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以下、建築家によるテキストです。

生きる線

「フランス料理と自然派ワインの小さなレストラン」を掲げる「FIL D’OR」は、オーナーシェフの田川真澄さんが2017年に故郷・金沢で開いた一軒。
フランス、モントリオール、ニューヨークでの研鑽を経られて、地元食材を活かしたセンス溢れるフュージョン料理を提供されてきた。実は、田川シェフは私の中学校の先輩でもある。イケメンで陽気で明るい人柄とは対照的に手掛ける創作料理は極めて繊細で、「土着的」でもあり、「工芸的」とも言える。

店名の「FIL D’OR（フィルドール）」は“金の糸”という意味のフランス語である。
田川シェフの人と人、モノとモノの繋がりを大切にしたいというフィロソフィーも込められている。この金沢らしい最も大事な哲学を、店名だけではなく、空間全体を構成するエレメントとして、さらには金沢の風土を表象する「雨」「氷柱」「木虫籠」「雪吊り」を連想させるデザインとして、シェフと沢山の議論を重ねながらブラッシュアップさせていった。

金沢の原風景を想起させる約3万本の糸。

店舗近くにある「長町武家屋敷」の土塀に囲まれたような土の洞窟空間に特色で染められたアースカラーの糸が天井から吊るされる。
伝統的な町家建築の奥域あるプランに呼応するランドスケープのような流線形のダイナミズムは、金沢特有の曲がりくねる路地へのオマージュであり、FIL D’ORの金色に煌びやかに輝く未来を示唆している。

風でなびく極細の糸は、隣同士が共鳴し、線の集合体となって、ある全体性を獲得していく。それはまるで意思を持った生命体のように、時間を、空間を微分し震わせる。「生きる線」によって創出された土の舞台で田川シェフは踊り続ける。
（奈良祐希）

魅せる線、新たな世界

ストリングスカーテンのデザイン設計において主に配慮した点は各カーテンの離隔間隔と高さ設定である。
まず離隔距離に関しては、糸の見え方の変化をどのように演出できるかに配慮した。具体的には、建築の長手方向に対し57本のカーテンレールが配置される中で、場所によって①57本のレールラインとして②3万本の線材として③面として、糸の集合体が見せる多様な造形の移り変わりを表現しようと考えた。

この線から面へのグラデーションを表現するため、糸一本あたりの細さ1.5mmと合計3万本の本数という数値を考慮したゾーニングを実施した。レール同士の間隔を短くすれば天井の情報量は増すが線ではなくマッスにしか見えない、逆に間隔を広げすぎると線の連続性が失われ、さらに下地材も露出しカーテンを純粋に見せる事ができない。このようなミリ単位の離隔調整とレール本数の検討を何度も行い離隔距離は90mmに設定した。結果として精密に設定されたラインは居場所によって線から面へと変化し、さらにモアレという予期せぬ新たな視覚効果をも演出してくれた。

各カーテンの高さ設定に関しては、厨房→ハイカウンター→段差→配膳導線→テーブル席と、各ゾーンからの移り変わりに呼応するよう、緩やかな断面曲面を設定した。また、糸全体が連続してうねるようなダイナミズムを生み出すためにできる限り天井からの下がり幅を大きく設定する必要があり、その寸法設定である最小200mm～最大800mmの高低差を57つのレーン内でどう設定するか検討を行った。特にハイカウンターエリアから段差を介してテーブル席へ赴く導線は、スタッフ配膳、お客様導線、さらに段差による天井高の変動などに配慮しつつ最大寸法800mmを実現させた。

また、照明もカーテンレールラインと合わせライン照明としている。照明は計5箇所に設置しており、糸のダイナミズムを生み出す高低差の起点である5ポイントのレールに沿って配置し、糸にも色変化のグラデーションを付加させた。さらにバランスよく配置された糸と照明の関係性は、まるでいくつもの線が織りなすかのような影となって内壁に現れ、「FIL D’OR（金の糸）」というコンセプトを空間全体に与えてくれた。

これらの検討により、吊り下げられた糸を金沢の原風景を想起させるインスタレーションとして演出させつつ、時には各エリアを緩やかに仕切り人々を心地良く滞留させる見えない境界としての機能を付加させることもできた。
（松本千賀来 / EARTHEN）

■建築概要

名称：FIL D’OR
所在地：石川県金沢市木倉町
用途：店舗
建築：EARTHEN　担当／奈良祐希、林大樹、松本千賀来、小松直樹
施工：株式会社家元
工事種別：内装のみ 鉄骨造2階／全面改装
延床面積：105.26㎡（厨房 31.67㎡）
設計：2024年9月～2025年1月
工事：2025年2月～2025年5月
竣工：2025年5月13日
写真：MARC AND PORTER

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