SHARE 【シリーズ・色彩にまつわる設計手法】第6回 芦沢啓治 インタビュー・後編「環境全体への眼差しから生みだす上質な空間」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2021」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto®」のコラボレーションによる特別連載企画です。今年の「AYDA」日本地区のテーマは「音色、空間、運動」。このテーマにちなみ、現在活躍中の建築家に作例を交えながら色彩と空間の関係について語ってもらうインタビューを行いました。昨年、全4回にわたり公開された色彩に関するエッセイに続き、本年は建築家の青木淳と芦沢啓治の色彩に関する思考に迫ります。作品を発表する度に新鮮な驚きを与えてくれる二人。その色彩に関する眼差しを読者と共有したいと思います。
第6回・後編では、芦沢啓治が現在の設計スタイルに至った経緯や、設計思想について語ります。鉄を用いた家具製作を経て設計事務所を設立し、家具、店舗、住宅など幅広い分野でクオリティの高い仕事を続けている芦沢。はたして大きな影響を受けた建築家とは誰か、そして設計活動を続ける上で心掛けていることは何か。その誠実な姿勢に、芦沢流設計術の秘密が垣間見えた思いのするインタビューとなりました。(インタビューの前半はこちら)
環境全体で考える上質な空間
――芦沢さんのつくられる空間は、いわゆるラグジュアリーとも違う空間の上質さが特長だと思います。上質さというのは、ご自身も意識していらっしゃるのでしょうか。
芦沢:確実にそうです。建築やインテリアのデザインは“空間体験”を提供する技術ですから。
空間さえ整えてあげれば、光がきれいで、気持ち良く、置かれてある家具もさらに良く見える。そこにいる人だってきれいに見える。それなら「もう一回あそこに行ってみたい」とか「誰かに薦めたい」と思ってくれるでしょう。
そして欠かせないのは、ほどよい緊張感です。
ほどよい緊張感とコンテンポラリー、ある種現代的であることは繋がっていると思うんです。単なる心地よさだけではなく学びがある。空間そのものによって「ここを目指していかなければ」という感じにさせられるかどうかなんです。
そのために、一つひとつの選択に対して責任を持つのが僕らの仕事だと思っています。
――そのような方向性はいつから意識されたのでしょうか。独立された当初は今の方向性と少し違うように思うのですが。
芦沢:はい。事務所を立ち上げた32歳ぐらいの頃はあまりよく分かっていなかったんです。鉄を使った家具の製作からスタートして、「とにかく面白いものをつくるぞ」と躍起になっていただけでした。
――何か転機があったのでしょうか。
芦沢:大きな転機は、オーストラリアの建築家、ピーター・スタッチベリーさんの「Wall House」(2009年)という日本のプロジェクトを2年半ぐらい共働したことでした。その間、彼の建築を巡り彼と対話する中で、ランドスケープが上位概念であることに気付かされたんです。
たとえば彼から送られてきたスケッチは、どこまでが部屋の中でどこまでが外側か分からない。建築だけをつくろうとするのではなく環境全体をつくろうとしているんですね。できるだけ外側から物事を考えていかないとその境地には辿り着きません。そのアプローチに共感して以来、建築に対する視点が変わりました。
もちろんランドスケープと言ったところで、簡単に大きな公共コンペが取れるわけではありませんが、現在のプロジェクトにその視点は活かされています。
たとえば「ブルーボトルコーヒー みなとみらいカフェ(以下、みなとみらいカフェ)」では、テナントの目の前にある公園に丸いプラスチックの彫刻があったので、その隣に丸いベンチを置いて一緒に使ってもらうというアイデアが生まれました。
僕が自分の事務所を道路に面した場所に借りているのも、設計事務所のクリエイティブな空気感が街に浸透すればと願っているからです。知らない街に行った時にかっこいいお店が1~2軒あるだけで「いい街だな」と思うじゃないですか。その延長で「こんな設計事務所があるんだったらいい街だな」と思ってもらいたいと。
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――ランドスケープ的な視点が設計事務所のあり方にも影響を及ぼしているんですね。
芦沢:そうですね。本屋さんと間違えられて入ってくるなんてことがあって、面白いですよ。日本はインテリアや建築のクオリティが高いと言う人がいるけど、街を歩いていて実際にそう感じることって本当は少ない。
であれば自分の事務所が範を示すべきだから、外で呑んでいる時に隣の人に言うぐらいでしたけど、「近所の設計は設計料50%オフ」と言っていた時期もありました。
実際二つぐらい近所のお店のファサードを改修しました。
――一歩ずつでも、着実に街は良くなるというお手本を示されているんですね。
