中山英之建築設計事務所が手掛けた、東京都渋谷公園通りギャラリーの「『語りの複数性』展 会場構成」です。既存ビル内を改装したギャラリーに、動線と壁面を緻密に設計することで、自然な流れを持ったひとまとまりの展覧会という感覚と作品に深く対峙できる状況をつくりだしています。会期は2021年12月26日まで。展覧会の公式サイトはこちら。
こちらは、実際に会場を訪問したアーキテクチャーフォトによるレビューです
この展覧会の、特に会場構成自体を作品として紹介する際には「東京都渋谷公園通りギャラリー」の背景を共有することが必須であるように思う。このギャラリーは、渋谷区立勤労福祉会館という建物内の1階に位置しており、2020年2月にアール・ブリュット等の振興の拠点として設立された施設である。
実際にギャラリーを訪問して分かるのは、このギャラリーや入居している建物が、新築時に展覧会を行う事を前提に建てられたわけではないという事である。同じフロアには、時間貸しのワークスペースが入居していたりとビル内にはギャラリーと日常が混在しているような印象である。加えて、ギャラリーの展示スペースが、廊下やホールなどを介しフロア内に点在していることも特徴だと感じた。これは建物内の違う用途で使われていたスペースを活用したギャラリーである事を想起させる。建物内に足を踏み入れた瞬間に、美術作品をみるのだという気持ちが切り替わるように考えられているそれ専用に建てられた美術館と比較すると、ある種の作品を展示することに対する難易度が高いギャラリーだと言うことが出来るだろう。
実際に展覧会を訪れて、作品を眺めながら会場をぐるりと一回りした。そこでの経験を振り返ると、先に書いたような展示空間が、フロア内に点在しているにもかかわらず、ひとつづきの展覧会のまとまりとして経験した感覚が残っているのである。これはまず、中山が今回の展示にあたり苦心した部分だと感じた。具体的には、展示の最初のスペースと二番目のスペースに移動するには、ホールと廊下を通過するのだが、この細長い廊下部分を作品展示スペースとしている。これによって、各展示空間の距離が縮まり、一連の展覧会として認識されやすくなっている。アートに対峙するという経験に出来る限りノイズが入らないように設計されているのである。
また、外部に最も近い公園通りに面した展示スペースのつくり方にも注目したい。ネットなどで他の展覧会期間の写真を見てもらうと明確に分かるのだが、このスペースは道路側がすべてガラス面であり内部の様子が通り側から見られることを意図してつくられた場所なのである。もともとがギャラリーである事を想定していなければ、合理的なつくりであるし、展覧会の性質によってはこの空間がそのまま生かされる場合もあるだろう。後述しているが、本展では出展作家が多様だ。その為に展示壁面を増やす必要があったと思われる。と同時に作品によっては光を許容するものと受け付けないものがある。そんな状況において、中山は、ガラス面から少しのクリアランスをとって新たな展示壁面をつくった。これにより、室内側は川内倫子の作品スペースが生まれ、ガラス面側には、大森克己の展示スペースが生まれる。これだけでも素晴らしいアイデアなのだが、ガラス面側の奥行きの浅さによって、そこが街中にあるショーウィンドウに擬態しているのである。この効果により大森の作品は渋谷の街中において鑑賞すべきものとして通りを行きかう数多の人々の記憶に刻まれることになるのである。
最後になるが、この展覧会の特徴は、出展作家の多さとその作品表現の多様さである。写真作品、絵画作品、映像作品、音響作品等々、様々なアプローチの作品が出展されている。こう書くとここでの鑑賞体験は、凄く雑多なものになっているのではないかと想像されるだろう。しかし、筆者に残っているのは、それぞれの作品をじっくり鑑賞でき、作品と対峙することができたという感覚である。実際に図面を見てもらうと分かりやすいと思うのだが、全ての作品に、その作品を鑑賞する為に最適化された居場所が用意されているのである。そして、それがあまりにも自然であるが故に、作品が先にあったのか空間が先にあったのかが分からなくなるほど一体化していることにも驚かされる。
