SHARE 谷口景一朗 / スタジオノラによる、大阪市の「東住吉の古民家改修」。築百年超の家屋を改修した三世代の為の住居。未来に繋がる“建物の長寿命化”を目指し、根本的な耐震断熱性能の向上に加えて既存の機能や素材を尊重する計画を考案。空間が持つ“重層的な時間の重み”の継承も意識
谷口景一朗 / スタジオノラが設計した、大阪市の「東住吉の古民家改修」です。
築百年超の家屋を改修した三世代の為の住居です。建築家は、未来に繋がる“建物の長寿命化”を目指し、根本的な耐震断熱性能の向上に加えて既存の機能や素材を尊重する計画を考案しました。また、空間が持つ“重層的な時間の重み”の継承も意識されました。
家族だけでなく地域の人を含めた多くの人が共有して使っていた古民家は、座敷を中心として建具を開閉することでつなぐことができる連続した和室が特徴的である。築130年の東住吉の古民家も大黒柱を中心として田の字に和室がつながるプランとなっている。
古民家の改修の多くは、現代の一世帯分の家の機能であるリビングダイニング、キッチン、水回り、個室をあてはめていくと元の面積が大きすぎることから減築されることが多い。
しかし、このプロジェクトでは母と次女世帯の住む実家への同居をのぞんだ長女世帯のために、80年間人が立ち入っていない廃墟同然の2階の空間を、1家族分の居住空間として生き返らせるということを行っている。
改修後は3世代が分散しながら同居し、いとこ同士が共に成長する、新たな共有の場となっている。
1階の田の字につながる和室は元のハレの空間として保存、復元しながら耐震性を高めるということを行った。
改修前も1階はお正月には多くの親族が集まり、またお葬式を自宅で行ったこともあり、みんなが集まる非日常的な場、ハレの空間として存在していた。しかし、建物の経年的な歪みによって建具が閉まらなくなり、田の字につながるはずの和室の回遊性は失われていた。
そこで、改修前と「雰囲気を変えない」ということを念頭に置きながら、居ながら改修ができるように補強を計画していった。4連中央引き分けの建具で、中央の2枚が開口部になると連続する和室が見通せ、南側と北側の庭の緑が抜けるという景色がこの空間の持っている特長である。その景色が変わらないように耐力壁を分散して配置している。田の字のプランがつながるという回遊性を取り戻したことで、集まった子供たちはぐるぐると走り回っている。
今回の改修では次の50年は小工事で済むように根本的な耐震・断熱改修を行なっている。古民家のもつ意匠性を生かすと同時に、性能の面での現代的なアップグレードを行うことで、世代を超えて本当の意味での建物の長寿命化につなげることを意図している。
また、この家が建った時代性に合わせた普遍的なマテリアルを使用することでこれまでの130年からこの先の50年へと時間がつながり、同様に手直しを繰り返しながら住み継いでいくことができることを意識している。そのため、マテリアルについて次の4つの項目に着目し、マテリアルの循環が促進されることを目指した。
①既存の機能をそのままに使う。
②敷地内の古材を違う形で活用する。
③解体された別の古民家の建具を再利用する。
④敷地内からでてきた古材を工務店に提供するなど敷地内から廃棄物を減らす。
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以下、建築家によるテキストです。
多くの人と共有する家
家族だけでなく地域の人を含めた多くの人が共有して使っていた古民家は、座敷を中心として建具を開閉することでつなぐことができる連続した和室が特徴的である。築130年の東住吉の古民家も大黒柱を中心として田の字に和室がつながるプランとなっている。
古民家の改修の多くは、現代の一世帯分の家の機能であるリビングダイニング、キッチン、水回り、個室をあてはめていくと元の面積が大きすぎることから減築されることが多い。
しかし、このプロジェクトでは母と次女世帯の住む実家への同居をのぞんだ長女世帯のために、80年間人が立ち入っていない廃墟同然の2階の空間を、1家族分の居住空間として生き返らせるということを行っている。
改修後は3世代が分散しながら同居し、いとこ同士が共に成長する、新たな共有の場となっている。
ハレの空間を保存、復元する耐震改修
1階の田の字につながる和室は元のハレの空間として保存、復元しながら耐震性を高めるということを行った。
改修前も1階はお正月には多くの親族が集まり、またお葬式を自宅で行ったこともあり、みんなが集まる非日常的な場、ハレの空間として存在していた。しかし、建物の経年的な歪みによって建具が閉まらなくなり、田の字につながるはずの和室の回遊性は失われていた。
そこで、改修前と「雰囲気を変えない」ということを念頭に置きながら、居ながら改修ができるように補強を計画していった。4連中央引き分けの建具で、中央の2枚が開口部になると連続する和室が見通せ、南側と北側の庭の緑が抜けるという景色がこの空間の持っている特長である。その景色が変わらないように耐力壁を分散して配置している。田の字のプランがつながるという回遊性を取り戻したことで、集まった子供たちはぐるぐると走り回っている。
本建物では、MEMS加速度センサユニットを用いて、施工中の加速度モニタリングを実施した。工事期間を通じてモニタリングを行うことで、各工程における建物重量や剛性の変化に伴う固有振動数の変化を定量的に把握し、耐震補強効果を確認することを目的としている。
代表的な3日分のスペクトログラムを見ると、2023年4月22日は1階床を部分的にはがし始めた段階で、概ね補強前の建物の振動特性を表しており、3.7Hz付近に卓越振動数が確認できる。2023年5月9日は瓦屋根の土下ろしを行った日で、屋根重量が軽くなった結果、作業の前後で卓越振動数が3.7Hz→4.1Hzに上昇している。2024年1月10日は躯体の補強が終わり、造作工事を行っている段階で、耐震壁が増加した結果、卓越振動数は5.2Hz付近まで上昇した。
