SHARE 【特別寄稿】浅子佳英による、トム・サックスについての論考「欲望と夢ーートム・サックスの3つの展覧会」
浅子佳英が執筆した、トム・サックスについての論考「欲望と夢ーートム・サックスの3つの展覧会」を掲載します。アーキテクチャーフォトでは、西澤徹夫による、3つのトム・サックス展のレビュー「Tom Sachs」も過去に掲載しています。またトム・サックスの回顧展がドイツの美術館「Schauwerk Sindelfingen」にて2019年9月~2020年4月の期間開催されます。
欲望と夢ーートム・サックスの3つの展覧会
2019年春、トム・サックスの展覧会が都内3ヶ所で行われた。
最も規模の大きな東京オペラシティ アートギャラリーの展示は「ティーセレモニー」というタイトルのとおり茶道をテーマにしたもので、小山登美夫ギャラリーは、オペラシティで展示された茶室の模型や茶道の道具を並べた、いわばティーセレモニーの別会場のようなもの。最後のKOMAGOME1-14casだけは異色で、会場はティーセレモニーの展示施工を請け負った東京スタデオが運営するギャラリーであり、映像以外で唯一展示されているのはジャーニーマンという可動式の巨大道具箱であった。
すでに展覧会は終わっており、レビューも複数出ている。また、ぼくは建築家であり、美術の専門家でも茶道の専門家でもない。ただ、趣味が日曜大工なので、ここでは主にD.I.Y.に焦点を当て(展覧会からは少し離れて)トム・サックスについて書いてみようと思う。
トム・サックスといえば、シャネルのギロチンやプラダの便器といったブランドをテーマにした作品が有名で、近年は宇宙探査をテーマにした作品をいくつもつくっている。NIKEとコラボレーションしたスニーカーもナイキクラフト マーズヤードと名付けられているし、茶道というテーマも宇宙旅行の際に狭いスペースシャトルの内部でいかにして過ごすのかというところから来ているらしい。
ぼくがトム・サックスを知ったのは、ル・コルビュジェが設計したユニテ ダビタシオンの巨大模型を展示した「Natsy’s」という2002年に開かれた展覧会だ。会場にはユニテの模型の他に、ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェアやマクドナルドの屋台やブランクーシやカルダーの模型や巨大サラウンドシステムが並び、間をラジコンカーが走るというハイアートとジャンクをごった煮にしたような展覧会で、写真で見ただけだが、その自由奔放なアプローチを見て、建築作品をこういうかたちで取り入れることができるのかと、一瞬でトム・サックスの虜になった。
その自由で人を食ったような作風と共に、モノとして見た場合には、手作りの跡が残るラフなルックスもトム・サックスの魅力のひとつだろう。ただ、今回の展示で初めて知ったのだけれど、適当で場当たり的なようでいて、実はスタジオは厳格なルールによって運営されている。KOMAGOME1-14casに展示されていた映像によると、ルールは、「片付ける」、「掃除をする」、「電気をつけっぱなしにしない」といったスタジオの運営に関わるものにとどまらず、製作方法にも及ぶ(*1)。
例えば、トム・サックスの代名詞とも言える合板は、あらゆる加工に先立ち、まず最初に塗装しなければならない。要は塗装してからカットしなければならない。そして、カットした後はタッチアップしてはならない。必然的に、合板は時に傷ついたり、欠けたりする。カットや穴あけのために描かれた墨の跡も残ることになる。
また、ビスを使用した合板同士の接合も独特の手法を用いている。まず、表面の合板は、下穴と座ぐりが同時にできる段付ドリルを使用し、ビスの頭を埋め込んでいる。その一方で、裏側の板はビスを貫通させ、グラインダーで飛び出た部分をカットしている。どちらも丁寧な仕事ではあるが、表側は先に塗装しているために、かえってささくれが目立つことになる。裏側に至っては、グラインダーの焦げた跡が傷跡のように生々しく全体を覆っている。これらの独自のルールにより、トム・サックスのスタジオでつくられたものは、ラフで繊細な、ドライでどこか手作り感のある矛盾した魅力を備えたプロダクトになっている。
ただ、これらの手法は、いわゆるD.I.Y.の教科書に書かれているものとは全く違う。当然ながら、加工した後に塗装した方が綺麗に仕上がる。ささくれはパテで埋めてから塗装すれば目立たないし、グラインダーの焦げ跡も塗装すれば消える。だからこそ、トム・サックスの手法を単純にD.I.Y.的だと片付けるのは違和感がある。D.I.Y.は多くの場合、自分でつくるからこそ、本物のようにつくろうとする。本物と同じような仕上げを目指す。その逆にトム・サックスはユニテにせよ、バルセロナチェアにせよ、機構やかたちは厳密にトレースする一方で、仕上げは常にラフなままだ。それは茶道にしても同様で、茶室の壁はスタイロフォームという断熱材がむき出し、茶筅に至ってはMakita製のバイブレーターとバッテリーが生々しく接合され電動へとアップデートされている。
