SHARE 中西正佳によるラタンチェア「IDENTITY」と、その制作過程を綴ったエッセイ「畑違いの建築士が、インドネシア工場に乗り込み量産家具を実現するまで」
中西正佳建築設計事務所がデザインしたラタンチェア「IDENTITY」と、その制作過程を綴ったエッセイ「畑違いの建築士が、インドネシア工場に乗り込み量産家具を実現するまで」を掲載します。
IDENTITYのプロジェクトが始まったのは2015年7月。私が独立する半年前のことだ。インドネシアに工場を持ち日本国内販売をしている、あるラタン家具メーカーが100周年を迎えるにあたり、その記念モデルをつくろうということになった。社長とは私が学生時代からの15年以上の付き合いで、お父様である先代の社長も含め、家具、建築、経済、社会のことなど、幅広く話し合ってきた。「次の100年間、愛される椅子を作りましょう」と提案したところ、トントン拍子でプロジェクトが進むことに。
そして、同年のお盆休みを利用し、メーカー社長といざインドネシアの工場へ。
チークの原木の山や工場の広さ、職人さんの活気に圧倒されながらも、出来上がっていたサンプルに座ると、座り心地が良くない。セットでデザインしたテーブルはよかったのだが、椅子は、背中が背もたれ全体に当たらなかったり、座面が深すぎたり、手作りなので左右の背もたれの角度が違ったりと問題が多数見つかった。
もたれやアームの図面では表現しきれない微妙な曲面や勘違いして作ってしまいそうな部分は、工場長の許可をもらい、直接職人さんに片言のインドネシア語で指示する。「イニ、ドゥアミリ、ポットン(ここ2mm落とす)」といった具合だ。日本で建築を作っている時も同じだか、工場長にも、職人さんにも、ビジョンと熱意を伝えることがとても大切で、言葉が多少通じなくても、身振りやスケッチで伝わっていくのが肌で感じられた。
畑違いの建築士が、インドネシア工場に乗り込み量産家具を実現するまで
100年愛される家具を目指して
IDENTITYのプロジェクトが始まったのは2015年7月。私が独立する半年前のことだ。インドネシアに工場を持ち日本国内販売をしている、あるラタン家具メーカーが100周年を迎えるにあたり、その記念モデルをつくろうということになった。社長とは私が学生時代からの15年以上の付き合いで、お父様である先代の社長も含め、家具、建築、経済、社会のことなど、幅広く話し合ってきた。「次の100年間、愛される椅子を作りましょう」と提案したところ、トントン拍子でプロジェクトが進むことに。
ところが調べてみると、家具の大量生産が1920年代からが始まったこともあり、100年間生産され続けている椅子はほとんどない。一般的に名作と言われているものを挙げてみると、1902年マッキントッシュ「Hill house」、1928年コルビュジェ「LC2」、1929年ミース「Barcelona chair」 。ダイニングチェアに至っては、1949年「The chair」。ダイニングチェアに至っては、1950年「Y chair」、1956年「ELBO chair」といった感じで、名だたる名脚も70年ほどの歴史しかないのである。
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日本の暮らしに寄り添う椅子
これらの椅子が、なぜ愛され続けてきたかを考えてみた。デザインも素晴らしいが、座り心地が良く、長く座っていたくなるのが一番の理由だと思った。特にThe chairは、凛とした風格があり、座り心地も極めて良い。ただ日本人にとっても、ダイニングチェアとしても大きい。The chairほどの風格も、大きさからくる座った時のゆったりとした感じもないが、その素晴らしい構成は受け継ぎつつ、全ての寸法や曲率、座面角度、背もたれ角度、ディテールを検討し、日本人や日本の空間にフィットしたダイニングチェアを作れないかと考えた。このように、先人に敬意を払いつつ、一歩先に進めるようなデザインの在り方を意識した。更に、それが買い求めやすい価格で作ればなお良いだろう。
日本の住宅の面積は限られるのに、ダイニングチェアとソファーがお決まり。ダイニングチェアが本当に座り心地がよければ、ソファーがなくても良いかもしれない。テーブルに納まらないという理由で、ダイニングチェアとして選ばれにくかったアームチェアに挑戦し、テーブルに納まるように、セットで提案することにした。
当時結婚したばかりの私も、50㎡ほどの賃貸に住んでおり、ソファーなしで、ダイニングテーブルと肘掛掛けがテーブルに納まらないThe chairのレプリカで暮らしていた。自らのこんな生活を改善したいという思いもあった。
しかし、このようなコンセプトを掲げたものの、家具作りはほぼ素人。様々な家具店に行って、怪しまれながらも、名作チェア行脚を敢行し、座ったり、寸法を測ったり、店員さんに色々と教えてもらったり、人間工学の本を読みあさったりと、ようやく図面を作り上げた。そんな中、メーカーさんの「とりあえず作ってみよう、作ったものをみて修正していこう」という言葉に、一発勝負の建築の世界にいる私は随分気持ちが楽になったことを覚えている。
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パーソナルチェアの難しさ
そして、同年のお盆休みを利用し、メーカー社長といざインドネシアの工場へ。
チークの原木の山や工場の広さ、職人さんの活気に圧倒されながらも、出来上がっていたサンプルに座ると、座り心地が良くない。セットでデザインしたテーブルはよかったのだが、椅子は、背中が背もたれ全体に当たらなかったり、座面が深すぎたり、手作りなので左右の背もたれの角度が違ったりと問題が多数見つかった。
