SHARE 【特集:書籍・リノベーションプラス】 倉方俊輔による書評『次世代建築家が生み出す「建築」について』
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次世代建築家が生み出す「建築」について
『リノベーションプラス』の体裁は、なんてことない。四六判で256ページ、モノクロで2,000円(+税)。文章主体の縦組みで、基本的に図版は文章と別のページに収められている。監修者である松村秀一、大島芳彦、馬場正尊の3名が登場する冒頭の部分は、少し異なった2段組のレイアウトとなっているものの、それを含めても奇をてらったところはない。まるで昔からある建築専門出版社が刊行したかのようなスタンダードな体裁。だが、これは矢野優美子さんがたった一人で立ち上げた新しい出版社「ユウブックス」からの最初の出版物なのである。熱い創刊の意気込みは、どこにも記されていない。「今、買わなきゃ」という思わせるギラつきは、表紙にも帯にも見られない。そんな「普通さ」がまず面白い。意味があると感じる。同時に、適切な評がないと埋もれてしまうのでは、と心配にもなる。
あまり先送りせずに結論を記すと、本書は買うべき本だ。なんてことない体裁だからこそ、多様な読みが可能になっている。本書の登場人物達は既存の組織設計事務所やゼネコンなどに勤めるのではない。かといって、いわゆる「アトリエ事務所」というモデルを踏襲するのでもない。リノベーションに関連して仕事を広げつつある最先端の人々にインビューして、まとめられている。きれいごとだけではない。事業としての成り立ちやプライベートとの両立などについても、しっかりと切り込んでいて、これからの働き方、生き方を真剣に模索している人々に大いに役に立つに違いない。
だが、次の時代の建築士資格でもあるかのように、「今後は○○の能力を身につけることが必要」とデータで正解を示してくれる(気がする)工学書のニューヴァージョンではない。それが良い。「成功者」の物語に勇気づけられ、読んでいる間はカンフル剤となる(気がする)自己啓発的ビジネス書でもない。それが良い。即効性があるように見えてすぐに時代遅れになってしまう「ハウツー本」とは違う。だから、折に触れて開くことで、文章はまた異なった姿を現すだろう。だから、本書は買い求め、手元に置いておかなくてはならない。これは今、消費されるマガジンやムックではなく、時代の推移や読者の状況に応じて意味が変化する「書籍」だ。しかも、重々しくもけばけばしくもない。なんてことなく、さらりと日常の中に置いておきたいと思う存在になっている。
最新の働き方を扱った本書が、自然な書籍であるのはなぜか。
一番の理由は「編集」と呼べるものがあるからだと思う。本書の監修者は、松村秀一、大島芳彦、馬場正尊の3名となっている。しかし、彼らの思想が本書の全体を統括していないのは一目瞭然だ。彼ら以外の12名(組)の選択はかなり自由で、本書を「リノベーションまちづくり」系の本の一種かと思うと、読み間違う。長坂常や彌田徹・辻琢磨・橋本健史(403 Architecture [dajiba])のようなオーソドックスな建築雑誌に登場するような建築家も、「SDレビュー」で鹿島賞入選と聞くとその予備軍であるように思える河野直・桃子も、不動産・コンサルティングの高橋寿太郎やウェブメディアを運営する後藤連平らも含まれている。人選にバラエティがあって、互いに障壁なく溶け合っている。
全体は「メディアへのアプローチ」に始まり、都市、事業企画、不動産、運営、施工、法規と、計7つの章に整理されている。これが読む上での理解を助けてくれる。同時に、どの人物のインタビューも読後感が共通している。これは質問の編集者が明らかに一人であること。そして、一人一人のインタビューの内容や章の組み立てを、本の全体を通して一つの結論や流れができているかのように強引に編まなかったことを示している。監修者以外の12名(組)は、全体の一貫性を構築するための単なるパーツのようには見えない。束ねられることなく、並列しているのである。
3名の監修者を全体を統括する主体の位置から解放したことによるもう一つの大きな効果は、松村秀一、大島芳彦、馬場正尊という重要人物の個の姿が、生き生きと現れてくることだ。3名の言葉も他の12名(組)と同じ、インタビュー形式で収録されている。彼らを客体の位置に据えたことで、今すぐ万人に役立つのではない、個人的な遍歴や思想、好き嫌いなどが露わになっている。これらの要素が他の12名(組)と所々で共振して、読み進めていくと、ふと思いがけない和声が聞こえてくる。質問もさりげないが、巧みだ。適切な距離を置いた編集が存在している。だから、リノベーションを巡る生態系を知りたい、という素直な読者の願いに自然に応えるものとなっている。類書と異なるのは、この点だ。
