SHARE 前田建設工業とツバメアーキテクツによる、茨城・取手市の「ICI STUDIO 甚吉邸」と「ICI STUDIO W-ANNEX」。歴史的洋館の移築復原と別館新築。復元では価値の維持と継承を目指し、“伝統”と“最新”の技術を併用し実践。別館では二棟が補完し合う関係を目指し、洋館と対比的な“がらんどう”で“透明性”のある空間を構築
前田建設工業とツバメアーキテクツが設計した、茨城・取手市の「ICI STUDIO W-ANNEX」と「ICI STUDIO 甚吉邸」です。「ICI STUDIO W-ANNEX」はツバメアーキテクツと前田建設工業が、「ICI STUDIO 甚吉邸」は前田建設工業が設計を担当しています。
歴史的洋館の移築復原と別館新築の計画です。設計者は、復元では価値の維持と継承を目指し、“伝統”と“最新”の技術を併用し実践しました。また、別館では二棟が補完し合う関係を目指し、洋館と対比的な“がらんどう”で“透明性”のある空間を構築しました。施設の公式サイトはこちら。
2016年、日本近代住宅作品の傑作とされる旧渡辺甚吉邸(1934年竣工)は解体の危機にあった。
これを知った建築史研究家の有志が保管委員会を結成し、緊急解体、部材保管に協力できる企業を探す活動を開始。その結果、前田建設工業のICI総合センター内に移築されることとなった。
幸いにも移築されることになった甚吉邸、これを博物館のように保存するだけではなく、今日を生きる建築物として活用のあり方を示す必要があった。そのために、別館を隣接させ活用を促進する。ツバメアーキテクツはこの別館の設計に参加することになった。
設計を進めるにあたっては、2棟を連動する活用方法や運営組織のあり方など、前田建設工業のメンバーとワークショップを行い、議論することから始めた。その中で見えてきた建築の姿は、甚吉邸をサポートする施設というよりはむしろ、甚吉邸と補完しあって体を成す、肩を並べて建つ相棒のような建築であった。
甚吉邸にないものを兼ね備え、だけれどもどことなく馴染む、対比と調和をはらんだ建築である。小さな室の集合でつくられ、装飾豊かで華やかな甚吉邸に対して、大きながらんどうで、透明性高く無垢なしつらえとし、タフに使える空間を補って活用を促進する。
甚吉邸の背後、雑木林の中に極力木を残すようにして配置し、木々の中に馴染ませつつも存在感のあるヴォリュームで木造トラスを浮かばせる構成とした。木造トラスからは、バトンやスクリーン、カーテンが吊られ、そこでの活動をサポートする。ランドスケープと連続性を生むカーブを描いた鉄筋コンクリートのコアと、鉄骨のポスト柱がこれを支え、内外が連続した開放的な空間を実現している。
前田建設工業による「ICI STUDIO 甚吉邸」
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ツバメアーキテクツと前田建設工業による「ICI STUDIO W-ANNEX」
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以下、建築家によるテキストです。
次の100年へ 歴史的建造物の保存プロジェクト
歴史的建造物保存の機運が高まる中、最終的にその想いが叶うことは残念ながら極めて稀である。
甚吉邸(旧渡辺甚吉邸)は港区白金台に建っていた国内の数少ない本格的チューダー様式の洋館であり、昭和初期(1934年)における住宅建築の最先端の思想と設備を備えていた住宅である。
戦後GHQに接収されたのち、大使公邸、貸結婚式場として使い続けられ、ほぼ改変されることなく維持されていた。それは、2015年に所有権が移動するまで所有・管理していた甚吉のご遺族の努力によるものであったが、所有者が移った後は空き家となり、土地活用を目的として解体する方針が示された。
