SHARE 中山英之による、ポーラ美術館でのモネの展覧会「モネ-光のなかに 会場構成:中山英之」の写真と、中山によるコンセプト解説。モネの絵画を見るための光の質を現代技術で追求
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- 2021年4月17日(土)–2022年3月30日(水)
中山英之による、箱根のポーラ美術館でのモネの展覧会「モネ-光のなかに 会場構成:中山英之」の写真と、中山によるコンセプトの解説です。モネの絵画を見るための光の質を現代技術で追求しています。会期は2022年3月30日まで。展覧会の特設ページはこちら。
今回の展示では、11枚のカンヴァスを巡りながら、約30年間のモネの旅路を辿ることになります。そうすると普通なら、絵を照らすスポットライトで、足元にも11個の自分の影が落ちることになります。でも、掛けられている絵はというと、どれもがたったひとつの大きな光のなかで描かれたわけです。その中に、風景も、カンヴァスも、画家自身も包まれていた。だから会場の光の質も同じようにしたいと思いました。そうすることで絵の前に立った時、きっとその体験は画家自身がカンヴァスに向き合っていた瞬間に重なるのではないかと。
いつのまにか絵と一緒に時空を超えた旅をしているような気分になったら素敵ですよね。そんなことを想像しながらこの空間をつくりました。
以下、プレス発表時の中山による会場構成のコンセプト解説の書き起こしです(文責:アーキテクチャーフォト)。
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ご紹介いただきました建築家の中山です。
普段はこのような建物の中ではなく、空の下で住宅やいろいろな建物を設計していますが、今回はポーラ美術館という素晴らしい建築の中で、この展覧会の会場構成を担当しました。展覧会のポスターに会場構成者の名前を大きく入れてもらえるなんて、とても珍しいと思います。建築家ってこんなこともできるんだよ、という事を知ってもらえるのがまず嬉しいことですし、なにより一緒に並ぶ名前がモネですから、こんな光栄な事は多分一生に一度しかない。そのような気持ちで、今回は建築をつくるように、この仕事に取り組むことができました。とっても幸福な機会でした。
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先ほど、(担当学芸員の)鈴木さんの方からお話がありましたけれども、おそらくふらっと会場に入られた方で、この天井が展覧会のために特別に作られたものであることに、気づかないまま出て行ってしまう方がほとんどなのではないかと思います。
むしろそうあってほしいのですが、今回の仕事の中で一番重要なのは実はこの天井です。(ポーラ美術館の別の展示室で行われている)「フジタ-色彩への旅」展の会場を見ていただければわかるように、この建物の展示室の天井は、それはそれは美しい波打つようなプレキャストコンクリートです。
写真を見ただけでポーラ美術館だとわかるアイコニックな天井なのですが、今回はそれを薄い膜で覆うということをしました。さらに天井と壁の境目を消しています。写真撮影スタジオでは床と壁の境目を消すために曲面が使われていますよね。ホリゾントと言います。今回作ったのは、言わば逆ホリゾントですね。今、頭の上にある天井が、展示壁の向こうまでどこまでも続いていくような感じがすると思います。
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何故このようなものを作ったのかと言うと、それは光のためなんです。このポーラ美術館は都会の美術館に行くのとは違いますよね。例えば、小田原駅を降りて、ここまで来る間に森の中を抜けて空の下、木漏れ日の中を歩いてくる。それはこの美術館固有の体験です。それから、何といってもモネは空の下で絵を描いた人ですよね。美術館の中というのは普通、掛けてある絵の数だけのライトが天井にあるわけですけれど、屋外では太陽の光があちこちから降ってきたりしません。
ちょっと皆さんご自身の足元を見てみてください。何か気づきませんか。そう、影がないのです。どうしてこんな光が作れるのかと言うと、このカーブした展示壁の上にずらっと、上向きに照明が置かれています。白い膜天井を照らしているわけですね。そうすることによって天井全体を、ちょうど曇り空のように発光させています。のちほどちょっと実験をさせていただきますけど、遠藤照明という会社の新しいLEDの技術が使われています。
今回の展示では、11枚のカンヴァスを巡りながら、約30年間のモネの旅路を辿ることになります。そうすると普通なら、絵を照らすスポットライトで、足元にも11個の自分の影が落ちることになります。でも、掛けられている絵はというと、どれもがたったひとつの大きな光のなかで描かれたわけです。その中に、風景も、カンヴァスも、画家自身も包まれていた。だから会場の光の質も同じようにしたいと思いました。そうすることで絵の前に立った時、きっとその体験は画家自身がカンヴァスに向き合っていた瞬間に重なるのではないかと。
