SHARE 工藤浩平建築設計事務所による、埼玉の、多目的スペースをもつ住宅「東松山の家」と論考「郊外で住み継ぐ居場所について考えた」
工藤浩平建築設計事務所が設計した、埼玉の、多目的スペースをもつ住宅「東松山の家」です。工藤はSANAA出身の建築家で、今作品は2018年11月に内覧会も行われていました。※2019年1月29日に論考を追加しました。
これは、先祖代々300年以上前から住み続けてきた自然豊かな土地の中で、思い入れのある離れを残しながら未来に引き継ぐことを目指した、改修と増築の計画である。
約300年間住み継がれていく中、家族の変化に対応しようと様々な増改築が繰り返され、既存の住宅は広い敷地に対してとても窮屈な建ち方をしていた。建主からは、娘夫婦がなかなか遊びに来ないので、たくさん来たいと思ってくれるような場所にしたいと伝えられていた。また、この場所をどうやって引き継いでいこうかという悩みもあった。その中で、住み続けていた歴史をリセットすることなく、敷地の記憶を引き継ぎながら、様々な世代が同時に居続ける場所をつくることについて考え始めた。
既存の離れを「寝室」棟として残し、2つの大きな屋根を、庭を作りながら全体を包み込むように増築することで、全体としてひとつの空間として感じられながらも伸びやかな生活ができる空間を提案した。既存部は、前面をふさいでいた母屋がなくなったことで縁側やバルコニーのような外とつながる開放的な空間を取り戻した。そこをサンルームとして内部化することで、昔にあった応接間であったり、雨の日に洗濯物が干せたり、犬の散歩の後、朝日を浴びながら朝刊が読めるような外部との関わりをもった繋ぎ目のスペースとした。2つの屋根はストラクチャーにとらわれない柔らかい空間を目指した。
大きな屋根の下の空間について、建主へ農作業の場所として使えること、子どもたちがビニールプールを広げて遊んだりできることを伝えたら、ここはなんでもできる場所ですねと言われた。孫たちが走り回る姿を一緒に想像できたのだと感じた。郊外の家々には広大な敷地とほのぼのとした余白がある。その余白に屋根をかけ居場所を拡張し、生活を外へ押し広げるように、家族世代間、近所の人々と共有する場所をつくることは、建築を含んだ環境とほんの少し時間を含めた「郊外の改修」のひとつの応えとなっていくと思う。
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以下、建築家によるテキストです。
郊外で住み継ぐ居場所について考えた
これは、先祖代々300年以上前から住み続けてきた自然豊かな土地の中で、思い入れのある離れを残しながら未来に引き継ぐことを目指した、改修と増築の計画である。
約300年間住み継がれていく中、家族の変化に対応しようと様々な増改築が繰り返され、既存の住宅は広い敷地に対してとても窮屈な建ち方をしていた。建主からは、娘夫婦がなかなか遊びに来ないので、たくさん来たいと思ってくれるような場所にしたいと伝えられていた。また、この場所をどうやって引き継いでいこうかという悩みもあった。その中で、住み続けていた歴史をリセットすることなく、敷地の記憶を引き継ぎながら、様々な世代が同時に居続ける場所をつくることについて考え始めた。
都心に住む娘夫婦の視点で考えてみると、故郷がそれこそ本当に“遊びに行く”ような場所になると嬉しいよなあと思った。都心では、限られた時間しか陽の差さないバルコニーで洗濯物を干し、公園では子供を見離せずそわそわしながら過ごして、誰かと何気なく会話できる時間を求めて居酒屋へ立ち寄る。そういった生活の中で、毎日ではなくとも、穏やかで人間らしく過ごしたいという気持ちが高まってきていた。開放的で、安心できて、生活の営みの中で生まれる精神的なつながりを実感できる、そういった場所への渇望である。
故郷にはすでに、広くほのぼのとした土地と、生活が目に見える安心感、隣が誰かが分かる信頼がある。都心では得られないと感じている過ごし方を、家族や友人、近所の人達と体験できる環境にすることはできないか。
既存の離れを「寝室」棟として残し、2つの大きな屋根を、庭を作りながら全体を包み込むように増築することで、全体としてひとつの空間として感じられながらも伸びやかな生活ができる空間を提案した。既存部は、前面をふさいでいた母屋がなくなったことで縁側やバルコニーのような外とつながる開放的な空間を取り戻した。そこをサンルームとして内部化することで、昔にあった応接間であったり、雨の日に洗濯物が干せたり、犬の散歩の後、朝日を浴びながら朝刊が読めるような外部との関わりをもった繋ぎ目のスペースとした。2つの屋根はストラクチャーにとらわれない柔らかい空間を目指した。「リビング・キッチン」棟は元々ある自分たちの庭が見えるようにボリュームをふり、本家側に大きな開口をつくり、屋根を少し浮かし日常を切り取った光を内部に入れ、閉じながらも無理なく開けるような空間とした。「なんでもテラス」棟は、隣の本家との視線を遮ったり、前面のアプローチからサンルームが少し隠れるように軒を下げたり、多目的に使う場所は天井を高くするなどといったいくつかの関係のやり取りによって形状と配置を考えた。裏側だった本家側の自然は心地よい風と一緒に生活が通り抜けるようになり、木々を揺らす明るい場所となった。
大きな屋根の下の空間について、建主へ農作業の場所として使えること、子どもたちがビニールプールを広げて遊んだりできることを伝えたら、ここはなんでもできる場所ですねと言われた。孫たちが走り回る姿を一緒に想像できたのだと感じた。郊外の家々には広大な敷地とほのぼのとした余白がある。その余白に屋根をかけ居場所を拡張し、生活を外へ押し広げるように、家族世代間、近所の人々と共有する場所をつくることは、建築を含んだ環境とほんの少し時間を含めた「郊外の改修」のひとつの応えとなっていくと思う。近所の人々からこの多目的スペースについて聞かれると、建主は「なんでも(できる)テラス」であると名付け伝えた。住宅の中でも、なんでもできてしまうというワクワク感がこのネーミングにあるなと思った。自分たちの生活のまま、外に広がっていくことで住宅らしさを保ったまま、周りにささやかな変化を生んでいくはずだ。娘夫婦たちは、盆と暮れ以外にも頻繁にくるようになり、建主は近くの幼稚園生を招き、「なんでもテラス」で農業体験授業を催した。郊外にある居場所に、今までの安心感と一緒にこれからの未来を考えるきっかけを与えることができたと思っている。
■建築概要
東松山の家/Higashimatsuyama House
敷地:埼玉県東松山市
用途:住宅+多目的スペース
敷地面積:688.26m2
延床面積:112.39m2(増築)、88.59m2(改修)
設計:工藤浩平建築設計事務所
施工:住建トレーディング+東急ホームズ(増築) / 住建トレーディング 東京支店(改修)
写真:中村絵
映像:御幸朋寿(撮影)工藤浩平(編集)
設計:2017
施工:2018
竣工:2018年9月