SHARE 辻琢磨建築企画事務所による「青と赤の流動」。“動き”を建築として捉える思考でつくられた作品。場所・時期・主催が異なる3つの展示を、既存の“青と赤に塗装された資材”を転用して構成。写真家の伊丹豪との協働で“動きとしての建築”の記録方法も模索
辻琢磨建築企画事務所による「青と赤の流動」です。
“動き”を建築として捉える思考でつくられた作品です。建築家は、場所・時期・主催が異なる3つの展示を、既存の“青と赤に塗装された資材”を転用して構成しました。また、写真家の伊丹豪との協働で“動きとしての建築”の記録方法も模索されました。
本記事では、建築家の趣旨を考慮して、3つの展示計画(「Stille Post 無言の郵便」「引っ越しの建築」「続・引っ越しの建築」)を「青と赤の流動」というひとつの作品として紹介します。
「Stille Post 無言の郵便」、「引っ越しの建築」、「続・引っ越しの建築」という、主催・時期・場所が異なる3つの展示計画を行った。
それぞれのプロジェクトは、その展示什器に、写真家・伊丹豪の個展「Don Quixote」(dot architectsが会場構成を手掛けた)で使われた青と赤の資材が共通して用いられ、それら資材の動きによって結果的にプロジェクト同士が連携することとなった。
かねて私は、建築を固定的な構築物というよりも動きそれ自体として捉えてきた。こうした動きは時間概念を含むので、本質的にそれ自体を取り出して表現することが難しいのだが、この3つの展示計画については、伊丹が資材の移動風景を継続して撮影してくれたことで、プロジェクトを横断した動き(としての建築)のダイレクトな表現が初めて可能になった。
このような資材の移動や、それに紐づいた連携それ自体が私にとっての「建築」であり、また、こうした「動き」がこれからの建築の可能性のひとつになればと考えている。
青と赤の流動
「Stille Post 無言の郵便」、「引っ越しの建築」、「続・引っ越しの建築」という、主催・時期・場所が異なる3つの展示計画を行った。
それぞれのプロジェクトは、その展示什器に、写真家・伊丹豪の個展「Don Quixote」(dot architects※1が会場構成を手掛けた)で使われた青と赤の資材が共通して用いられ、それら資材の動きによって結果的にプロジェクト同士が連携することとなった。
かねて私は、建築を固定的な構築物というよりも動きそれ自体として捉えてきた。こうした動きは時間概念を含むので、本質的にそれ自体を取り出して表現することが難しいのだが、この3つの展示計画については、伊丹が資材の移動風景を継続して撮影してくれたことで、プロジェクトを横断した動き(としての建築)のダイレクトな表現が初めて可能になった。
まず、3つの展示すべてに関わることになった伊丹豪という写真家と、資材の出自である展示「Don Quixote」について説明する。
伊丹豪は徳島県生まれで、作家活動のほか、エディトリアルや広告、ブランドとのコミッションワークも多数手掛ける日本の写真家である。近年の撮影は、写真構図内のどの奥行きにもピントを合わせる深度合成という手法を用いた作品が特徴として挙げられ、鑑賞者の主体性を喚起させる写真表現を模索している。被写体には、深度合成に相性の良い(奥行きのある)都市や自然の風景が多い。
一方、資材の出自となった「Don Quixote」は、東京・神楽坂のCAVE-AYUMIGALLERYにて、2022年12月2日~2023年1月29日に開催された伊丹豪による個展である。会場構成はdot architectsが手掛けた。
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伊丹の写真は、幅1100mm×高さ2200mmの展示壁に比較的大きなサイズで展示されていた。展示壁は既存の壁とは独立して45mm角材で簡素に計画され、400mmほどの奥行きを持ち、全部で11枚、ざっくばらんに立ち並ぶ。
先の展示壁に加えて特徴的なのは、この既存躯体(コンクリートの梁)のグリッドを強調するように伸びる青と赤に塗装された45mm角の木材である。その極細の梁と柱のセットが赤と青で塗り分けられて、伊丹の写真群を切り裂くように部屋全体に流れ、文字通り差し色となる。
この特徴的な青と赤は、dotのパートナー、土井亘に聞くと「実は、両方とも他のプロジェクトで使った塗料で、青は以前の展覧会の会場構成で指定があった色、赤は前につくった屋台の色です。伊丹さんの展示以外にも結構いろんなプロジェクトで登場する色なんです」とのことで、図らずもdotカラーを私たちが継ぐことになった。
これらの素材を運搬・加工することで3つの展示計画が生まれた。