いつのまにか絵と一緒に時空を超えた旅をしているような気分になったら素敵ですよね。そんなことを想像しながらこの空間をつくりました。
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天井と光が一番重要だと言いましたけれど、(この会場には)ちょっと不思議な壁がありますね。この壁は、導線や絵のまとまり、それぞれの距離や見え隠れや、ほんとうにいろんなことを考えて作られた曲線でもあるのですけれど、この会場にひとつだけ非常に大きな弱点があるんです。それは、この天井と光なんです。
モネが風景の前にカンヴァスを置いていた時とひとつだけ、とても大きな違いがあります。なんだと思いますか。それは、絵の前にガラスを入れなければいけない、ということです。絵に直接ライトを当てれば、空間の中で一番明るいのは絵ですよね。暗い部屋で見るテレビと一緒です。でも、この空間で一番明るい場所は空、なんですよね。そうすると、この空がガラスに映り込んでしまうのです。時空を超えた旅から現実に引き戻されてしまいます。
壁の片面が濃い緑色をしているのは、正対する面に掛けられた額の反射を打ち消す働きを担っているからなのです。全ての絵から空の反射を打ち消すための配置を、それこそ針の穴を通すように何度も何度も曲線を引き直して、最終的にはコンピュータ上でシミュレーションしながら探り当てていきました。ガラスの存在がまったく気にならなかったと思います。そんなふうにして、モネの旅路を辿る回廊は形づくられていきました。
ところで、この濃い緑色の壁の材料は何だと思いますか。実はこれ、トタン板です。色も既製品そのままです。多分皆さん今日お帰りになる時にちょっと街を眺めてみたら、全く同じ色のトタンの納屋や車庫を簡単に見つけられると思います。
おそらくそうした既製品の色は、日本の風景色から選ばれているのでしょうね。つまりこの会場は、ありふれた風景色の、チープな小屋を作るような外装材でできています。何でもない風景の中にカンヴァスを立てたモネの絵には、そのくらいの素っ気なさが丁度よいように思われたのです。絵を掛ける側も、同じく既製品のままの白いトタンを背中合わせで重ね張りしてあります。
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さて、おしまいに今日は、特別に少しだけ、先ほどふれた照明を使った実験をしてみたいと思います。
皆さん「セーヌ川の日没、冬」の方をご覧ください。今回、この会場の光の質は日の入り2時間前あるいは日の出2時間後くらいの色温度に調整されています。この光で一番自然に見えるのはおそらく睡蓮だと思います。さて、今から皆さんを、1880年のセーヌ川の冬の夕暮れ時へ時間旅行にお連れします。どうでしょうか。突然水面がキラキラと輝いて、ピンク色の絵具が強く発光して感じられるのが分かると思います。今、リモコンで光の色温度を日没直前の質に変化させる操作をしました。モネの絵は、カンヴァスを置いた時間の空の下で見るのが一番贅沢だということが、とてもよく分かりますよね。
この会場が秘めている性能を、ちょっとだけご覧いただきました。チャンスがあれば、今のような機会を会期中に何度か持てたらと個人的には思っています。勝手に言ってしまっていますが(笑)。(編集部註:ポーラ美術館によると現在のところ未定とのこと)
今日はお付き合いいただきありがとうございます。最後になりましたが、やはり思うのは、最新の照明技術やコンピュータ上でのシミュレーションなど、見せるための方法がアップデートされても、尽きることなく新鮮な感動をもたらしてくれるモネの奥深さ、強さです。ぼくにとっても幸福なこの仕事を通じて、改めてそれを実感しました。
話が長くなってしまいましたね。これで私からの会場構成の説明を終わります。
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■展覧会概要
モネ-光のなかに[ 会場構成:中山英之 ]
会場:ポーラ美術館 展示室3
会期:2021年4月17日(土)~2022年3月30日(水)
※2021年9月6日(月)~10日(金)は休館
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
主催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
協力:株式会社丸八テント商会、株式会社 遠藤照明、(株)アーテリア
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
企画協力:株式会社中山英之建築設計事務所、株式会社岡安泉照明設計事務所