堤庸策 / arbolが設計した、兵庫・丹波市の住宅「丹波の家」です。
周囲への眺望よりもプライバシー確保や世界観への没入との要望に、外部から隔てた庭とガラス張りのリビングにより“暮らしの風景”を構築、建築の内と外の異なる風景を循環する生活の空間をつくる事が意図されました。
立地は兵庫県の丹波市。天然記念物の巨大な杉と、川が流れる長閑な田園風景の山内に位置する。
子どもが生まれ家族が増え、先代から受け継いだ土地に根付いた暮らしを送りたいとご相談を受けた。
郊外の住宅設計の特徴として、建築家の多くは“美しい景色を室内へいかに切り取るか”の「借景」をメインに考えがちで、今回も計画当初はそう考えていた。しかし、仕事で海外を飛び回る施主にとって、この周辺の風景を眺める暮らしは単調に感じるご経験がおありであること、かつ、プライオリティーが高い要素として「プライバシーの確保」のご要望があった。
豊かな自然環境の良さを生かしつつ都会にいるような、住み手の世界観に入り込める、洗練されて快適な暮らしを送りたい。その他にヒアリングで出てきた重要視する項目を順に並べると、「室温の快適性」「広く開放的なリビング」「各場所の広さ」「収納力」「プライバシー確保」の5つになった。
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以下、建築家によるテキストです。
立地は兵庫県の丹波市。天然記念物の巨大な杉と、川が流れる長閑な田園風景の山内に位置する。
子どもが生まれ家族が増え、先代から受け継いだ土地に根付いた暮らしを送りたいとご相談を受けた。
郊外の住宅設計の特徴として、建築家の多くは“美しい景色を室内へいかに切り取るか”の「借景」をメインに考えがちで、今回も計画当初はそう考えていた。しかし、仕事で海外を飛び回る施主にとって、この周辺の風景を眺める暮らしは単調に感じるご経験がおありであること、かつ、プライオリティーが高い要素として「プライバシーの確保」のご要望があった。
豊かな自然環境の良さを生かしつつ都会にいるような、住み手の世界観に入り込める、洗練されて快適な暮らしを送りたい。その他にヒアリングで出てきた重要視する項目を順に並べると、「室温の快適性」「広く開放的なリビング」「各場所の広さ」「収納力」「プライバシー確保」の5つになった。
都会とは違う余裕のある敷地で、借景の考えは取り入れず、むしろ外から居住空間が見えない様にプライバシーを確保する。
周辺景観へ配慮して、外観は軽やかな質実剛健を意識し凛としている。出てきたデザインのイメージキーワードは、一見相反する言葉が並ぶ「かわいさとかっこよさが共存するような家」だった。
これはアルボルが手掛けた『西松ヶ丘の家』の外観、<一面ガリバリウムの白い外壁、浮き出す窓の三角形、シンプルな家のフォルムにアクセントの造形的なデザイン。無機質な素材と形状にそっと温かみを添える木製ドアや植栽>が気に入ってのことだ。
普通よりちょっと良い。シンプルだけれど決して単調ではない。さりげなくこだわり、でしゃばらない。その様なバランスの中に見出す家族の理想の暮らし方。家の内と外、オンとオフのメリハリ、長閑な田園風景と住み手のスタイルに寄り添う洗練された生活空間。それぞれを行き来し循環する暮らしにはどの様な景色が見えてくるのか。それらを考え、設計にあたり、次の3つの「風景」をイメージコンセプトとした。
[1.都会的な暮らし]
外の視界的ノイズのない住み手のスタイルが引き立つ暮らし。
機能性と合理性を兼ね備え、ミニマルだけれど単調ではない洗練された生活風景。
[2.長閑な田園風景]
玄関を一歩踏み出すと広がるリアルな自然。目先に田畑、昔ながらの豊かな里地里山の風景。
[3.中庭に造る雑木林]
かつて日本の祖先は中庭に宇宙を創造したと言う。近くて遠い大自然を切り取るように、中庭には、自然の力で育ち流転する山の中の雑木林の風景。
この3つの風景を行き交い、文化的な暮らしと自然がシームレスに繋がっていく。
【設計ポイント】
スノーボードやキャンプなどアウトドアが趣味の家族にとって、収納は大切な項目のひとつだが、収納を多く取る分、生活空間に影響がでてしまう。そこで、リビングダイニング(以下LD)の面積を実際より広く感じさせるため、廊下とデッキもひっくるめてひとつのビッグワンルームとして見せる計画をした。
