
SHARE 坂倉準三による三重・伊賀市の“旧上野市庁舎”を転用した宿泊施設「泊船」が開業。改修設計はMARU。architectureが担当。客室のインテリアスタイリングはNOTA&design、ロゴとサインはUMA / design farmが手掛ける



坂倉準三による三重・伊賀市の“旧上野市庁舎”(1964年竣工)を転用した宿泊施設「泊船」が開業しました。
改修設計はMARU。architectureが担当。客室のインテリアスタイリングはNOTA&design、ロゴとサインはUMA / design farmが手掛けています。施設の場所はこちら(Google Map)。
『泊船』の舞台となる旧上野市庁舎。ここは、ル・コルビュジエに学び、戦後日本の建築を率いた坂倉準三(1901-1969)が1964年に手がけた建築です。坂倉は「建築は、そこで生きる人間のためにある」という哲学を掲げました。この旧市庁舎は、伊賀の豊かな自然、とりわけ四方を山に囲まれた盆地の風土に寄り添うように、水平線を強調した低い建物として完成しました。市民を見下ろすことなく、光と風を招き入れる大きな開口部は、半世紀以上にわたり、ここに集う人々の営みを静かに見守り続けています。
老朽化による解体の危機を、市民の保存運動が救い、市指定文化財として再生されることに。行政からのアイデア募集に応え、船谷ホールディングスがこのプロジェクトを受託しました。ホテルと、来春オープンする図書館、そして観光案内機能を備える複合施設として、この歴史ある建築は新たな命を得ます。かつての市庁舎の記憶を大切にしながら、ホテル『泊船』は過去と現在をつなぎ、坂倉準三がこの地に託した思想と共に、人が集い、学び、伊賀の魅力を発信する、新しい文化の拠点となることを目指します。
本施設の再生設計は、公共建築や文化施設の設計等を多数手がけるMARU。architectureが担当しました。彼らは、坂倉建築が持つ空間の豊かさや光の扱い方を深く読み解き、現代の快適さと美しいデザインを融合させています。
設計の核にあるのは、「開かれた外の空間から、段階的に落ち着いた室内空間へと連続する」という心地よい流れ。視線を低く抑えることで、訪れる人が落ち着いて空間に身を置けるよう工夫されています。既存のコンクリート壁に残る当時の木型枠の表情はそのまま活かされ、タモ材や左官などの素材との組み合わせが、至近距離でこそ感じられる繊細な質感を生み出します。それは、ただ修復するだけでなく、建築全体に、異なる要素が互いを引き立て合うような、穏やかな一体感を生み出すことに深く配慮された結果です。
以下の写真はクリックで拡大します














客室は、NOTA&design が手がけたインテリアスタイリングにより、温もりのある素材感と静けさに満ちた空間に仕上がっています。坂倉準三建築研究所が手がけた天童木工の家具や、当時の建築の雰囲気に調和する調度品が配され、空間全体に穏やかな調和が生まれます。視線が低く設計された空間は、外の賑やかさから離れ、心地よいプライベート感を演出します。NOTA&designは、客室を「生き物のように、時間とともに育まれる空間」と捉え、宿泊者の気配や流れが静かに深まるような設えを施しています。
さらに、坂倉建築のシャープなラインやコンクリートの質感に対し、人の手が生み出すアート作品が持つ「肌触り」や「感情」が、空間に新たな対話をもたらすと信じ、各客室にアートを迎え入れました。アート作品は、建築が持つ静謐なムードを壊すことなく、そこに親密な温かみを加え、滞在する人それぞれの感性に語りかける存在となるでしょう。それは、空間を単なる「箱」ではなく、訪れるたびに新たな発見のある、生きたギャラリーへと昇華させます。
『泊船』のロゴ・サインデザインは、UMA / design farm が担当しました。ロゴは、坂倉準三建築が持つ「柔らかさ」と「身体性」を抽出し、マークに込められています。湖に浮かぶ船、月の光、本を読む人のシルエット、図書館の「言葉の湖(うみ)」、夜から朝への時間の流れなど、見る人それぞれに異なるイメージを喚起する、抽象的で詩的なデザインが特徴です。
ロゴの色には、夜の湖のような「紺色」を採用。これは建築当時の2階部分にも使われていた色を復元したものであり、月明かりに照らされた夜の静けさを表現しています。館内外のサインやインテリアもすべて、「必要最小限、最適な配置、素材の力を活かす」という坂倉の設計思想に基づき、丁寧に設計されています。
■建築概要
施設名:泊船(はくせん)
ホテル開業日:2025年7月21日
公共図書館:2026年春開業予定
所在地:三重県伊賀市上野丸之内116 旧上野市庁舎 SAKAKURA BASE
施設内容:ホテル(全19室、バリアフリー客室1室含む)、公共図書館、観光案内、カフェ
運営:船谷ホールディングスグループ
───
設計:MARU。architecture
スタイリング:NOTA&design
家具:天童木工(坂倉準三建築研究所デザイン)
アート:安永正臣、壺田太郎、藤本玲奈
ロゴ・サイン:UMA / design farm
ウェブサイト:SHEEP DESIGN Inc.
施設写真:田ノ岡宏明