甚吉邸の解体の危機から有志によって結成された「旧渡辺甚吉邸サポーターズ」の保存運動活動と、それを受けて部材解体保管工事に動いた前田建設工業が「移築活用プロジェクト」を立ち上げ、一民間企業が復原まで行うという奇跡的な動きによってわが国の貴重な近代住宅が後世に残し活用するプロジェクトである。
次の100年へ継承する移築復原
敷地のあるICI総合センターは次の100年を目指して2019年2月に開所したばかりの施設で、技術開発拠点であるICI LAB(研究所)と人材育成拠点であるICI CAMP(研修所)で構成されている。それらに対し、甚吉邸のエリアは歴史的建造物の活用の幅を広げ、社内外との文化・芸術的交流を促進するICI STUDIOとして位置付けた。
今後想定される活動(講演会、ワークショップ、展覧会など)のため、甚吉邸に隣接しW-ANNEXと呼ぶ別棟の多目的ホールを併設することとした。W-ANNEXは甚吉邸と同じ2022年3月末に竣工し、宙に浮く木の架構は甚吉邸のハーフティンバーに呼応させたものとなっている。
復原工事では,伝統技術を用いると共に、IOTとロボット技術を活用した部材の復原を試み、歴史的建造物の消失した部材の復原等に力を発揮できることを実証したプロジェクトでもある。
移築活用プロジェクトの意義
ただの移築ではない、解体しながら、当時の住宅建築の最高水準の経験・知見が投入された設計と施工、そこに込められた意図を理解し、重要文化財クラスの甚吉邸の価値を維持し、甦えさせる作業である。
敷地は水害の恐れのない高台で、自然環境の良い雑木林内を選定し、他の建物から延焼がない配棟計画とした。高温多湿の日本で快適に過ごすためには、空調等の設備機器が必要となるが、目につくところに新しい設備機器を設置すると、甚吉邸の意匠性を損なうため、全ての居室に網戸を設け給気口として活用し、トイレ排気ファンによる第3種換気方式を採用。快適性を補完する空調・換気設備は全て、意匠変更することなく、見えない設備とし、意匠性と快適性を両立させる復原方針を定めた。
また竣工した1934年にはなかった建築基準法へ適法し、居住性や断熱性能も向上させた。今和次郎デザインの照明器具は、意匠を損なわぬよう細心の注意を払いLED化し、動態保存を目的とした移築復原を行った。
伝統技術を駆使した繕い修理
甚吉邸の木軸組材の状態は比較的良好だったものの,土台周りや漏水箇所には多少の腐朽が見られた。そのため,建て方開始の半年前から,室内で繕い修理を開始した。木軸組材のほとんどは,矧木(はぎき)、継木(つぎき)、埋木(うめき)といった伝統的な技術で繕い修理を行い、修理した箇所には、「令和二年度修補」と焼き印を入れ、将来への記録とした。
ロボット技術による彫刻部材の復原
最も腐朽と変形の激しかったのは,正面出窓の破風板である。波型の彫刻とナグリ模様の左右2枚の破風板は、反り、亀裂,欠損が見られたが、伝統技法で修理できなくもない。そこで、比較的腐朽変形の少ない左側を伝統技法により修理し、腐朽の多い右側をWOODSTAR(6軸加工ロボット)による複製を試みることにした。破風板の清掃後、スキャナーで3Dデータを取得、データに変換し、データ上で腐朽や欠損部の修復を行う。NC加工のフローは自動的に生成され、それをWOODSTARに送り、加工を開始させる。木材は既存材と同じタモ材である。
今回は、大工職人が10日間は掛かると思われる作業を3日間で終えることができた。WOODSTARの優れた点は生産性だけではない。オリジナルのナグリ模様、これは新築時の職人が刻んだ偶然の美しさがあるのだが,その模様までも正確に複製できるのである。この技術は、あらゆる建造物の復原に有効であると考えている。
サステイナブルな意義
解体の危機に、文化財でなかった上、所有者でもない、建物と関係のない第三者(前田建設工業)によって後世に残るサステイナブルな事例である。その良い面として、高い技術を持つ建設会社によって、3Dスキャニングや多軸加工機による部材加工といった、まだ一般的ではない技術を解体時に取り込むことができている。そして、一民間企業が多くの職人を束ねて、指定文化財の保存修理工事と同様の極めて高い基準で復原工事を行っている。
