SHARE 日本ペイント×architecturephotoコラボレーション企画 “色彩にまつわる設計手法” / 第2回 藤原徹平・後編 「色と建築」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2020」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto」のコラボレーションによる特別連載企画です。4人の建築家・デザイナー・色彩計画家による、「色」についてのエッセイを読者の皆様にお届けします。第2回目は建築家の藤原徹平氏に色彩をめぐる思考について綴っていただきました。
色と建築
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大学に入って建築を学び始めた頃、いつも何も聞かず思い付きで出張土産を買ってくる父が、色鉛筆セットを買ってきてくれたことがある。60色くらいそろった本格的なもので、それまで大学生協で買った12色セットを使っていたから、とても嬉しかった。しかしカラフルな色鉛筆セットを手にしたものの、私が学生時代に設計した建築はコンクリートとか木材とかガラスとかビニールとか、素材がむき出しになったものばかりで、建築に色をつけたことは一度もなかった。
19世紀半ば頃に始まるモダニズム建築には、それ以前の建築の在り方に比べいくつか際立った特徴がある。その1つが色彩に関するもので「白を基調とし、場合により黒や灰色を用い、あるいは材料の生地をそのまま表わす」と簡潔に定義することができる(※1)。つまりモダニズム建築とは、もっぱら白く塗るか、黒く塗るか、グレーに塗るかであり、でなければ素材のままという建築だ。学生時代に、素材を荒々しくむき出しにすることで、モダニズム建築の堅苦しさに抵抗していたつもりだったものが、俯瞰してみればそれもまさにモダニズム建築の一種だったということになる。
色について考えていくとき、考えれば考えるほど、色のことが捉えられなくなる。よく考えてみると、これは面白いことだ。生物的な仕組みからいえば、人は光の波を錐体で感じ、脳で色を認識するが、その最終的な段階に至るまでの間にも、複数の複雑で随時的な情報変換のプロセスがある。決して入力と結果というような単純な処理ではない。そのプロセスに少しの変化があることによっても、色の認識はうつろいでゆく。感じることへの集中により生じる色のうつろいを、茶室などで経験した人もいるかもしれない。
色を感じるということは、光の波の性質を通じ人が世界を微細に感じ分けているということだが、それはあくまで人が色という認識でとらえた世界の姿であり、真の世界はおそらく別の姿をしているはずだ。しかし人はそれをとらえることはできない。人は自身の感覚器官でとらえたものからしか世界を認識できないし、あらゆる物理法則も人が感じて認識できるものが思考の基盤になっている。その意味では、色彩学は物理学を生んだ母なる存在といえる。
ダヴィッド・カッツ(David Katz:1884-1953)という心理学者が人の色の感じ方を研究し、9つのモードに整理したが、その1つに「面色(film color)」というものがある。「面色(film color)」とは、主に青空のように、定位性や表面のテクスチャをはっきり知覚することができない色の見え方である。人は空によって自分たちの世界が包まれているように感じ分けているが、他の生物がそのように感じ分けているかは、まったくわからない。しかし人は空によって世界が包まれているという感じ分けができたことで、昼と夜の不思議さに気づき、その結果、天体運動の法則や他の天体の存在、宇宙の存在について認識するに至った。もしも「面色(film color)」の感じ分けを人ができなかったとしたら、こうした世界認識そのものが不可能だったのかもしれない。
カッツの9つのモードのなかで、最も建築の本質に関わるのではと、私が考えているのは「空間色(volume color)」である。これは、ガラス玉やコップに入った色水などのように、ある体積をその色が満たしていると感じられる見え方のことである。私が、「空間色(volume color)」が建築にとって重要だと考えるようになったのは、メキシコでルイス・バラガン(Luis Barragán:1902-1988)の建築を経験してからだ。ルイス・バラガンは、ピンクや黄色、水色などの派手な色彩を建築に大胆に用いることで有名だが、私はそれはある種の絵画的な表現なのかと思っていた。ル・コルビュジェ(Le Corbusier:1887-1966)の絵画的な色の使い方と変わらないだろうと、正直なところそれほど惹かれていなかったのだが、実際に訪れてみて驚いた。例えば、バラガンがよく使う黄色に塗られた壁面は、メキシコの強い光のなかで経験すると、発光体のように感じる。その空間にいるとまさに光に包まれるのだ。ピンクはメキシコでよく見る花の色であり、水のランドスケープと一体で用いられた水色には、空間がうっすらと水に満たされたような神秘的な感覚を受ける。
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あとから写真や映像で見返してもそういう感覚はまったく湧かない。これは写真や映像を通じて、人がまた違う感じ分けをしているということなのだろう。つまり、建築の経験を通じてでしか「空間色(volume color)」に包まれる感覚は得られないということだ。バラガンは、光や植物や水という環境の要素を「空間色(volume color)」という感じ分けを利用し、増幅し建築に翻訳していた。
それは建築が環境の増幅装置になるという、モダニズム建築とはまったく違う原理だった。
※1『建築美論の歩み』井上充夫 著(鹿島出版会、1991年)p.172より引用
藤原徹平(ふじわら・てっぺい)
1975年横浜生まれ、横浜国立大学大学院修了。2001年より隈研吾建築都市設計事務所勤務、同事務所設計室長・パートナーを経て2012年退社。2009年よりフジワラテッペイアーキテクツラボ主宰。2010年よりNPO法人ドリフターズインターナショナル理事。2012年より横浜国立大学大学院Y-GSA准教授。主な作品に「那須塩原市まちなか交流センター『くるる』」(2019年)、「秋月野鳥project」(2018年)、「ヨコハマトリエンナーレ2017空間設計」(2017年)、「代々木テラス」(2016年)、「等々力の二重円環」(2011年)など。主な著作に『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』(鹿島出版会、2017年、共著)、『20世紀の思想から考える、これからの都市・建築』 (彰国社、2016年、共著 )、『服の記憶〜私の服は誰のもの?』(ビー・エヌ・エヌ新社、2014年、共著)、『映画空間400選』(INAX出版 、2011年7月、共著)など。主な受賞に東京建築士会住宅建築賞(2013年)、日本建築学会作品選集新人賞(2015年)、日本建築士会連合会賞 奨励賞(2017年)、横浜文化賞 文化芸術・奨励賞(2018年)などがある。
「色彩にまつわる設計手法」アーカイブ
日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」について
森田真生・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」が開催されます。最優秀賞はアジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)と日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈られます。登録締切は、2020年11月12日(木)。提出期限は、2020年11月18日(水)とのこと。