クオリティの高いデザインは民主的に提供されるべき
――芦沢さんは量産家具を手がけていらっしゃいますよね。それが他の一般的な建築家との大きな違いでもあります。量産されるプロダクトは建築よりも要求される精度が各段に高いので、建築に求める精度も上がりませんか。
芦沢:我ながら迷惑なほど上がりますね。きっとプロジェクトの規模が大きくなり過ぎたら自分がコントロールできないことに耐えられないでしょうから、自ずと関わるプロジェクトの規模は限られてしまいます。
――それは確かにうなずけます。「dotcom」にしても「ブルーボトルコーヒー」にしても、置かれている家具のクオリティと空間のクオリティが実に高いレベルで釣り合っていますから。
芦沢:ありがとうございます。量産家具には、いいデザインはちゃんと売れるというビジネスモデルがあるので、言ってみればきわめて民主的なんです。
ところが建築とか空間は一品物で、言い方は悪いですが民主的ではなく独善的というか。
あくまで上質な空間や環境はプロによって民主的に提供されるべきです。だからブルーボトルコーヒー は「みなとみらいカフェ」でも「渋谷カフェ」でもインテリアの仕事なのに敷地模型をつくり、周辺のあり方まで提案をしたわけです。
そうすると役所とは折衝しなければならないし管理の問題だって発生して軋轢が生まれ仕事は増えるけど、そこまでやらないと本来依頼されている空間だって納得できるクオリティになりません。
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――ブルーボトルコーヒーは二つとも、店舗の面積の倍ぐらいの規模で計画されていますからね。
芦沢:はい。頼まれてもいないのに敷地模型までつくりました。実際、良い環境をつくればブルーボトルさんはちゃんと評価してくれますし、頑張れる範囲で僕も街にコミットしていきたいと思いながら活動しています。
“正直なデザイン”のすすめ
――過去の記事を拝見すると、かなり初期から「正直であることが大事」とおっしゃっています。改めて、それは芦沢さんにとってどういうことなのでしょうか。
芦沢:環境をつくることは決して自我の押しつけではありませんから、自我から離れた本来あるべき姿を追求していくことが大事だと思っています。そのために、ある種の正直さが重要だと思うんです。
逆に言うと、それしかできないんですよ。ファッションデザイナーのような個性の表出とは違い、「素直に考えればこうなるはずだ」ということ。それをやり切るだけでも大変だと思うので、あえて“正直なデザイン”という言い方をするようになりました。
――建築家が目の前のプロジェクトに取り組む際、次の仕事に繋げるために意図的に何か目につくアイデアを仕込むような行為をとることもあります。それは必要な側面もあるように思うのですが、そのような行為を排除することも“正直なデザイン”のうちに入りますか。
芦沢:まったくその通りです。独立する時にあちこちで「芦沢くん、メディアと並走していかないと駄目だよ」と言われました。分からなくもないのですが、それって邪念だと思うんです。その邪念を振りほどくために、戒めとして自分で言っている部分もあります。
生真面目で古くさい姿勢だと思われるかもしれません。
ただ見てくれる人は見ているし、このアプローチで飯も食っていける。そのうち誰かが評価をしてくれるはずだと思っていました。
――自分の信じる道を突き進んでも、芦沢さんのように建築設計事務所は発展できるのですね。これは若い人にも伝えたいです。
芦沢:ぜひ伝えたいですよね。今売れている人たちと自分との距離を感じて「建築家はああじゃなきゃいけないのか」と思うかもしれないけど、今つくれるものが目の前にあったら、そこに集中すれば、何かしら発展があると思うんです。
純粋にいい空間をつくりたいだけなのに、ちょっと変わったことを言ったり変わった形をつくったりしなきゃいけないなんて、おかしな話じゃないですか。やみくもに色々なテクニックを組み合わせる必要はないですよね。
これはピーターさんに教えられたことで、「建築家になるのに仕事は二ついらない。一つちゃんとした仕事をつくればそれで生きていけるようになる」と。
だから「そんなに焦るな」と言いたいです。
改良を重ねながら続けること
――お話をうかがっていると、焦らず続けることが大事だということが分かります。
芦沢:そうですよ。たとえば、こういうことがありました。僕のいとこが中学1年生から高校3年生まで『老人と海』の読書感想文を同じ骨子で少しずつ直しながら書き続けたんです。「去年はこんなことを思ったけど、今年はこんなことを思ったな」と。もはや彼だけの『老人の海』が見えているんです。そしたら高校2年生の時には賞をとったらしいです。
結局やればやるほど気付くことがあるんですよね。
建築家のカルロ・スカルパも、毎年、自分のデザインした家具の見直しを、メーカーのカッシーナから頼まれてもいないのに続けていたら、ある瞬間に今までより効率的かつ安くつくれるようになった。たゆまぬ探究がメーカーにも莫大な利益をもたらすブレイクスルーを起こしたんです。
