SHARE 日本ペイント×architecturephotoコラボレーション企画 “色彩にまつわる設計手法” / 第1回 中山英之・前編「世界から『色』だけを取り出す方法について」
本記事は学生国際コンペ「AYDA2020」を主催する「日本ペイント」と建築ウェブメディア「architecturephoto」のコラボレーションによる特別連載企画です。4人の建築家・デザイナー・色彩計画家による、「色」についてのエッセイを読者の皆様にお届けします。第1回目は建築家の中山英之氏に、色彩について深く印象づけられた出来事を綴っていただきました。
世界から「色」だけを取り出す方法について
倉俣史朗という名前を、もしかしたら若い方はご存知ないかもしれません。もう四半世紀も前の話になりますが、僕がデザインの世界に興味を持った頃、既にその名前は半ば神格化されていました。建築の道に進もうと考えつつも、当時いちばん興味があったのは椅子のデザインでした。持っていた椅子の本のなかでもとりわけお気に入りだった一冊にも、ちゃんとKURAMATAの名前はありました。だから僕もなんとなく知ったかぶりをしていましたが、告白すると、造花をアクリルに封じ込めたその椅子の何が素晴らしいのか、その当時は正直、よく分からずにいました。
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そんなある日、たまたま立ち寄ったお店の片隅に飾られていたオブジェに、目が釘付けになりました。ほのかにピンク色に染まった透明な直方体が、まるで物質感のない純粋な存在がそこにあるかのように、浮かんでいたのです。「物質感がない」というのは何かの比喩ではありません。本当にそう感じたのです。
ピンク色に染まった透明な直方体。もしもそんなものが目の前に浮かんでいたとしたら、どんなふうに見えると思いますか?それはまるで、輪郭が空気と溶け合って、スッと消えてしまおうとしているように見えます。どういうことか。原理は単純です。斜め方向から立方体を見つめた時、立方体の中心を対角線状に貫く視線と、角を一瞬で通過する視線では、どちらの方が色が濃く見えるでしょうか?簡単ですよね。紅茶をたっぷり注いだティーカップの底が、飲み進めるにつれて徐々にはっきり見えてくるように、濃いのは当然、深度の深い前者のほう。とてもあたりまえのことです。けれども、そのあたりまえのことが目の前に描く完璧なグラデーションから、僕はしばらく目が離せませんでした。
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近寄ってみると、飾られていたオブジェは無垢のアクリルでした。透明なピンクのアクリル直方体。そして、ここからが特別なのですが、それが丸ごと、ひと回り大きな無色透明のアクリルの塊の真ん中に、封じ込められていたのです。なんだそんなことかと笑わないでください。透明なアクリルの中に何かを封じ込めて、それで「空中に浮かんで見えた!」という単純な話では終わりません。
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はじめに「物質感がない」と書きました。試しに、たとえば封じ込められたピンクのアクリル直方体だけを取り出してみたとします。するとそこには、「アクリル」という物質感が重々しく存在します。なぜなら、同じ「透明」でも空気とアクリルでは、光の屈折率が全く異なるからです。空気とアクリルのあいだで光に屈折が生じることで、アクリル表面には様々な光学現象が顕在化して、それが「そこにアクリルがある」という物質感を露にしてしまうのです。そうした状態では、あの美しいグラデーションを観察することはできません。では、無色透明なアクリルと、色のついたアクリルではどうでしょう。同じアクリル同士なので、当然両者の屈折率は同じ。違うのは、封じ込められたアクリルにだけ、色がついていることです。ただそれだけで、このピンクの直方体は物質感を喪失するのです。アクリルの中に浮かぶピンク色の直方体は、その表面に一切の屈折を起こさずに、まるでそこに純粋な色と形だけが存在しているかのように、そこに浮かんでいました。
アクリル表面の屈折を、同じアクリルを使って打ち消す。まるで分数を約分するようにきれいに相殺された物質感と引き換えに、そこには純粋に色と幾何学のみが残されることになる。そのことに僕は心底驚きました。世界から色だけを取り出す。それはまるで魔法のようでした。
添えられていたカードから、オブジェは一輪挿しとしてデザインされたもので、作者が倉俣史朗であることを知りました。KURAMATAがなぜああまで神格化されていたのか、それを初めて実感した瞬間でもありました。
中山英之(なかやま・ひでゆき)
1972年福岡県生まれ。1998年東京藝術大学建築学科卒業。2000年同大学院修士課程修了。伊東豊雄建築設計事務所勤務を経て、2007年に中山英之建築設計事務所を設立。2014年より東京藝術大学准教授。主な作品に「2004」(2006年)、「O邸」(2009年)、「Yビル」(2009年)、「Y邸」(2012年)、「石の島の石」(2016年)、「弦と弧」(2017年)、「mitosaya 薬草園蒸留所」(2018年)など。主な著書に『中山英之/スケッチング』(新宿書房、2010年)、『中山英之|1/1000000000』(LIXIL出版、2018年)など。主な受賞にSD Review 2004 鹿島賞(2004年)、第23回吉岡賞(2007年)、Red Dot Design Award(2014年)などがある。
日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」について
森田真生・藤原徹平・中山英之が審査する、日本ペイント主催の国際学生コンペティション「AYDA2020」が開催されます。最優秀賞はアジア学生サミットへの招待(旅費滞在費含む)と日本地区審査員とのインターンシップツアーへの招待、賞金30万円が贈られます。登録締切は、2020年11月12日(木)。提出期限は、2020年11月18日(水)とのこと。また、2020年9月10日(木)19:00~に森田真生・藤原徹平・中山英之・古平正義が参加する関連オンライントークイベントも行われます(要事前予約)。