SHARE 唯島友亮建築設計舎+木組による、千葉の住宅「勝浦の家」
唯島友亮建築設計舎+木組による、千葉の住宅「勝浦の家」です。
房総半島の東、太平洋の地平線を見わたせる澄みきった風景がひろがるこの家の敷地は、海からの暴風がダイレクトに建物をおそい、既存の家の瓦や雨戸が嵐のたびに吹きとばされてしまうほどの、猛烈な風雨がふき荒れる場所でもあった。
「風雨に対して強く、それでいて自然にむかって開かれた、光と影に満ちたすまいをつくりたい。」
そんな建主からの要望をうけて、ここでは厳しい風雨をうけとめる防御的なかたく閉ざされた外殻と、おおらかに開かれた明るい内部とが、ひとつの屋根の下に共存するありかたを模索した。
大工の手刻みによる小屋組みは、架構の要素をぎりぎりまで削ぎ落としたミニマルで原初的な構成とし、垂木のせいの半分を天井内に隠して軽やかにならべることで、おおらかな秩序と凛とした緊張感をあわせもった空間がうまれることを期待した。
また、梁と垂木の規則的な架構のリズムに、板厚に変化をもたせた天井板の小さな凹凸の反復を重ね合わせることによって、木漏れ日の射す深い森の中のような、淡い陰影に満ちたやわらかい幾何学模様をぼんやりと頭上に浮かびあがらせることはできないかと、試行錯誤をくりかえした。
この場所では、小手先の意匠や新しさは、激しい風雨にいとも簡単にふき飛ばされてしまう。だからここでは、自然の試練に耐えて建ちつづける建築の根源的な骨格を、おなじように過酷な自然に晒されてきた名もない古びた建物たちのなかに探すこと、そして、そこに刻まれた小さな秩序や幾何学の跡をみつけることを、強く意識しながら図面を引いた。
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以下、建築家によるテキストです。
古びた抽象|勝浦の家
あるとき、南の海に浮かぶ小さな島に、もう使われることのなくなって久しい、古い木造の教会を訪ねたことがあった。
地元の人の案内で漁師さんの船に乗って島の岸へと渡り、ひと気のないさびれた集落の跡に着いて、そこから木々をかき分けながら、道のない鬱蒼とした小高い山を1時間ほど登っただろうか。
森がとぎれ、ふとひらけた視界の先にぽっかりと明るい空地がひろがっていて、草むらが海からのひんやりとした風にざわざわと揺れるむこうに、風雨になぎ倒された古びた柱や梁の架構が、折り重なるようにして横たわっているのが見えた。
柱も壁も屋根も、もうそこにはなくなっていて、朽ちかけた木の架構と屋根の瓦とが、その場所にあった建物の輪郭をおぼろげになぞりながら地面の上に寝そべっていた。木と瓦の間からは新しい草木がつぎつぎに芽を吹いて、よく晴れた明るい空の下であたらしい時間を生きはじめていた。
「100年程前、山の下の集落に暮らした人たちが、厳しい自然から身をひそめて静かな祈りの場をつくるために、山をきりひらき、海辺から木材を運んで、小さな手づくりの教会を建てた。そのあと、集落からはだんだん人がいなくなって、教会は役目を終えてしまったから、いまはもう元の自然の中へと還っていっているところではないか。」
そんな話を、島に来るまえに聞いていた。
のこされた写真をみると、そこには松の板を張った外壁と、軒をおさえた簡素な瓦の切妻屋根の内側に、整然とならんだ木の列柱と幾何学的な折りあげ天井につつまれた明るい空間がひろがっていて、壁と天井には島の椿の花をかたどった白い木彫の装飾がくりかえし飾られていた。
もはやそうしたかつての空間の大半はその姿を消してしまってはいたものの、地面のうえに一見無秩序に散らばった古びた架構によく目をこらして見てみると、草むらの底で土へと還りはじめているものたちの中に、かすかな秩序や規則性をみつけることのできる瞬間が、たしかにあった。
一定の間隔をあけて横たわっている、丸く削りだされた木の柱。
入口のうえに飾られていた三角形のペディメントの下地の跡。
