SHARE 森昌樹(Morii’s Atelier)×横尾真(OUVI)×山岸剛による”Mのいえ”
リタイアを控えた夫婦とその家族のための住宅である。
夫婦は、その後の生活として庭しごとや家庭菜園をとおして、自然を身近に感じることのできる日々を望んでいた。
周囲を緑に囲まれた別荘地のような敷地においては、切妻形状のやねや自然素材を多用した外観の山荘を建てることがセオリーであるとおもわれる。仮にもそれがセカンドハウスであるならば、そのような牧歌的なイメージもときには必要であるだろう。
だが、彼らのこれからの日々の生活にはかならずしも必要なものだとは、私にはとてもおもえなかった。
フラットルーフに既製品の鎧戸付アルミサッシ、窯業系セメント板といった手がかからず扱いやすい、住宅地でよく見られる平凡な素材を、わたしは敢えて選んだ。これには、使用材料の奇抜さや、デザインの特異性といったことを排除したジェネリックな空間を目指し、生活の中での意識を内部だけに留まることなく、むしろ外部へと向かわせるように仕向けたかったからだ。
何度目だったのだろう?敷地を数回訪れた際、それまでパノラマ状に見えていた風景がフッと一転した瞬間があった。
風にそよぐ広葉樹の枝、定規で線を引いたかのようにのびる杉の林、南面の陽光を反射する土手、そして雲ひとつない真っ青な空。このロケーションにすでに存在していた多様なシーンが突如、頭のなかでカットバックされた。
すると、ものを建てる行為こそが悪意であるようなこの風景に、建築をすることの唯一の可能性は、この眼前に拡がる風景をいったん解体し、自分達の生活に沿ったものへとカスタマイズすることではないかと思い付いた。
掃き出し窓いっぱいに映る入道雲。霧架かる遠景の山々、仄暗い杉の林に差し込む木漏れ日。土手に映える小さな草花、その恩恵を与かろうと寄ってくるモンシロチョウ。芝生の虫を啄ばみにやってくるシジュウカラ。その全てが窓のフレームによってトリミングされ、新たな風景として構築される。吹き曝し(さらし)の状態では気付くことができなかった微細な敷地の表情が現れ、心癒され、感情が研ぎ澄まされる。この建物は以前の風景をアップデートする、いわばモジュールであり、それ単体では機能し得ないソフトウェアであるといえるだろう。
自然には望遠鏡で観察するもの、顕微鏡で覗き込むもの、その中間のものと視点の倍率をこちらが調節することによって倍増する楽しさがある。朝は小鳥の囀りとともに目が覚め、虫を啄ばみにやってきた野鳥と目が合う。キッチンからは庭に植えたハーブの頃合を観察し、家族が食事をしながら土手に咲く花の会話を楽しむ。ソファーに座って遠方の山々を眺めながら転寝し、夜は虫の声を聞きながら眠りに付く。まさに「自然を身近に、自然に感 じることのできる生活」がそこには存在する。
暑さ、寒さ、雨の日、そして風の強い日。それまでこっちの勝手な都合で良し悪しをつけていた事象をもう一度パラレルに返すことで見えてくる新たな世界が、この場(フィールド)にはあるのではないだろうか。
建築家 森 昌樹/Morii’s Atelier
「Mのいえ」
所在地 神奈川県
主要用途 住宅
面積 557.34㎡(敷地)115.726㎡(建築)142.603㎡(述床)
階数 地上2階
構造 直接基礎(ベタ)+木造(一部鉄骨)
外部仕上 FRP防水(屋根)/窯業系セメント版、米松(外壁)/雨戸付アルミサッシ(外部建具)
内部仕上 化粧合板(天井)/シナ合板(壁、建具、家具)/ナラ、クスノキ無垢板(床)