本プロジェクトでは、保存運動を起こした旧渡辺甚吉邸サポーターズが保存要望書提出に動くだけでなく、引き受け手を探すという踏み込んだ活動を行ったことがまず評価に値する。次に、その呼びかけに対して、民間企業が応じて、職人とともに建物の解体・移築を行い、最新技術を取り込みながら文化財レベルの復原をさせた点も社会への貢献度が高い。そして、この両方がそろったことが、解体の危機にあった建物が後世に残るという奇跡を可能にしたといえる。
また、解体工事の始めから復原完成にいたるまで、担当者が変わる事なく、スピード感を持って進められており、このことは部材の紛失を防ぎ、精度の高い移築を実現可能にした。さらに、多目的ホールを建物後方に新設し、新たなコンセプトを持ったエリアに展開させたことで、社会的貢献だけでなく、企業のCSV(Creating Shared Value)として新たな創造を行っており、長く継続的に活用されることが期待できる。
このような、有志による保存運動から民間企業による移築活用にいたった成功事例を知ってもらうことで、今後もそのような試みが波及することを望むものである。
(前田建設工業)
肩を並べて建ち、活用を促進する ─対比させ、調和させる─
2016年、日本近代住宅作品の傑作とされる旧渡辺甚吉邸(1934年竣工)は解体の危機にあった。
これを知った建築史研究家の有志が保管委員会を結成し、緊急解体、部材保管に協力できる企業を探す活動を開始。その結果、前田建設工業のICI総合センター内に移築されることとなった。
歴史的建築物を残していくこと、その大きな課題のひとつは保存と活用のジレンマにある。なるべく既存のままに残されていることが価値を持つという側面から、今日的な使われ方に合わせて手を加えていくことが難しい。残したいけれど維持費がかかる、使いたいけれど使いづらいという厄介な状況が人と建物の交流を減らし、建物を解体へと追いやる。
幸いにも移築されることになった甚吉邸、これを博物館のように保存するだけではなく、今日を生きる建築物として活用のあり方を示す必要があった。そのために、別館を隣接させ活用を促進する。ツバメアーキテクツはこの別館の設計に参加することになった。
設計を進めるにあたっては、2棟を連動する活用方法や運営組織のあり方など、前田建設工業のメンバーとワークショップを行い、議論することから始めた。その中で見えてきた建築の姿は、甚吉邸をサポートする施設というよりはむしろ、甚吉邸と補完しあって体を成す、肩を並べて建つ相棒のような建築であった。
甚吉邸にないものを兼ね備え、だけれどもどことなく馴染む、対比と調和をはらんだ建築である。小さな室の集合でつくられ、装飾豊かで華やかな甚吉邸に対して、大きながらんどうで、透明性高く無垢なしつらえとし、タフに使える空間を補って活用を促進する。
甚吉邸の背後、雑木林の中に極力木を残すようにして配置し、木々の中に馴染ませつつも存在感のあるヴォリュームで木造トラスを浮かばせる構成とした。木造トラスからは、バトンやスクリーン、カーテンが吊られ、そこでの活動をサポートする。ランドスケープと連続性を生むカーブを描いた鉄筋コンクリートのコアと、鉄骨のポスト柱がこれを支え、内外が連続した開放的な空間を実現している。
方位に応じて、日射遮蔽や風景の取り込みなどに配慮した結果、透明度の異なる外皮が木の架構を浮かび上がらせるファサードが生まれた。これを甚吉邸のファサードにちなんで「ネオハーフティンバー」と名付けた。正面ファサードに設けたメタルメッシュはオペラカーテンのように巻き上げることができ、柔らかく華やかな表情が甚吉邸との調和を生み出すことに一役かっている。
一度は消滅の危機にあった甚吉邸は、その吸引力によりさまざまな人びとを呼び寄せ、ここに息を吹き返した。歴史的建築物と現代建築、時間軸の異なる建物が2棟並ぶ姿はまだぎこちなさが残るかもしれない。