こうして『リノベーションプラス』は「編集」という仕事が必要であること、「書籍」という形式が可能にする事柄を教えてくれる。そんな感慨を抱いてしまうのは、発行者である矢野優美子さんを多少知っているからだ。人選の目配りやインタビューのまとめの的確さには、オーソドックスな建築専門出版社で身につけた経験も反映されているのではないか。これまでの職能の中にも含まれていた基本的能力を、新たな関係性の下に組み替える。そんな行為は、発行者の矢野さんと書中の人物の間で共通している。リノベーションとは、いわば「なんてことない」ありようの再活性化である。その共通性が本書における自然な、お仲間ではない一体感を作り出している。
ここまでは、やや傍観的な評だった。では、本書の内容をさらに主体的に、職能あるいは働き方としてまとめた時に何が言えるのだろう。
「はじめに」で、松村秀一は「リノベーションの核心にあるテーマが人の生き方」と書いている。本書の全体はこの言葉に要約されている。「人の生き方である以上、一般化できる仕組みなどというものとは相入れない」として、そこに「『生』の本質」があると続ける。まさにその通りだと思う。
今年3月に刊行した拙著『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』(彰国社)では、「初めに目的を決め、そのための手段を組み立て、それを順にクリアして実行することで、最初の目的を達成するような」「近代ワーク」に対して、消費対象の拡大と周辺環境の収奪を必要としない働き方=生き方を「現代ワーク」と呼んで、その一つの姿をヤミ市由来である横丁の現在に見出した。
本書でも拙著も、掲載されている内容はそうした動き方の参考であり、刺激。さらには方向性が誤っていないのだという勇気付けとして受け止めてもらえると良い。
では、そこで建築に関わる者の職能は、どう変化しているか。続く章で松村は、彼らを取り巻く状況の変化を次のように語る。
「クライアントやテナントで入る人たちのセンスは、圧倒的に磨かれてきていると思います。知的で、空間体験の蓄積や、高いモティベーションをもっている層が厚くなっている。さらにネット環境の整備がまったく状況を変えたと思いますよ。インターネットで情報や資材なども簡単に手に入るので、情報量だけでは建築家はクライアントに勝負も挑めません。」
「従来の建築家は『教える』という職能の基軸」があった。しかし、現在はそうではないと分析する。これも正しい。
状況の中で、建築家は従来タブーのようだった金銭的な話をするようになり、それまでのように設計から竣工までという区切りにとらわれずにその前や後にも関わるようになった。馬場正尊の「スピードと即興性があるようなものを、僕らのカルチャーは求めているんだと考えていました」という言葉は、こうした仕事のスタイルの変化だけでなく、デザインにおいて何かかっこいいのかという変化も併せて表現している。
以上の金銭、仕事の川上や川下へ、スピードと即興性は、どれもプロセスへの関与と表せる。ストイックな作品主義ではなく、プロセスとの関わりを見せる建築家が、今やかっこいい。これは21世紀に入ってからの社会のテイストの変化と同期している。社会の推移を建築界で最も受け止めたのが「リノベーション」周辺と言える。本書に収められているのがそれである。どの章もプロセスがテーマになっている。そして、プロセスは写真には映らない。文字主体のくだけたインタビューという形式だからこそ、本書はこうした変化を可視化できているのだ。
しかし、ここまでの記述も、まだ観察的かもしれない。現状がそうである、手法がこうだということを超えて、建築家あるいは建築に関わる者は、なぜ金がもらえるのか。あるいは、もらえるべきなのか。こうした職能の変化は分からない。高いレベルに達したクライアントの依頼に応えるだけなら、単なる御用聞きである。しかし、本書に登場する人は誰一人として、そうではない。
要点は、これまでとは違うクライアントとの関わり方にあるだろう。本書の登場人物に共通した従来の建築家と違った感触は、いわばクライアントの隙を突くのを狙いにしていないことに由来する。すなわち、要望や機能に応えながらもそこに規定されていない空隙を活用することで、即物的な価値とは異なる価値を有する作品としての建物を設計するという行為は、大きな主題になっていないのだ。他方で、クライアントの希望を実現する以上の何かを目指している。だから、本書は単に食っていく設計者というよりは、次世代の建築家のための本に仕上がっている。
それぞれの手法は違っても、高い意識を持つクライアントを待つのではなく、クライアントの建築への意識を高めるほうに積極的に関わっている。クライアントを、その人でなければいけないアイデンティティを有したクライアントとして形成しているのだ。クライアントの見識によって優れた建築作品ができ、同時にクライアントも満足した例は過去にもある。もしかしたら、語れる逸話としては従来の方が多いかもしれない。本書に収められているのは、それとは性格が異なる。建築家の側から言えば、特殊解であるクライアントの役に立つということと、普遍化につながりうる新しい結果ないしプロセスとしての価値を発見するということが重ね合わせられている。本書の登場人物は、よく分からない中で建築行為をクライアントに了承してもらうことよりも、何が起きているか分かる形でその意味に気づいてもらうことを好む。一般解としての「クライアント」ではなく、個別の「誰か」としてクライアントを捉え、その個別性を建築行為を通じていっそう育めるように、これまでの職能の中にも含まれていた基本的能力を、新たな関係性の下に組み替えている。
