SHARE 堀越一希 / Kazuki Horikoshiらによる、千葉・流山市の、既存建物を改修した飲食店「西深井の左官」
堀越一希 / Kazuki Horikoshiらによる、千葉・流山市の、既存建物を改修した飲食店「西深井の左官」です。ここでは建築家と関係のある三者のテキストも併せて掲載します。
川むかいの傾斜地に、息をひそめるようにその客室はある。東西三間に大きな窓が設けられた30畳のがらんどうである。その「架構」による重力は明らかで、たとえ目視せずとも、このおおらかな環境をいっしょくたにする力強さがあった。ぼくらは<泥壁>を通してこのスケールと対峙して、建て主が大事にしてきた建具が物語ることができるから、できるだけそっと、やわらかい陽の光に感性をゆだねることにした。
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片桐悠自によるテキスト
片桐悠自プロフィール
東京理科大学理工学部建築学科助教/1989年生まれ。博士(工学)。東大LEGO部部長、岸田省吾+岸田建築設計事務所を経て、2017年より岩岡竜夫研究室に着任。パリ・ラヴィレット建築大学留学後、アルド・ロッシを中心に建築史/意匠論研究を行っている。主な論文に「アルド・ロッシの建築における素材観」(2017)、訳書にマルグレイブ+グッドマン『現代建築理論序説』(澤岡清秀氏監訳、大和田卓氏・キムジョンホン氏と共訳, 2018)がある。
「運河の謎」
不思議なのは、光が左右から反射するように、取り込まれていることである。棟屋は、もともと3間飛ばしの大梁が短手・長手方向に架けられた無柱空間であり、既存の窓材に歪みが生じていた。それゆえに、合板による箱型の補強を行うという構造形式が採用されたという。
「リテラルな透明性をもつ “忘筌”」、この空間に足を踏み入れたときの形式上の第一印象であった。既存建物の障子窓格子を吊り下げた東側窓には、障子紙は貼られておらず、グリッド状に東庭の世界を分割する。開口部の下半分は開けられている。
しかしながら、かの茶室よりも、材料はさらに身近なものに限定される。障子からの光の強さも、コントラストも、もっと和らいだものであろう。障子紙のない格子窓が半分だけ開口部を覆うことで、天井面と、床面の仕上げの違いが際立つ。床面の仕上げには雨ざらしの時間を含め3週間かかったそうで、光を跳ね返しつつも空間に落ち着きを与えている。おそらくこれほどまでに材料の使用を限定して、マチエールを徹底するのは、建築家としてなせる技芸のなかでも滅多にお目にかかれないだろう。堀越さんの技術は、施工を担当した後輩たちに着実に伝わっているようである。彼らが仕上げた天井は、一瞬木毛板かと思うような心地よい荒々しさと、外光をグラデーションとして取り込む柔らかさをあわせ持つ。
設計意図として、外光との環境と関係性がスタディされた結果、環境との調和を最大にするために、形式的・形態的才気の挿入は極限まで抑えられている。新規材料はほとんど構造補強のための合板に限定され、ブリコラージュとして、既存のエレメントが組み合される。空調機の折れ戸にも、障子紙のないグリッド状の障子戸が使われているのが、愛らしい。
限定された予算での徹底した知的操作が加えられた、“神秘”な空間である。
日が落ちるにつれて、西日は木立に撹乱され、天井仕上げと床面に跳ね返る。内部の反射は障子板を一層照らす。格子の反射光と東庭が放つ光の照度が一致する瞬間もあるはずだ。
「エブドメロスは、それは環境と気象状況の結果だと主張し、自分にはこうしたものの一切を変える方法など何一つ思い浮かばないと言った」
(ジョルジョ・デ・キリコ『エブドメロス』笹本孝訳, p.11)地中海の光とは異なり、野田市/流山市を分かつ運河エリアの光は、カチッと嵌るような影を作るものではない。湿度と天空光の違いなのか、影は柔らかく、イタリアやスペインの夏の光に比べ、揺らぎを纏う。合板窓台の磨きは、陽光をバウンドさせ、東庭に西日を取り入れるフィルターとなる。それでも、柔らかいグラデーションの中に、謎が残される。東庭の光と西日が同時存在するなかで、左右のふわりとした影が過ぎ去ってゆく時、ふいに強められるときに、現実の時間と記憶の時間が交錯する。
ともすれば光が増えすぎる東西の2つの開口は、今や心地よく木立を反射し、わらび餅と良く合う空間を作り出す。そう、人間にできる造形上の才気は、マチエールの探求へと転化され、日常の天候と味を楽しむことのできる形而上学的素地へと止揚されるのだ。
(片桐悠自)
大村高広によるテキスト
大村高広プロフィール
1991年富山県生まれ(かに座)。異なるメンバーとのプロジェクトの共同を複数同時に進めることで、各々の生活を各々の仕方で自ら組み立てるための思考の手がかりを共に考えたいと思っている。たまにブログを書いている。現在はアトリエ・アンド・アイ坂本一成研究室、一般財団法人窓研究所にてダブルワーク中。《倉賀野駅前の別棟》でSDレビュー2019奨励賞(齋藤直紀と共同)。
「軋轢にみちた融和に向かって」
Photoshop CS5が画期的だったのは、スポット修復ブラシツールに「コンテンツに応じる」という機能が追加されたことだった。なにしろ、ソフトウェアに実装された人工知能が写真の内容を解析し、不要な要素を判別し、それを自動的に消してくれるのだから、フィルムで写真を撮る人間は重宝する。ところがやっかいなことに、《西深井の左官》ではこのツールがうまく機能しなかった。仕上げを染みか何かと勘違いしちゃうのか、修復ブラシツールをぽちっとやると、ネガをスキャンした時に付着してしまったゴミのみならず、仕上げのムラまでならされてしまって、壁や天井のテクスチュアはなめらかな平面へと見事に「修復」されてしまうのだ。
