SHARE 松本光索による、東京・港区の「素材、表層、用途なしの空間」
松本光索が設計し一部施工も手掛けた、東京・港区の「素材、表層、用途なしの空間」です。
港区白金にある元理髪店であった小さな店舗空間のリノベーション。 空間自体はアパレルショップのショールームとして年に数回使われることが決まっているだけで、 施主からの要望は全く何もなかった。 それに加えて、既存空間は壁、天井が石膏ボード、床が長尺シート。この用途も特徴もない空間に何かを見出すべく、現場に滞在しながら設計を進めた。
滞在して気づいたことは、目の前の道路は一見寂れた商店街の一部であるように感じるが、その周辺に大きな企業ビルや大使館があることもあり、昼夜を問わず人通りが常にあること。しかし、 室内はどこか仄暗く、洞窟のような雰囲気を持った空間であるということだった。 完成後の建築は、限られた人が利用する空間であることを考えると、現場で感じた閉じた空間の性質をポジティブに拡張し、洞窟のように自然で、用途のない、ただ空間がある状態を生み出せないかという思いに至った。
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施工の様子と完成した空間を収録した動画。
以下、建築家によるテキストです。
素材、表層、用途なしの空間
港区白金にある元理髪店であった小さな店舗空間のリノベーション。 空間自体はアパレルショップのショールームとして年に数回使われることが決まっているだけで、 施主からの要望は全く何もなかった。 それに加えて、既存空間は壁、天井が石膏ボード、床が長尺シート。この用途も特徴もない空間に何かを見出すべく、現場に滞在しながら設計を進めた。
滞在して気づいたことは、目の前の道路は一見寂れた商店街の一部であるように感じるが、その周辺に大きな企業ビルや大使館があることもあり、昼夜を問わず人通りが常にあること。しかし、 室内はどこか仄暗く、洞窟のような雰囲気を持った空間であるということだった。 完成後の建築は、限られた人が利用する空間であることを考えると、現場で感じた閉じた空間の性質をポジティブに拡張し、洞窟のように自然で、用途のない、ただ空間がある状態を生み出せないかという思いに至った。
そのため、スイッチ、設備など機能上必要な要素を極力隠し、シンプルに壁、床、天井の素材の扱い方によって、いかに空間の質を変えることができるかの設計を試みた。 空間正面の建具は、焼杉の表面にエポキシ樹脂を塗装したもので、その黒光りした壁面には空間全体が大きな影となってぼんやりと反射する。より距離を縮めて建具を見れば、焼杉のゴツゴツした表面が奥に見え、距離や時間によって素材の印象が変化する。また、それ以外の素材もその印象に多重性があるものを選定、開発した。
既存建築のファサードは、中途半端に装飾レンガで覆われていたが、どこか独特の表情を持ち合わせていた。なんとかこの装飾レンガをありのまま受け入れ、新しい建築の顔とすることができるのではないかと考えた。そこで、装飾レンガの「装飾」という役割をずらし、新しい表層の下地とすることで装飾に新しい役割を与えた。 結果的には、既存レンガの上にそれらと同サイズにカットしたフレキシブルボードを貼り付けた。フレキシブルボードは、その下地となったレンガの凹凸を拾い、それぞれの表面が微妙に波打つ。 ボードの空目地からは元の装飾レンガが見え隠れし、半立体的な奥行き感を表層に与えている。装飾を規定の役割から解放し、そこに別の視点を加えることで新たな表層の設計の可能性を追求した。
このリノベーションにあたり、昔、友人と造った秘密基地を思い出した。自分たちだけが知っていて、何も用途のない空間は、パブリックな空間とは違った楽しみや気づきを日常に与えてくれるように思う。
■建築概要
所在地:東京都港区
用途:なし
延床面積:25㎡
設計、施工期間:2018年3月~2018年8月
設計:松本光索
施工:松本光索、Upstone
写真:表恒匡