円を描くようにして倒れた、祭壇の後ろの壁らしきものの架構。
微かにみえたアーチの形は、身廊にならんだ窓の木枠だろうか。
その横には、ペンキの剥げかけた花の装飾のようなものが落ちていて、それは輪郭の大半をすでに失ってしまっているにもかかわらず、その木を彫ったひとの手の動きの軌跡とともに、かつての室内を彩っていた白い椿の花の形象を、その断片的な幾何学模様の中にはっきりと想像することのできるものでもあった。
ありふれた小さな建築の中に、ひとの痕跡をのこしたいくつもの幾何学のかけらが埋もれていて、そのかけらが、長い時を経て建物がそっくり土の中へと消え失せようとしているその時に、どこかあっけらかんとした表情で、土地の上に座り、なにかを伝えている。
うまくいけば、そうした小さな秩序のかけらをいくつも繋ぎあわせた先に、かつての教会をつつみこんでいた古びた幾何学の全貌を、ぼんやりと思い浮かべることもできるかもしれなかった。
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房総半島の東、太平洋の地平線を見わたせる澄みきった風景がひろがるこの家の敷地は、海からの暴風がダイレクトに建物をおそい、既存の家の瓦や雨戸が嵐のたびに吹きとばされてしまうほどの、猛烈な風雨がふき荒れる場所でもあった。
「風雨に対して強く、それでいて自然にむかって開かれた、光と影に満ちたすまいをつくりたい。」
そんな建主からの要望をうけて、ここでは厳しい風雨をうけとめる防御的なかたく閉ざされた外殻と、おおらかに開かれた明るい内部とが、ひとつの屋根の下に共存するありかたを模索した。
外壁には大工が真っ黒になるまで手焼きしてくれた桧板をはりめぐらせ、窓のすべてに頑丈な雨戸を閉められるようにしながら、軒をおさえた寄棟屋根をすべての方向にむけて葺きおろすことによって、嵐の日にあらゆる方角から吹きすさぶ暴風をうけとめる、低くて力強い構えをもたせたいと考えた。
さまざまな方位の風景に等価にひらいた室内は、屋根勾配に沿ってゆったりとしたふくらみをもつ一室空間を、規則的な柱と梁のグリッドと随所に配置された列柱や腰壁によって緩やかに領域分けすることで、多様な視線の奥行をもったひと繋がりの居場所をつくりあげることを目指した。
大工の手刻みによる小屋組みは、架構の要素をぎりぎりまで削ぎ落としたミニマルで原初的な構成とし、垂木のせいの半分を天井内に隠して軽やかにならべることで、おおらかな秩序と凛とした緊張感をあわせもった空間がうまれることを期待した。
また、梁と垂木の規則的な架構のリズムに、板厚に変化をもたせた天井板の小さな凹凸の反復を重ね合わせることによって、木漏れ日の射す深い森の中のような、淡い陰影に満ちたやわらかい幾何学模様をぼんやりと頭上に浮かびあがらせることはできないかと、試行錯誤をくりかえした。
この場所では、小手先の意匠や新しさは、激しい風雨にいとも簡単にふき飛ばされてしまう。だからここでは、自然の試練に耐えて建ちつづける建築の根源的な骨格を、おなじように過酷な自然に晒されてきた名もない古びた建物たちのなかに探すこと、そして、そこに刻まれた小さな秩序や幾何学の跡をみつけることを、強く意識しながら図面を引いた。
風雨に対して頭を垂れるように寡黙に佇みながら、静謐な内部のふくらみを獲得していく、手づくりの簡素なかたちの秩序。
自然の傍らで生きることを選んだ人たちが厳しい環境のなかで脈々と築きあげてきたそんな古ぼけた幾何学の姿を、職人たちの知恵と手をかりて、この家の底にそっと植えつけることがかなうとしたら、あとはただ、その上を長い時間の影がゆっくりと通りすぎていくのを、静かに待っているだけでよいはずだった。
■建築概要
場所:千葉県
用途:住宅/新築
階数:平屋
構造種別:木造/手刻み
延床面積:85.38m2
竣工年:2017
設計:唯島友亮建築設計舎
施工:木組
構造:馬場貴志構造設計事務所
写真・映像:金田幸三