
※このエッセイは、杉山幸一郎個人の見解を記すもので、ピーター・ズントー事務所のオフィシャルブログという位置づけではありません。
木の鳥 / スイス伝統木造建築
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伝統木造建築と聞くと、日本の在来軸組工法。つまり、柱と梁の骨組みがあって、柱の間に筋交いがかけられ、漆喰塗りの土壁で仕上げてあったり、障子や襖といった間仕切りが計画されたり。と軽やかで自由度の高い平面計画ができるイメージがあるかもしれません。
今回紹介するのは、そんな線材によって点をつないでいく構法ではなく、無垢の木材を積み重ねてできているスイスの伝統木造建築です。ドイツ語ではStrickbauないしBlockbauと呼びます。
日本で無垢材を積み重ねてできている建築といえば、真っ先に思い浮かぶのは、校倉造で有名な奈良の正倉院でしょうか。三角形に近い断面を持つ木材が、交互に井桁状に積み重ねられて外壁(躯体)が作られています。
三角形頂点の一つが外側を向いて配置されているので、外観からはジグザグした様子が見て取れます。そこに当たる光と、それによってできる陰が繰り返されて、建物の表情が時節によって変わり、構法と外装意匠がうまく一体となって出来上がっている良い例です。
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正倉院の校倉部分が柱によって地上から持ち上げられて、地面からの湿気や小動物から倉庫を守っているのに対して、写真にある、グラウビュンデン州で見かけた建物は、柱に代わって一部を石積みとしています。この石積みによって、建物が傾斜した地面から立ち上がっていくような印象を与え、木造部分がその上に座っているようにも見て取れます。
こうした建物の構成はスイスの住宅や農家において、非常によく見かけることができます。
傾斜のある地面に合わせるようにして石積みをした地上階があり、そこが倉庫や家畜小屋として用いられ、その上に木造の住居部分が建つ。家畜小屋が階下にあることで、動物たちの暖かさが上階に伝わる、床暖房のような効果も期待されていたようです。
(現在は衛生上の理由から、住居と家畜小屋を隣接して新築することに、規制があります)
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ところでスイスでは、休暇の過ごし方として、アルプスの農家に宿泊するプランにとても人気があります。農家、もしくは隣接するゲストハウスに宿泊して、乳牛や山羊、鶏、時には馬といった動物たちの世話を手伝いながら、夏にはハイキング、冬にはスキーといったように、周囲の自然を楽しみながら過ごすのです。
僕も以前、グラウビュンデン州にある農家に宿泊したことがあります。
オーナーは複数の家畜を飼育するとともに、葡萄畑を所有していました。自然あふれる場所での自給自足以上の生活を目の当たりにして、こんな生活があるんだと驚いた。と同時に、動植物に合わせて、毎日例外なく規則正しい生活リズムを守りながらの暮らしは、安易な気持ちでは続けることができない、大変根気のいるものだとも、改めて実感したことをよく覚えています。
国土に占める山岳の割合が多く、標高も高いスイスのような国では、自然は必ずしも人間に良い影響を与えてくれる優しい友ではなく、時として過酷な条件を突きつけてくる。
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今回は、そんなスイスの牧歌的な側面を表した、ピーター・ズントーによる建築を紹介しようと思います。
温泉施設(Therme Vals)で有名なスイス、グラウビュンデン州のヴァルスから車で10分くらい谷の奥へ走ったところに、ライス(Leis)という小さな村があります。
そこには小さなレストランが1つ、小さなチャペルが1つ。そしてズントーが自身と家族のために設計した別荘が3棟建っています。それらを含めて数えるほどの家しか建っていない、本当に小さな集落です。
この3棟は互いに規模の違いはあるものの、同じ構法によって建てられています。それが先に紹介したBlockbauなのです。