廊下からゲストルーム方向を対角位置で見通すと廊下(2.1J)とリビング(14.2J)と窓ガラス越しのデッキ(6.6J)、庭(10.6J)、奥のゲストルーム(4.5J)とエントランス(5.5J)も一連としたひとつの空間(合計43.5J)に見え、実際のLDの約3倍の床面積に感じられる。家族が集まり過ごす毎日に、心地良さと庭の景色が自然に溶け込む空間である。また、LDの奥、プライベートゾーンにつながる子供室の扉の位置を、LDの壁のラインに揃え、より視覚的に広く感じるようにした。こうして生まれた壁面の余白をカンヴァスに見立てると、前を動く人、暮らしの風景が絵になり浮かび上がってくる。
寝室は朝日を取り込みやすい東に配置。エントランスを入った横にあるゲストルームは、家族と程よい距離感にある。駐車スペースは2台分。玄関とは別に、勝手口は駐車スペースに面してキッチンパントリーと直結している。例えば家族で釣りに出掛ける時、玄関収納から釣具とベビーカーを、パントリーの勝手口からお弁当を持ち出すという様に、家族それぞれのシーン、用途でスムーズにアクセスできる。
廊下は間仕切りを設けずLDの延長と捉えることで広くなる。デッキの窓は垂れ壁がなく、床から天井まで一面ガラス張りで家の内と外とが一体化して見える。窓の上からは有機的な風が吹く。長めにとった庇は夏の日差しは遮り、冬は奥まで陽が届く。庭側のダイニングチェアは、いつでも気軽に庭の景色を眺められるよう、背もたれなしのスツールにした。
【構造計画】
接合部を強くし、柱・梁だけで水平力に耐えられるフレームを形成、従来の木造建築では難しかった梁を飛ばすことでリビングの大開口を可能とした。大開口は梁の垂直荷重を間柱で補助し、地震時の動きに対してガラスに影響がない様に層間変形角を抑えている。
【温熱環境・快適性】
「建物も人も呼吸をしている。」「建物も人もいつまでも健康でいてほしい。」
壁や天井は調湿効果を高め素材感を楽しめる、自然素材由来の左官風仕上げとした。換気設備は「第2種換気」※1を採用。外気の不純物を除去するフィルターで濾過したクリーンな空気を室内へ送り込み、住まいの隅々まで空気の循環を生むことで、部分的に溜まりやすい湿気や結露も防ぐ。また、断熱材は一般的なボードタイプよりも気密性が高く、透湿性に優れた木造用の吹き付けタイプを使用し、サッシは複層ガラスで断熱性を高めた。
自然素材の家は建物の引き渡しの時点では完成したとは言い切れない。年月で移ろうため、向き合いながら手を入れ、味わいを深めていく。それは木や人が年齢を重ねるのに似ている。
※1「第2種換気」…外の空気を強制的に機械で中に送り込む換気方法。
【造園計画】
丹波の原風景ともいえる里地里山の雑木林の景観をお手本に、木漏れ日に包まれる空間を植栽で描いた。
プライベートな中庭のデッキに腰掛けながら花の香りや潤い豊かな苔・シダ、大地と繋がる石、木々の揺らぎや爽やかな風、四季を通して変化する庭の表情を日々の暮らしの楽しみの一つにしていただきたく計画した。
【照明計画】
照明計画は、夜でも室内と庭が一体となる景色を目指した。
ダウンライトは、器具の存在感と眩しさを極限まで排除した、グレアレスタイプを採用。器具の発光を抑える事で、窓ガラスへの余計な映り込みが発生しない。視界が良好となった窓の先には、庭の情景がひろがる。月明かりを模したスポットライトによる照明手法で、木立ちを照らし夜の闇のなかに葉を浮かび上がらせる。
住み手の感性・スタイルのこだわりは、豊かな里地里山に暮らし、庭に切り取った雑木林の大自然をプライベートに楽しむという、環境共生を主題とした日本の建築本来の土と木、そして草や紙などで構成されバランスの取れた豊かさと、外の視界的ノイズの少ない文化的な暮らしの風景を融合させた。
それぞれが循環する理想の暮らしのスタイルを、家族の成長と共にこの家で育くむことを願っている。
■建築概要
クライアント:夫婦+子ども2人
所在地:兵庫県丹波市
用途地域:22条区域
構造:木造
基本設計・現場監理:arbol 堤庸策
実施設計:arbol 堤庸策+はすいけ 蓮池亜紀
施工:株式会社春日工務店 荻野斗志貴
外構:荻野景観設計株式会社 荻野寿也
照明:大光電機株式会社 花井架津彦
家具協力:raum
延床面積:137.81㎡
建築面積:152.17㎡
1階床面積:137.81㎡(住居107.56㎡ 車庫30.25㎡)
設計期間:2019年3月~2021年1月
工事期間:2021年2月~2021年11月
撮影:下村康典