真はクリックで拡大します
外部階段を通って、一階に降りると建築の最後の空間としてカフェ兼ワークショップスペースが配置されている(取材当日はまだ家具が入っていない状態)。
そこでは、アートセラピーの資格をもった学芸員の皆さんによるワークショップが行われるのだそう。ただ作品を鑑賞する美術館ではなく、その作品を通して訪問者とのコミュニケーションをとる計画がされているのだとか。これも「家に友人を招くようにお迎えしたい」というコンセプトが運営方針にも浸透している表れだと思える。
以下の写真はクリックで拡大します
中庭を通って、エレベーター横の階段を降りると、最初のスペースに戻ってくる。
設計者である栗田氏に話を聞きながら、この建築を回って見てきただのだが、その語り口の様々な部分からは、この5年間この建築とピカソに深く向き合ってきたかが感じられた。
そして美術館という一般的に権威的とも思われるビルディングタイプに、“家”という概念を持ち込み、それを柔らかく親しみやすいものにするべく、設計者と運営者が知恵を絞りそれが実現されている様子も見て知る事が出来た。
展示作品が収蔵された状態に、もう一度訪問したいと思う。
以下の写真はクリックで拡大します
■建築概要
所在地:東京都港区南青山6丁目15-1
主要用途:美術館、飲食店
事業主:一般社団法人YMハウス
設計・監理:栗田祥弘建築都市研究所
設計担当/栗田祥弘、久保田賢
監理担当/栗田祥弘、久保田賢、柳辰太郎
構造:造研設計 担当/長倉真一
機械設備:テーテンス事務所 担当/村瀬豊、西村憲人
電気設備: EOSplus 担当/遠藤和広、高橋翔、福島颯太
サイン計画:廣村デザイン事務所 担当/廣村正彰、関根早弥香、門脇梨恵
展示計画:栗田祥弘建築都市研究所 担当/栗田祥弘、濵中峻、久保田賢、前芝優也
運営計画:栗田祥弘建築都市研究所 担当/栗田祥弘、濵中峻、久保田賢、大井雄太、前芝優也
建築施工:株式会社佐藤秀 担当/小八重一幸、五十嵐、中塚諒
カフェ内装施工:イシマル 担当/芦沢主水、大矢倫央
———
設計期間:2016年2月~2017年10月
工事期間:2018年1月~2020年6月15日
———
敷地面積:318.82㎡
建築面積:222.77㎡
延床面積:902.00㎡ (容積対象849.53㎡)
建ぺい率:69.88%(許容70%)
容積率:266.55%(許容280%)
構造:鉄骨ブレース構造一部鉄筋コンクリート造
杭・基礎:直接基礎
階数:地上2階 地下3階
最高高さ:14.614m
最高軒高:14.167m
道路幅員:7m
地域地区:第2種中高層住居専用地域