実は、大学4回生の2005年に「wacca chair」という座椅子をデザインし、同じメーカーから販売していた。私より4歳年上の5代目の若社長(2015年就任)とは、私の大学3回生夏休みの建築旅行の折、フィレンツェの教会のガイドツアー中に知り合い、意気投合して、帰国後すぐにデザインさせてもらうことになった。そのなまじ家具デザインをかじった経験から、パーソナルチェアは家具の中で最も難しいと感じていた。なぜなら、人に接する表面積が他の家具に比べて格段に大きいからである。以来、生半可な気持ちではデザインできないと避け続けてきた。というわけで、サンプルが良くないのは、想定内であった。
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インドネシア工場での勝負の1週間
工場が夕方終わると、シャワーを浴びて、夕食を食べた後、夜な夜な、サンプルの椅子に座った。何が問題なのか、インドネシアまで持って行ったTHE CHIARレプリカと座り比べて何が違うか、どうすれば良いか仮説を立て、改善点を探る。私の設計がよくない部分と、工場のミスや勘違いで図面通りにできていない部分を複合的に考え、わかりやすい修正指示にまとめあげる。一から作り直していたら、すぐに一週間立ってしまうので、可能な限りサンプルを修正しながら進めていける方法を見つける。次の朝、工場長に説明する。背もたれやアームの図面では表現しきれない微妙な曲面や勘違いして作ってしまいそうな部分は、工場長の許可をもらい、直接職人さんに片言のインドネシア語で指示する。「イニ、ドゥアミリ、ポットン(ここ2mm落とす)」といった具合だ。日本で建築を作っている時も同じだか、工場長にも、職人さんにも、ビジョンと熱意を伝えることがとても大切で、言葉が多少通じなくても、身振りやスケッチで伝わっていくのが肌で感じられた。
このように、こちらが思い描いたサンプルが最短でできるように、なりふり構わず最善のことをやっていく。というのも私が日本にいてこのやり取りした場合、図面をインドネシアの工場に送り、サンプルを作ってもらい、船便に積んで、日本の倉庫に入荷という1サイクルするのに3ヶ月はかかる。このサイクルを1日、2日に短縮できる勝負の1週間なのである。
この勝負の一週間、試行錯誤を繰り返し、後ろ髪を引かれる思いで帰国。しかし最後にお願いしたサンプルが日本に届くも、まだ満足のいくものにはなっていなかった。
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1年越しでようやく完成
100周年記念モデルということで、2016年のカタログで発表しなければならなかったが、展示会等での出展や限定的な販売に留めてもらい、その中で出てき意見も踏まえて、次の年に向けて再度改良させてもらえることになった。自宅でもダイニングチェアとして毎日使い、改良点を考え続けた。そして翌年、背もたれのカーブや断面形状、椅子の座面の奥行きや角度等の大幅な改善を行った。サンプルを作っておいてもらい、2016年のお盆、再度インドネシアの工場へ。
今回は深澤直人氏デザインの名作「HIROSHIMA」を持参。かなり座り心地がよくなっていたが、HIROSHIMAには劣っていた。決定的な物理的違いは背もたれの高さにある。HIROSHIMAは約15cm、IDENTITYは10cm。胸椎1、2個分くらいの差がある。このプラス1、2個の胸椎を背もたれでサポートできるかどうかは座り心地に大きな影響を与える。しかし無垢のチークを使っているため、コストとの兼ね合いで、これ以上は大きくはできない。
そこで、日本人の多くの人の背中をサポートできる背もたれの高さ、断面形状を模索した。毎晩HIROSHIMAと座り比べ、自分が(あくまでも個人的な見解だが)IDENTITYの方が座り心地が良いと思えるまで、妥協せず、数ミリ単位で調整した。
こうして、畑違いの私がインドネシアの工場に乗り込んで、
一年越しで、ようやく量産家具「IDENTITYアームチェア」が完成した。
日本だとここで終わりだが、そこはインドネシア。どのように同じものを作り出すかが問題だ。工場長などが主体となって、製品を安定することができる治具を沢山、開発してくれた。
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翌2017年には、セミアームチェア、ベンチ、スツールをデザイン。同じように1週間缶詰で調整した。
セミアームチェアは、アーム部に肘をかけられ、背もたれは柔らかく腰を支える構造。アームチェアほどしっかりと包み込んで背中をサポートすることができないため、アームチェアよりもわずかに座面の角度をフラットに近づけ、背中にかかる力を小さくしている。コンパクトながら長時間座っても快適な椅子だ。
ベンチは一人で、スツールは片手で悠々運ぶことができる軽さである。可動性を高めるため、サイズは座り心地を追求しながらも、最小限の寸法に設定した。太ももが痛くならないための座面のテーパー、持ち運びしやすい持ち手部の丸み、最も合理的な細さの脚部など細部まで、座りやすさ、使いやすさ、美しさを追求している。
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現在と今後の展望
2018年はTUTUMUシリーズをリリース。
IDENTITYシリーズは、建築家の方々にもご採用いただき始め、新建築2021年2月号の表紙(日吉坂事務所 terrace H)にもスツールとベンチが映り込んでいる。数ある椅子の中から選んでいただき、建築家の方々が設計された空間に寄り添わせてもらえることは、とても光栄なことである。
2019年は業務との兼ね合いで、2020年はコロナ禍でインドネシアの工場へ行けていないが、今後、1、2年おきに1作ずつリリースしていきたいと考えている。
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■製品概要
デザイン:中西正佳建築設計事務所
メーカー:株式会社キムラ
生産地:インドネシア
リリース年:2016年~