「今、なに考えて建築つくってる?」は、建築家の村山徹と杉山幸一郎によるリレー形式のエッセイ連載です。彼ら自身が、切実に向き合っている問題や、実践者だからこその気づきや思考を読者の皆さんと共有したいと思い企画されました。この企画のはじまりや趣旨については第0回「イントロダクション」にて紹介しています。今まさに建築人生の真っただ中にいる二人の紡ぐ言葉を通して、改めてこの時代に建築に取り組むという事を再考して頂ければ幸いです。
(アーキテクチャーフォト編集部)
第2回 サステイナブルであること、その正しさ
text:杉山幸一郎
はじめまして、杉山幸一郎と言います。
本題に入る前に、簡単に自己紹介をさせてください。
スイスアルプスの麓にあるクールという(涼しげな笑) 街で生活し始めて8年目になりました。昨年夏にピーター・ズントー事務所を退所して以来、大学で教える傍ら、パートナーの土屋紘奈と共に自身の事務所を設立し建築設計活動をしています。
実は、度々友人から、「日本に帰ってこないの?」「なんでチューリッヒやバーゼルといった都市に引っ越さないの?」と尋ねられることがあります。たしかに。ズントー事務所があったからクールに住み始めたので、ここに留まる本来の理由はなくなったのかもしれません。
ピーター・ズントーはスイス有数の国際都市である彼の地元バーゼルでもなく、チューリッヒでもない、人口千人の村ハルデンシュタインを拠点にして世界中でプロジェクトを行なっています。そうした彼の生活の仕方、働き方を見ていると、もっと自由に好きなところで生活していっていいんだよ。と言われたような気がして。
ここからチューリッヒでも、日本でも活動できる。片足をついているのがたまたまアルプスの街クールで、もう片足はピボットのように自由に動けるままにすることもできるんじゃないか。と今のところは考えています。とはいえ、数年後全く違ったことを言っている可能性もあるので、その時は笑って許してくださいね(笑)。
昨年まで連載していた全10回のエッセイ「For the Architectural Innocent」から、今年はムトカ建築事務所の村山徹さんとともに執筆することになりました。タイトルにあるように、今まさに考えていることをそのまま文章に起こしていくつもりです。
ムトカ建築事務所と、僕たちの建築設計事務所atelier tsuの活動は、どちらも建築を通して世の中に貢献しようと試みている。けれども異なるアプローチをとっていると思います。たぶん、だからこそ、お互いに刺激し合えるんだろうと。その辺をもっと知っていくことも、この対談エッセイで楽しみにしています。
第1回を読んで。コスト感覚の身につけ方
村山さんのエッセイで、「何をすればいくら掛かるかを瞬時に判断できる建築コストの感覚を身につける」という話がありました。なるほど、竣工した建築を見にいく機会が減ってきて、コストを気にして見ていた経験も少なかった自分にとって、感覚を養う話から始まり、2つのプロジェクトを通して丁寧に説明された文章からは、たくさんの気付きをもらいました。
そもそも、ペインターハウスという可愛らしくも力強い住宅が、そういう背景でできていたなんて知らなかったし、言われないとローコストで建てられたなんて、全く思えません。
ところで、、スイスではどんな風にコスト感覚を身につけているの?
どうやって総工費を試算したり、設計料を決めるの?という疑問に少しだけ応えてから本題へ移っていこうと思います。
以下の写真はクリックで拡大します
僕が建築コストに関して得ている情報源の一つは、スイスの建築雑誌『werk, bauen + wohnen』の巻末ページに紹介されているプロジェクトです。公共、民間建築問わず、基本図面、矩形図から面積、総工費までの情報がまとめられています。
少しだけ項目をチェックしていきましょう。
赤でマークしてある箇所を見てください。例えば「1-9 Erstellungskosten total」は設計料含む総工費になります。約19億のプロジェクトです。1-6という番号は、BKP(建設コストプランニング)による分類でスイス共通です。設計図書や図面番号でこの番号を使います。
下のパラグラフにある「Gebäudekosten /m2」を見ると3047スイスフラン/m2となっています。三月末現在のレートでは40万円/m2くらいでしょうか。
その他にも建物の延べ床面積、そのうちどの範囲が暖房設備/有断熱なのか。など、細分化された情報がわかります。設計しているプロジェクトに似た用途と規模の建物を調べれば、あらかじめ大まかに全体像を把握することができます。
最近オープンした「werk-material」にもウェブデータベース化されていて、必要な情報を選んで探すことが可能になっています(有料)。
このように、建築における多くの事柄、とりわけ建設工程におけるコストの振り分けや、対応する建築スペックがわかり、効率よく建てられているかも明快です。だからこそ、建築家は建築をできるだけ理にかなった規模で、用と美を満たしながら、それでいて新しいライフスタイルを提案することが求められているのです。このテーマに関しては、後にもう一度帰ってこようと思います。