例えば、浜松のまちとの関わりを尋ねられた403 Architecture [dajiba]の辻は「設計段階での住民ワークショップやその後の運営体制まで含めてプロジェクトととらえることで、なるべく長く、多くの主体に参加できる状況を積極的につくれると思います」と答える。従来と比較して、川上から川下までプロセスが延長されている。人間としては複数の主体が、一つの「クライアント」として形成される過程に建築的能力を持って関与している。その結果として、一般解としての地域性あるいは非地域性ではなく、個別のクライアントとしての「浜松」が次第に姿を見せるだろう。「浜松から学ぶことで、建築の言語・理論を考えていくことが重要」だと彼らが言うのは、関わりによって姿を見えるその往還を建築家として楽しんでいるからだ。住民に寄り添う行為と、普遍化につながりうる新しい価値を発見して「建築」という歴史的概念を練磨することとは、だましだまし並列されるのではなく、重なるべきだと彼らは考えている。
クライアントをより、彼ららしくすること。大げさに言えば、それは近代化によって次第に平準の度合いを強め、あろうことか近代化に反して同調圧力さえも高まる今世紀の日本の環境への抗いである。建築家は伝統的なファイティングポーズを決して失ってはいない。いっそう社会に対して適切な形で、それを行使するだけだ。
連勇太朗は「モクチンレシピ」を通じて、地主や地域を、より他とは取り替えが効かない本来の存在にしている。高橋寿太郎はクライアントと建築家を繋ぐことによって、河野直・桃子は参加型リノベーションによって、佐久間悠は法律の知識を与えることによって、個別の顔を有したクライアントの主体性を浮上させている。そのことによって、自分が食えるようになり、相手も中長期的な視野で得をし、第三者である地域や環境も良好になっていく。だが、「建築」と言う抽象概念は、こんな「三方よし」だけでは困るのだ。普遍化につながりうる新しい価値という直接に役に立たないことを歴史から引き継いで何かを加えなければ、単なる建物の話であって、建築ではない。本書はリノベーションから建築の話を可能にする。本稿はそれを示唆すべく書かれた。
2010年代前半の建築界に大きな地殻変動があったことは、すでに歴史的事実と呼んで良いだろう。私にはどうしても、それが2011年の悲劇の直接的な影響ではないように見えてしまう。その中心を一言で表せば、やはり「リノベーション」という単語が適当だろう。
作品としてのリノベーションはそれまでにも存在した。それはクライアントを主体化するというより、良い意味で利用した「作品」づくりの延長上にあるかもしれない。ストック活用としてのリノベーションも言われていた。それは固有性よりは一般性の問題であり、質より量として捉えた際の新築の延長上にあるかもしれない。
本書が取り扱っているのは、それとは異なる。建築がクライアントワークであるという「なんてことない」事実、その再活性化としての「リノベーション」である。題名の「プラス」は、あるいは前2者との違いを示す符号かもしれない。そのありようを知ろうとした時、『リノベーションプラス』は現在、最高の媒体とみなせる。次に動いていく方向性を察知するのに十分な現状が、動かない書籍というオールドメディアの中に閉じ込められ、読者の思想が飛翔するからである。
倉方俊輔
Shunsuke Kurakata
建築史家 1971年東京都生まれ。94年早稲田大学理工学部建築学科卒業、96年同大学院修士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、西日本工業大学准教授などを経て、2011年から大阪市立大学大学院工学研究科准教授。生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員、日本建築設計学会「建築設計」編集長などを務める。編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』、『これからの建築士』、『伊東忠太建築資料集』、『大阪建築 みる・あるく・かたる』、『東京建築 みる・あるく・かたる』、『ドコノモン』、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』他。
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