興味深いのはこのテクスチュアが、創業百年を超える料亭の別館を改修するという与件のなかで成立しているということである。設計者=施工者によれば、この不均質な色や質感の背後にあるのはクラックを防止するための構法上の要請である。塗り重ねの際、層ごとに素材の色や含水量を変え(下層が黄色、中層が白、上層がクリーム色)、色差によって厚みを視覚化しながら塗り・掻き落しを進め、塗りの薄い部分を一定の間隔で布置することで歪みに追従する柔軟な仕上げをつくっている、と。なるほど、たしかに収縮時に歪みが大きくなるであろう床に近い部分では黄色い斑点が多く出現している。いうなれば、湿式工法にもかかわらず“目地”があるような状況。この仕上げの正当性を担保しているのはただひとつ、これが建物を長持ちさせるための工夫であるということだ。その一点において、「よごれ」がこの場所に存在することが許されている。しかし、構築的な合理性を瞬時に理解することはとても難しいから、けっきょく人々は根拠や価値がよくわからない謎のテクスチュアとして──すなわちよごれや染みとして──この物質の全面的突出と向き合うことになるだろう。
長持ちさせるための諸々の工夫は、素材の価値を振り出しに戻し、むしろ見えないところへと沈殿させ、それによって人間と、人間的な構築の身振りとを直面させる。そして既存の歴史ある土地と立派な建物のなかに、複数の相容れなさが同居する「例外的な場」を出現させる。建主がここで実現しようとしている世界と、それを可能にするための設計者=施工者のこうした倫理的な態度は、この壁や天井だけではなく、《西深井の左官》の細部の隅々にまで行き渡っている。
(大村高広)
亀井滉 /「西深井の左官」プロジェクト企画者による感想。
亀井滉プロフィール
「食」をこよなく愛する25歳/1995年生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒。昔の山荘に安藤忠雄がささやかで大胆な操作を施したアサヒビール大山崎山荘美術館に感銘を受け建築学科へ。「リビングヘリテージ」=「生きた遺産」として、近代建築を豊かに使いこなすあり方について深める傍ら、「食から始まるまちづくり」を主題に、食と建築とまちづくりを結びつける活動を行っている。
「耕し続ける」
大学のキャンパスから程なく、利根運河沿いに歩いていくと、林の中に人知れず、だけど確かな存在として老舗割烹の建物がある。「よく見かけるけど、そういえば知っているようで知らない」。そう言う人が多い、なんとも不思議な距離感の場所である。
敷地に一歩踏み入れると、利根運河沿いの視界が開かれた状態から、鬱蒼と茂る木々たちに囲まれる。女将さんの祖父が植えた樹齢百年ほどの桜が春には品のいいピンク色に染まり、秋には夕焼けと紅葉が重なったり、時期によってガラッと表情が変わる。そこに、三つの建物が点在し、フレンチ料理と割烹料理がいただける贅沢な場所。今回フレンチレストランと割烹の統合に伴って、敷地全体の使い方を再編することになった。「西深井の左官」は改修プロジェクトの名称で、施工をしたNくんの言葉。言い得て妙である。というのは、4面の壁と天井を全面的に左官に仕上げたから、ではなく、まさに「塗り重ねていく」という感覚があったからだ。
ただ、紆余曲折の連続だった。2018年の年末辺りから計画が始まったわけだが、厨房の新築計画が頓挫したり、複雑な問題を抱えており、かなり時間がかかった。そもそもどこに手を入れるべきか、数年後ここを訪れる人がどう過ごすか、フレンチと割烹が共存するあり方とはどんなものか、地形を巧みに活かした既存の建物をどうやって活かすか、現地のものをどう活用するか。様々な投げかけを一緒くたに吟味して、ようやく15坪の客室を改装することに到る。新築の厨房が建てられるにあたって林がかなり伐採された時はしばらく呆然としたが、女将さんの手によって少しずつ植物とか人の居場所が増えているのを見ると、自分たちが引き継いでいきたかったのは、この環境全体であり、こういうあり方だったのではないか、と改めて思う。
これからもこの環境を耕し続けて欲しい
(亀井滉)
■建築概要
所在地:千葉県流山市
用途:飲食店
構造:木造在来構法
規模:48.6平米
竣工年:2020年4月
プロジェクト企画:亀井滉
現場管理:堀越一希
設計・施工:堀越一希、上野純、七五三掛義和、長尾謙吾(順不同)
電気工事:長尾電気
染織:木村友美
種別 | 使用箇所 | 商品名(メーカー名) |
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内装・壁 | 壁 | 左官金鏝押えの上、掻き落とし仕上げ |
内装・天井 | 天井 | 左官金鏝押えの上、掻き落とし仕上げ |
内装・床 | 床 | ラーチ合板、小幅板割り+蜜蝋ワックス塗り |
内装・造作家具 | 造作家具(棚) | ランバーコア合板t21 |
内装・造作家具 | 造作家具(出窓棚) | 広葉樹合板t24、研ぎ出し |
内装・照明 | 照明 | ライティングレール(Panasonic)、スポットライト:TOLSO BeAm Free(Panasonic) |
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