経験としてはシンプルなのだが、そのシンプルな経験を生み出すために、複雑な形状の壁面と動線が緻密に設計されているのである。滑らかにつくられた動線計画は、それぞれの作品を、この展覧会に参加する関係性を持った存在であることを感じさせる。と同時に、壁面でのさりげない展示空間の分割によって、作家それぞれの作品をじっくりと鑑賞するという体験も実現している。この縁の下の力持ちとして展覧会に貢献している会場構成の巧みさに感嘆させられた。
中山によるポーラ美術館でのモネ展の会場構成が、建築設計業界で話題になったことは記憶に新しい。特に天井のデザインやそれに付随する光の操作の巧みさに目を奪われた読者も多いのではないだろうか。本展の会場構成は、特に写真で見ると控えめでありそこで中山が何を行ったかは見出しにくい。しかし実際に足を運んでみると、展示空間が持つ特質に向き合い、それをより良い方向に変化させ作品と対峙する空間を作り上げるという、中山のアートに対する眼差しと力量を感じさせる会場構成になっているのは間違いない。
渋谷区神南という比較的訪問しやすい場所に位置するこのギャラリーに足を運ぶことをお勧めしたい。
以下の写真はクリックで拡大します
以下、建築家によるテキストです。
「ギャラリー」と一口に言っても、そう名前のついた施設にはさまざまな質の空間が付帯しています。たとえば展示室と展示室を結ぶただの廊下も、そうであることを少し忘れてみたら、細長い形をした、他とは違う固有の質感を帯びた場に違いありません。
「語りの複数性」展もまた、ひとりひとりにとってそれが唯一であると感じている世界を、少しだけ忘れてみることからはじまる展覧会、と言えるかもしれません。
建物というのは、名前のつけられた、定まった用途を与えられた場所の集まりです。今回の会場構成は、そんなまとまりのなかに、できるかぎりそうではない可能性としての複数の場を、探り当てていくような時間でした。
ひとつに思えていた世界が、もしかしたらそれぞれに異なる受容体としての私たちの数だけ、少しずつ違ったかたちで複数ある。この展覧会のそんな想像力に、重なり合うような空間であったらと願っています。(中山英之)
中山英之と、キュレーションを手掛けた田中みゆきの対談動画
2021年10月9日から開幕した展覧会「語りの複数性」に向けたプレトーク。
本展覧会では、固有の感覚や経験に裏打ちされた表現や、経験していない現実を自らの身体をもって受け取り、表現する試みを扱います。
プレトークでは、展覧会のはじまりや出展作家の紹介をしながら、展示室において鑑賞者による複数の想像が立ち上がる空間をどのように設計できるのか、本展の会場構成を担当する建築家の中山英之さんにお話を伺います。
出演:中山英之(建築家、本展会場構成)、田中みゆき(本展企画担当)
手話:那須映里
映像補助通訳:倉谷慶子、瀬戸口裕子
手話監修:廣川麻子(TA-net)
撮影:丸尾隆一、冨田了平
編集:丸尾隆一
■建築概要
題名:「語りの複数性」展 会場構成
設計:中山英之建築設計事務所
担当:中山英之、川本稜、磯涼平
施工:HIGURE 17-15 cas
グラフィックデザイン:中西要介(Studio PT.)
階数:1
延床面積 :207.00m²
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展覧会名:語りの複数性
会期:2021年10月9日 (土)~12月26日(日)
開館時間:11:00~19:00
休館日:月曜日
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1、2及び交流スペース
入場料:無料
出展作家:大森克己、岡﨑莉望、川内倫子、小島美羽、小林紗織、百瀬文、山崎阿弥、山本高之
企画:田中みゆき
会場構成:中山英之建築設計事務所
主催:(公財)東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 東京都渋谷公園通りギャラリー