※1 dot architects
大阪・北加賀屋を拠点に活動する建築家集団。家成俊勝、赤代武志により2004年に共同設立。建築設計だけに留まらず、現場施工、アートプロジェクト等、さまざまな企画にもかかわる。施工もできるスタッフが多く、自分たちで建築をつくることもできる。代表作に小豆島の「馬木キャンプ」、北加賀屋の「千鳥文化」等がある。第2回小嶋一浩賞受賞。
辻琢磨建築企画事務所による「青と赤の流動 / Stille Post 無言の郵便」
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2023年3月に東京・新建築書店※2で開催された写真家・伊丹豪の個展で、日本の若手建築家を特集したスイス建築博物館※3での日本の若手建築家を紹介した展示「Make Do with Now」※4のスピンオフ展示という位置付けとして開催された。
私たちはこのスピンオフ展「Stille Post 無言の郵便」の会場構成を担い、その資材には先の「Don Quixote」で使用された資材を流用した。
この資材の流用に至った理由は、
・伊丹の個展の雰囲気を神楽坂から青山に引っ越すことが一つのテーマになったこと
・私自身が「Stille Post 無言の郵便」の会場構成のオファーをもらった時点ですでに「Don Quixote」を訪れていたこと
・dot architectsからの資材確保がスムーズだったこと
・新たな資材の購入は会期の短さと予算を考慮すると現実的ではなかったこと
等が挙げられる。
ここで展示された写真は「Make Do with Now」本展で特集された5組の日本人建築家の活動場所を伊丹がそれぞれに撮影した5枚で、その枠のサイズと写真のサイズは「Don Quixote」から引用した。
また、この枠には青い材を用い、印刷を写真のみならず枠と余白も含めた大判で出力することで、枠の見つけに当たる面は青い材の「青」に近似させた印刷色の青、見込みに当たる部分は実物の資材に塗装された青として、平面と立体、印刷と実体が出隅で統合されている。写真の留め付けは、木材の下地に対して用紙の上から直接ビス留めとした。
また、赤い材は1Fの新建築書店から展示会場である2Fへ誘導するサイン計画のようなものとして、「新建築書店|POST」の「|」に当たる屋外看板や階段のササラ桁に抱かせたり、備品什器の補強等に使用した。
会場内には「Don Quixote」後、大阪・北加賀屋のdot事務所に保管されていた資材の搬出入に同行した伊丹による動画も展示され、資材流動の記録を残している。尚、大判写真は会期後それぞれの建築家に届けられた。
※2 新建築書店|POST architecture books
建築専門誌を発行する新建築社と、恵比寿のアートブック書店POSTが共同で設立した、東京、青山にある建築とアートの領域をまたぐ専門書店。乾久美子建築設計事務所が元住宅からイベントスペースへの改修の設計を手掛けた「青山ハウス」が書店としてリニューアルし2022年にオープンした。青山の一等地に立地し、1Fが書店、2Fがギャラリースペース。
※3 スイス建築博物館
SWISS ARCHITECTURE MUSEUM(略称S AM)。スイス・バーゼルにある民間の建築博物館。博物館というよりはギャラリーに近い運営体制で、スイス国内外の建築を展覧会形式で紹介している。
※4 Make Do With Now
S AMで2022年末から2023年春にかけて開催された日本の若手建築家の取り組みを紹介するグループ展。キュレーションは篠原祐馬。日本における20のプロジェクト紹介と、日本の若手建築家5組の紹介が主な展示で、後者に「Don Quixote」の会場構成を担当したdot architectsと私自身がメンバーでもある403architecture [dajiba]が参加した。このカタログのための撮影を担当したのが伊丹豪であり、主に後者5組の活動拠点をシャッターに納めた。
辻琢磨建築企画事務所による「青と赤の流動 / 引っ越しの建築」
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2022年に移転した名古屋造形大学名城キャンパス内のメインギャラリーで開催された、同大学地域社会圏領域教員展「想像力のスタディ」に出展した展示計画である。
主な展示物は、辻琢磨建築企画事務所による中古マンションの一室の改修プロジェクト「辻堂の引っ越し」※5を収録した弊社パンフレットと、同プロジェクトの施主へのインタビュー動画、本展会場設営を記録した動画である。