対比的な空間を持つ2棟が補い合いながら活用されていくことで、次第に異なる時間軸が調和し、肩を並べる建築となって、さらなる人びととの結び付きを生み出していくだろう。
(ツバメアーキテクツ)
■建築概要
作品名:ICI STUDIO 甚吉邸
所在地:茨城県取手市
主用途:事務所(研究所の付属施設)
建築設計:前田建設工業
建築担当:伊藤優、常泉修、大澤雄司、西野憲幸
構造担当:渡邉義隆
設備担当:今林憲一、松尾聡、福岡孟人、仲井匠
建築施工:前田建設工業、風基建設
前田建設担当:関口孝浩、宮野海斗、白坂勇人、藤田俊介、新家達也、大友悠平
ランドスケープ:プレイスメディア
設計協力:風基建設(建築)、山辺構造設計事務所(構造)
空調・衛生・電気:クラエンタープライズ
構造:木造
階数:地上2階、塔屋1階
敷地面積:58,500.90㎡
建築面積:256.05㎡(車庫棟含む)
延床面積:426.34㎡(車庫棟含む)
設計期間:2019年6月~2020年8月
工事期間:2020年9月~2022年3月
竣工:2020年3月
写真:傍島利浩
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作品名:ICI STUDIO W-ANNEX
所在地:茨城県取手市
主要用途:多目的ホール
設計・監理:ツバメアーキテクツ、前田建設工業一級建築士事務所
建築担当(ツバメアーキテクツ):千葉元生、山道拓人、西川日満里、鈴木志乃舞、Marius Helten
建築担当(前田建設工業):生形聡司、南健太郎、三箇将容、近藤佑哉、吉田将一朗
構造担当(前田建設工業):諸石智彦、渡邉義隆、峯充、柳沼啓斗、林研太朗
設備担当(前田建設工業):今林憲一、松尾聡、福岡孟人、仲井匠
施工:前田建設工業
ランドスケープデザイン:プレイスメディア 担当 / 宮城俊作、山根喜明、岸孝
構造基本設計協力:Graph Studio 担当 / 三原悠子
ファサード・テキスタイルデザイン協力:久米希実(オンデルデリンデ)
建主:前田建設工業
主体構造:混構造(木造+鉄骨造+鉄筋コンクリート造)
階数:地上2階
敷地面積:58,500.90㎡
建築面積:298.57㎡
延床面積:328.36㎡
工事期間:2021年5月~2022年3月
写真:中村絵、morinakayasuaki
種別 | 使用箇所 | 商品名(メーカー名) |
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外装・屋根 | W-ANNEX 屋根 | カラーガルバリウム鋼板 t=0.5mm 竪平葺き |
外装・壁 | W-ANNEX 外壁 | 波型型枠コンクリート打ち放し補修の上、フッ素樹脂塗装 ポリカーボネート |
外装・壁 | W-ANNEX 外壁 | |
外装・建具 | W-ANNEX 1階 開口部 | 木製サッシ(モローズ) |
外装・建具 | W-ANNEX 2階 開口部 | アルミカーテンウォール(三協立山) |
外装・その他 | W-ANNEX 外装カーテン | 外装メタルメッシュカーテン ステンレス製リングメッシュ(伊勢安ワイヤクリエイテック)+開閉機構(博電舎) |
外構・床 | 外構 | 整地 芝張り |
内装・床 | W-ANNEX 1階 床 | 土間コンクリート打ち放しカッター目地 @500mm 表面強化剤塗布 |
内装・壁 | W-ANNEX 1階 壁 | 左官仕上げ |
内装・天井 | W-ANNEX 天井 | 架構現し |
内装・その他 | W-ANNEX カーテン | 大型カーテン特注(オンデルデリンデ) |
内装・床 | W-ANNEX 2階 床 | タイルカーペット t=9mm |
内装・壁 | W-ANNEX 2階 壁 | 外装下地現し |
内装・天井 | W-ANNEX 2階 天井 | 木毛セメント版 t=15mm |
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