これらの、表層はラフなまま、機能や機構は厳密にトレースし、時にアップデートしていく手付きから読み取れるのは、トム・サックスの欲望の深さだ。
トム・サックスは欲望の塊だ。欲しい物はなんでも手に入れる──プラダもシャネルもナイキもNASAも、そして宇宙さえも──。ただあまりに深いその欲望は買うだけでは気がすまない。単に買うよりも何倍もの労力をかけて対象の本質を調べつくし、複製し、自分のものにする。例えば、「LAV 3」と名付けられたポータブルトイレの機構。給水、排水、換気システムまでをも見事に自分のものにしているのが分かるだろう。
だからトム・サックスはオタク的ではあるが、オタクそのものではない。オタク(正確にはその一部)は本物にこだわる。ともかく、玩具だろうが、スニーカーだろうがオリジナルを手に入れようとする。トム・サックスは違う。彼が手にしたものは、オタクからみればすべて偽物だ。ただ、その偽物をつくる過程こそが対象の本質をより深く学ぶことになり、結果として新たなプロダクトを生み、しばしば本物と偽物の逆転を引き起こす。
このように、興味深いのは、トム・サックスにおいては、偽物が本質となり、罪悪とされる欲望こそが学びへと直結していることだ。そして、この深く巨大な欲望は、現在という時代において異彩を放っている。
現在、20世紀の文化の中心だった音楽も映画もApple MusicやNetflixのようなサブクリプションサービスへと急速に移行している。かつてトム・サックスはケリーバックが欲しいけれど高価で手に入らないので合板でつくった。ところが、今ではこれらのサービスを応用すれば、誰でも本物を手にすることができる。高級バックなんてここぞというデートの時だけあればいい。一年のうち使わない数百日は眠っているのだ。たとえ150万円のケリーバックでも50人でシェアすればわずか3万円。それでも年に1週間は使えることになる。ここぞというデートなら1週間もあれば十分だろう。
なるほど確かにスマートな消費者だ。
現在、ぼくたちは欲望を持つこと自体が愚かに見える世界に生きている。
Apple Musicを使えば、ほぼ無限にある音楽を好きな時に好きな場所で聞くことができる。もはや、所有するのは馬鹿馬鹿しい。ただ逆に、無限にある選択肢から選ぶことーー欲望することーーは困難になる。グーグルの検索も、それまでそのユーザーが使用した検索履歴からパーソナライズされ、自分がキーワードを打ち終わる前にサジェストされている。ぼくたちは欲望をサジェストされる世界に生きている。
また、西欧諸国の多くは高齢化を迎え、さらに、地球の温暖化も深刻で、肉や油や糖分の取り過ぎのせいで病気がちで、人口がこのまま増えればエネルギーも食料も維持することが困難になることが可視化された、いわば欲望を去勢する世界に生きている。
その一方で、政治学者のロバート・D. パットナムなどから、現在、世界は保守化し格差が固定化されはじめていると指摘されている(*2)。ブレグジットやトランプのことだけではない。SNSやITの普及により、かつてよりも機会格差が大きくなりはじめていると指摘されている。Alibabaグループが展開する信用スコアなども一歩間違えば、新たな階級世界を生み出すことに繋がるだろう。
ただ、欲望は時に現実を受け入れることを拒む。そしてあまりにも無謀な欲望は時に現実を歪める。
トム・サックス自身「富裕層を富裕層たるものとさせる伝統を、誰しもが楽しめるような茶道にするためにやりたい放題やってやった」(*3)と言っているように、ハイブランドにせよ宇宙探査にせよ茶道にせよ、トム・サックスが欲望したのは、一部の特権階級が持っていたものだ。トム・サックスは彼らのポケットからその本質だけを巧みに盗みとっていく。しかも誰にでも分かるような方法で。
唯一ひっかかるのは、20世紀のアメリカの欲望をあまりにも素直にトレースしすぎているという部分だろう。 NASAにしろ中年のアメリカ白人男性の憂鬱(*4)というテーマにしろ、すでに21世紀に入って20年が過ぎようとしている2019年の現在では、どうしてもノスタルジーに映る。だからこそ知りたいのは、トム・サックスの次の欲望だ。
宇宙探査という物理的に巨大な宇宙と共に、茶道という内面の宇宙を手にした今、トム・サックスは次に何を欲望するのか。その答えは必然的に「21世紀の新たな欲望は何なのか」というぼくたちの時代の問いに答えることにも繋がるだろう。
*1ーー「TEN BULLETS THE STUDIO MANUAL By Tom Sachs」http://www.tenbullets.com/
「LOVE LETTER TO PLYWOOD Part 2 of “Energies and Skills” trilogy By Tom Sachs」http://www.tenbullets.com/
*2ーートム・サックス『なぜ日本でお茶を点てるのか?』「ティー・セレモニー」展カタログ、東京オペラシティ アートギャラリー、2019年、8p。
*3ーー ロバート・D. パットナム「われらの子ども:米国における機会格差の拡大」、創元社、2017年。
*4ーートム・サックス、前掲書、7p。冒頭でこのテーマが示唆されている。