書籍のための展示台、動画を見るためのスツールには、「青と赤の流動 / Stille Post 無言の郵便」で使用した資材を再び利用し、什器も引っ越しの一環として制作した。書籍台には青い材を最小限の加工で使用し、自主製本のパンフレットの三つ目綴じの糸を木材を抱き込んで縫い合わせることで什器が書籍と一体化し、什器自体を本としても捉えられるような構成とした。
スツールは赤い材で構成し、材の断面寸法である45mmの倍数を基準にW495mm、D315mm、H405mmで計画することで軸組材を互い違いに組み合わせる構法と材寸がそのまま形に現れるような設計を試みている。
施主夫妻へのインタビューの撮影はmouse on the keysの川崎昭、写真家 / デザイナーの三浦義晃が手掛け、会場設営の動画撮影は引き続き伊丹が担った。
※5 辻堂の引っ越し
辻堂に住む若い夫婦のためのタワーマンションの一室の計画。通常の請負での設計契約ではなく、“更新設計”と呼ぶ長期的な顧問契約を交わし、断続的に住空間を改変していく試み。今回の「引っ越し」は長期に渡る契約業務の一環で、施主の引っ越しのサポートがその最初の業務となった。具体的には、旧居の家具や間取りを引き継ぐように新居の改修を計画し、その後も断続的に空間の改変に関わっている。
辻琢磨建築企画事務所による「青と赤の流動 / 続・引っ越しの建築」
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日本建築学会建築文化週間2023の企画展「繕いの営み/営みの繕い」への出展プロジェクトで、先の「青と赤の流動 / 引っ越しの建築」の続編に当たる。
本展をキュレーションした川勝真一による本展序文によると、“維持というあいまいな概念として放棄され、長らく建築の問題として顧みられてこなかった補修や手入れ、掃除などの小さな、しかしエッセンシャルな繕いの営み”の一例として「引っ越し」も紹介された。
主な展示物は、「辻堂の引っ越し」の引っ越し前(旧居)の写真、引っ越し後(新居)の写真、更新設計業務提供契約書、「辻堂の引っ越し」を収録した弊社パンフレット、本展の会場設営を記録した動画、それを見るためのスツールである。
書籍台とスツールは、“繕いの営み”の一例として先の「青と赤の流動 / 引っ越しの建築」から流用し、写真と契約書のための什器は新たに青いストック材を使用、その印刷と枠のディテールは「青と赤の流動 / Stille Post 無言の郵便」から流用した。
会場の条件から壁面を使わず独立した展示物が求められ、7組によるグループ展ということで個々に当てられるスペースも限られたため、そのサイズは「青と赤の流動 / Stille Post 無言の郵便」の1100mm×2200mmから600mm×1800mmへと縮小し、且つ2枚の写真と契約書の3面が平面的に三角形を構成するように丁番でそれぞれの枠を留め付けて三角柱を自立させることで、設営条件に応えながら搬出入のコストを極力抑える設計とした。ちなみに、この三角柱の枠材は、今後私たちが事務所の隣で運営する予定の地域工房の什器として利用予定である。
この展示でも設営風景の撮影は伊丹が担った。
こうして、青と赤の資材は、場所と時間、作家を跨いで通算4度目の展覧会を経験することになった。
このような資材の移動や、それに紐づいた連携それ自体が私にとっての「建築」であり、また、こうした「動き」がこれからの建築の可能性のひとつになればと考えている。
■展覧会概要
青と赤の流動 / Stille Post 無言の郵便
展示名:Stille Post 無言の郵便
会場:新建築書店
会期:2023年3月4日~4月2日
会場構成:辻琢磨建築企画事務所(担当:辻琢磨、阪中健人)
動画撮影(資材搬出入、会場設営風景):伊丹豪
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青と赤の流動 / 引っ越しの建築
参加展示名:名古屋造形大学地域社会圏領域教員展「想像力のスタディ」
担当:辻琢磨建築企画事務所(担当:辻琢磨、阪中健人)
会場:名古屋造形大学ギャラリー
会期:2023年6月1日~6月9日
動画撮影(会場設営風景):伊丹豪
動画撮影(施主インタビュー):川﨑昭、三浦義晃
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青と赤の流動 / 続・引っ越しの建築
参加展示名:建築文化週間建築展覧会2023「繕いの営み/営みの繕い」
担当:辻琢磨建築企画事務所(担当:辻琢磨、阪中健人)
会場:建築博物館ギャラリー
会期:2023年10月4日~10月15日
動画撮影(会場設営風景):伊丹豪