今やこうしたリファインは、家具の世界では当たり前になりました。
――イームズチェアも年代によって微妙にディテールが違いますよね。
芦沢:そうですね。改良し続けているから、今ヴィトラから出てるイームズチェアの方がオリジナルより座り心地がいいんです。
空間もデザインも一度で100%満足することなんてありません。
だから少しずつ改良したものを積み上げていかざるを得ないし、悔しさが残っているからといって「今までやったことは全部忘れて」というわけにはいきませんよ。
違うことにチャレンジし続けるのも大変ですが、同じものをちょっとずつ変え続ける人がいたっていいと思っているんです。
僕が石巻工房を続けているのも、石巻工房でスツールをつくったり、ベンチをつくったりする先にどんな可能性があるのか、見届けないわけにはいかないからなんです。
別のデザイナーには「芦沢さんはDIYを自分のビジネスにしてずるいよね。DIYってみんなのものじゃん」と言われてしまいました。それはその通りかもしれないけど、続けていくことでDIYの新たな可能性が見いだされれば新しいデザインにも結びつきます。Made in Localという意義深い活動も始まりました。
思いつきだけでは絶対にたどり着かない、続けることでしか上れない高みがあるんです。
(企画:後藤連平・矢野優美子/インタビュー:後藤連平・中村謙太郎/文章構成・中村謙太郎)
音楽家の蓮沼執太・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペ「AYDA2021」が開催されます。最優秀賞受賞者には、アジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)、日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈呈されます。登録締切は2021年11月22日(月)。提出期限は2021年11月25日(木)。
芦沢啓治(あしざわ けいじ)
1973年、東京都生まれ。95年、横浜国立大学工学部建築学コース卒業後、96年から2002年までarchitecture WORKSHOPに勤務。2002年から04年まで、super robotにて家具製作。2005年に芦沢啓治建築設計事務所設立。2011年、東日本大震災を受け石巻工房設立。
現在までに、カリモク家具、無印良品、IKEA などの家具ブランドと協業。Panasonic homes とのパイロット建築プロジェクトなど幅広い分野で活動。グッドデザイン賞(BEST100、復興デザイン賞、Long life design賞:石巻工房)、AIA’s 2010 National Architecture Awards(Peter Stutchbury Architecture との協働による Wall House)Monocle best restaurant design 2021など、多数受賞。
著書として、台湾で出版された『On Honest Design 芦沢啓治 空間・物件設計作品集』(田園城市文化事業有限公司)がある。
■建築概要
ブルーボトルコーヒー みなとみらいカフェ
設計・インテリアデザイン:芦沢啓治建築設計事務所
担当:芦沢啓冶 / 平山健太 / 武井雄一朗
所在地:神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目5−1
施工: TANK
家具協力:ノーム・アーキテクト
竣工:2020年
ブルーボトルコーヒー 渋谷カフェ
設計・インテリアデザイン:芦沢啓治建築設計事務所
担当:芦沢啓治 / 武井雄一朗
所在地:東京都渋谷区神南 1-7-3 渋谷区立北谷公園内
施工: TANK
家具:芦沢啓治建築設計事務所
竣工:2021年
■シリーズ・色彩にまつわる設計手法のアーカイブ
- 第5回 青木淳 インタビュー・後編「色彩の変わり続ける意味合いと面白さ」
- 第5回 青木淳 インタビュー・前編「場所の記憶を表現した“水の柱”」
- 第4回 加藤幸枝・後編 「色彩を設計するための手がかり② 藤原徹平『クルックフィールズ シャルキュトリー棟・ダイニング棟・シフォンケーキ棟』、原田祐馬『UR都市機構・鳥飼野々2丁目団地』」
- 第4回 加藤幸枝・中編 「色彩を設計するための手がかり① 中山英之設計『Yビル』」
- 第4回 加藤幸枝・前編 「色彩を設計するということ」
- 第3回 原田祐馬・後編 「石ころ、スマホ、記憶の肌理、」
- 第3回 原田祐馬・前編 「団地、ゲームボーイ、8枚のグレイ、」
- 第2回 藤原徹平・後編 「色と建築」
- 第2回 藤原徹平・前編 「まずモノクロームから考えてみる」
- 第1回 中山英之・後編「『塗られなかった壁』が生まれるとき」
- 第1回 中山英之・前編「世界から『色』だけを取り出す方法について」