これを建物の固有振動数と捉えると、耐震改修による増加率は5.2/3.7≒1.4倍である。建物の固有振動数には季節変動をはじめとする様々な要因が絡むため精確な推定は難しいものの、工事期間を通じて加速度モニタリングを行うことで、耐震補強効果の検証だけでなく、各工程における質量や剛性の変化を大まかに推定することができると考えられる。
適材適所な温熱改修
2階の日常的な居住空間と1階の非日常的なハレの空間に求められる温熱性能は異なる。広い面積をすべて断熱改修することは経済的にも施工的にも現実的ではない。そこで、1階は最も熱的に弱点である南北面の庭に面した開口部の断熱補強を行った。加えて構造補強の過程で隙間を詰めることで気密性を向上させたり、床のやり替えの過程で床断熱を施工したりというように、改修として手を入れる部分について断熱補強を併せて行っている。
一方で、2階は居住空間をぐるりと囲むように断熱境界を設定し、断熱材を付加しており、UA値0.54W/(m2・K)という断熱レベルまでアップグレードしている。もともと日射熱取得が抑えられた開口部の構成と既存の外壁の土壁の蓄熱効果によって、2階は室温の日較差が3~4℃程度に抑えられている。UA値が同程度で蓄熱容量の小さい一般的な間取りの木造戸建住宅では自然室温では体感温度で40度を超え、日較差は7~8℃程度となる。日射熱取得によって冬期の快適性を向上させることはもちろん重要だが、併せて夏期の日射制御についても十分に検討することが重要であることがわかる。
2階は現代的なライフスタイルに合わせたリビング、ダイニング、キッチン、風呂、トイレの機能をレイアウトしている。水回りは更新性を考えてユニットバスやシステムキッチンを活用しながら、造作の立ち上がり壁等で意匠を調えている。また、既存の窓の大きさ、位置を踏襲することを基本としながら、天窓を追加することで居住空間としての光環境の改善を行った。
次の世代まで住み継ぐ
今回の改修では次の50年は小工事で済むように根本的な耐震・断熱改修を行なっている。古民家のもつ意匠性を生かすと同時に、性能の面での現代的なアップグレードを行うことで、世代を超えて本当の意味での建物の長寿命化につなげることを意図している。
また、この家が建った時代性に合わせた普遍的なマテリアルを使用することでこれまでの130年からこの先の50年へと時間がつながり、同様に手直しを繰り返しながら住み継いでいくことができることを意識している。そのため、マテリアルについて次の4つの項目に着目し、マテリアルの循環が促進されることを目指した。
①既存の機能をそのままに使う。
②敷地内の古材を違う形で活用する。
③解体された別の古民家の建具を再利用する。
④敷地内からでてきた古材を工務店に提供するなど敷地内から廃棄物を減らす。
①については、例えば木の戸車が重くて開けにくかった蔵の扉をベアリングの入った戸車に交換することで使い心地よく、再利用している。②について、2階の床板は表面を削って再び床に用いて、1階天井現し仕上げとしている。蔵の床板も幅が合わないものをあえて切り揃えず、見切りを入れて再び床板として使用している。③については、工務店が解体された別の古民家から回収した建具を高さ調整して2階の新規間仕切りに再利用している。また同様に別の現場の古材を新設した天窓の枠として再利用することで、周辺の古板と馴染むようにした。④では、本敷地内では再利用しなかった古材を工務店に提供している。今回の天窓の枠のようにどこかの別の現場でいつか再利用されるだろう。
古民家改修の展開
古民家は100年近くあり続け、その場所に人の一生よりも長く存在し、その地域の風景となっているものも多い。しかし、老朽化と経済、住み心地の悪さの問題で、多くの古民家や町家が解体されようとしているのが現状である。
一度解体されてしまうと、その空間が持つ重層的な時間の重みは二度と再現できない。その面積の大きさは一世帯の家としては大きすぎたとしても、大きいからこそ家以外の活用方法も大いに考えられるのではないだろうか。
地域の貴重な資産として、工務店や設計者がそれぞれの地域で古民家を軸にコミュニティを盛り上げる施設や、観光資源として展開できる可能性を秘めていると考えている。
(谷口景一朗+藤村真喜)
■建築概要
題名:東住吉の古民家改修
所在地:大阪府大阪市東住吉区
主用途:住宅
設計・監理:スタジオノラ 担当/谷口景一朗、藤村真喜
構造設計:Graph Studio 担当/福島佳浩
施工:輝建設
構造:木造
階数:地上2階
延床面積:210.0㎡(改修部分)
設計:2022年8月~2023年3月
工事:2023年4月~2024年3月
竣工:2024年3月
写真:平井美行写真事務所
種別 | 使用箇所 | 商品名(メーカー名) |
---|---|---|
外装・屋根 | 屋根 | 既存垂木・野地板残し、瓦吹き替え |
外装・壁 | 外壁 | 既存漆喰壁残し |
外装・建具 | 建具 | アルミ樹脂複合サッシ(YKKAP) |
内装・床 | 1階広間 床 | 既存畳 |
内装・床 | 2階リビング 床 | フローリング |
内装・壁 | 1階広間 壁 | 既存土壁残し |
内装・壁 | 2階リビング 壁 | 漆喰左官 |
内装・天井 | 1階広間 天井 | 既存板天井残し |
内装・天井 | 2階リビング 天井 | 既存野地板現し |
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