
伊藤維+沼野井諭建築設計共同体が設計した、埼玉の「北越谷の住宅」です。
「これからの普通」のために
平成が終わる今、大量生産住宅の枠組みが前提としてきた「普通の家族」像の定義はどこまで有効だろうか。少なくとも政策の上で日本はより多様なライフスタイルを認める流れのはずで、この住み手も、勤める企業が整備した枠組みを活かし、「普通」とは少し異なる、彼らにとってベストな暮らしを思い描けた。しかし彼らはアーティストでもセレブリティでもなく、あくまで会社員である。ローンを組み土地を購入するといった従来の「普通」も利用した家づくりが理にかなっている。違いを認めあい共存する「これからの普通」を、つまりより振れ幅の大きい多様さを受け止める器となるべく、いまの住宅生産は、設計者・施工者含め、状況に応える準備ができているだろうか。少なくともこうした文脈において、いま改めて建築家が、特殊解でありながらも普遍性にも開けた形式を模索する意義があると思う。大工的な慣習や、産業化の枠組みを受け止めながら、漸進的に、新たな暮らしの像を結ぶこと。「これからの普通」のための住宅を、「いままでの普通」の作り方 — どんな使い方や性能の前提があるのか、誰がどんな知識経験を以って作るのか等 – に接続する方法も含めて考えることで、より広い社会に波及する可能性につながるはずだ。様々な尺度でハイブリッド性を考えるということには、このような意識も含まれている。








