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辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」

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川の向こう側で建築を学ぶ日々青木遥香辻琢磨論考渡辺隆
辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」

設計事務所の公共性のつくりかた

text:辻琢磨

 
非常勤職員として渡辺隆建築設計事務所に勤め始めて早くも1年が過ぎた。
このエッセイも3回目になる。ここまで概ね週1-2のペースで働き続け、403、この春特任講師に着任した名古屋造形大、個人の仕事、子育てをなんとかバランスを保ちながら並行して進めている。今回は、社会に対しての設計事務所の見せ方について書きたいと思う。

 
加入後の一年を振り返って

つい先日一年間の勤務を終えて渡辺さんと面談をしたのだが、僕の方はここまで特になんの不満もなく、例えば勤務日は日数さえ満たせば比較的自由に入れさせてもらえているし、子供の急な発熱での欠勤も振替で許容してくれることもあり、僕としては有り難い限りである。一方、渡辺さんにここまでの僕の印象を聞くと、
「当初はガッツリ図面を引いたり現場に行ったりともっと修行的な側面が大きいかなと思っていたけど、むしろこちらが辻くんから学ぶことが多い」
という言葉を貰った。

例えばプロジェクトの打ち合わせでの重要な判断の際にスポットで相談を受けたり、渡辺さんのボスとしての悩みを共有したりという、これまでの自分の建築家としての立場を発揮する機会も自然と増えている。同時にお茶汲みをしたり電話も取り、図面を描くわけで、時間時間で自分の役回りが目まぐるしく変化するという感じで働いている。

 
新型コロナウィルス禍への対応

そういうタイミングで新型コロナウィルス禍がやってきた。
このまま行くと、渡辺事務所に非常勤職員として勤める予定の3年の内、半分くらいがwithコロナで進んでいきそうだ。

未知のウィルスCOVID-19をめぐる状況は刻一刻と変化していて、建築家としてというよりもまず人間としてどう行動すべきかが問われているように感じる。

報道やSNSからの情報をみると、首都圏ないし特定警戒都道府県と感染者数がそこまで伸びていない地方都市の状況(磐田市は2020年5月3日時点で感染者数ゼロ、浜松市は2020年5月3日時点で陽性が7名、内5名は退院)にはかなりの温度差があるように感じられる。実際、東京の知人に話を聞くとほぼすべての人が在宅ワークに切り替え、スーパー以外の外出を極力控え、保育園も休園しているとのことで日常を過ごすだけでも相当なストレスを感じるような生活を強いられているのではないかと推察する。

一方、静岡県西部地域では緊急事態宣言によって外出自粛要請や飲食店の休業要請(5月3日時点で浜松市、磐田市ともに4月25日から5月7日まで)も出されたり大きな公園は閉場しているものの、車社会も手伝ってか休日のホームセンターは盛況(入場制限あり)で、スーパー、河川敷には人が集まり、日常生活を過ごす分にはそこまでのストレスは感じていない(少なくとも僕は)。

僕個人としては手洗いうがい、公共交通機関の利用を控える、三密を避ける、といった行動変容は実施しているものの、保育園は通常通り預けている(預けられるだけ有り難い)し、渡辺事務所や403へも基本的には出社している(公共交通機関は利用せず自家用車移動のみとした)ように、最低限の自粛に留めているというのが現状だ。

渡辺事務所でも当然対応は進めてきたが最初の対外的な情報発信は4月17日で、極めて迅速な対応と発信ということではなかったといえる。しかしそれまでに何もしてこなかったというわけでは当然なく、様々な情報を仕入れ、様子を見ながら業務を進めていた。

まず、七都府県への緊急事態宣言が発令される直前の4月14日にスタッフへのヒアリングがあり、スタッフ間の家庭事情を考慮し意思疎通を図った。その上で、

・出社帰社時のアルコール消毒
・こまめな手洗い
・ドアノブや社用車は朝除菌シートで拭く
・メーカーの飛び込み営業は玄関で対応する(アポ取りの打ち合わせは社内で)
・毎朝検温し所内メールで共有

が所内ルールとして決められた。

その後緊急事態宣言は4月16日に全国に拡大され、それを受けて4月17日に、4月18日から5月6日まで、各スタッフが交代で週2日在宅で勤務を行うこと(僕はコミュニケーションが多い役回りということもあって基本は出社している)を発信したのだった。

また、Webによるミーティングも導入し、Skype・Zoom・Teamsにて対応しつつ、在宅のスタッフとは勤務中はずっとオンライン接続して、いつでもコミュニケーションが取れる状態にしている。※5月1日には、緊急事態宣言の延長報道を受けて、交代在宅制の5月31日までの延長と市外からの来客用のテラス席導入を追加した。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」事務所に設けられたテラス席。 photo courtesy of 渡辺隆建築設計事務所

また例年新潟まで遠征して実施している二泊三日の研修キャンプは当初僕が一泊のみの参戦を希望していたこともあり、場所をもう少し近場に変更し3月頭から計画していたのだが、コロナ情勢を鑑みて、事務所の庭でのキャンプに切り替えつつこの状況だからできることとして、メインコンテンツが例年の建築ツアーから事務所用の書類ケースを制作するDIYワークショップに切り替えられた。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」研修キャンプでのDIY風景と完成した棚。 photo©岩田貴昭

渡辺さんは上記のような対応をスタッフへのヒアリング、社会状況、取引先など周囲からの情報収集を考慮して段階的に決めてきた。リリースまで時間がかかるのは、それまでの情報収集と試行錯誤にある程度の時間が必要なのと、渡辺さんの石橋を叩く性格にも依るだろう。

こうした一連の判断と行動を間近に見て感じることは、社会の「目」への意識だ。
企業として、設計事務所としてどう見られるかを常に意識しながら、適切に対応しているのだ。可能な限り全方位への情報収集を試みて時間をかけて咀嚼し、機を見て発信する。どのようなタイミングで誰に何を見せるかということが非常に重要で、コロナ禍への対応ひとつとってみても、その状況判断からの学びは少なくない。

例えば冒頭に記したように、磐田は首都圏よりも感染者数は少ないことや抱えている現場も止まっていないこともあって、全面在宅勤務までは敷いておらず段階的な導入に留めている。
これは、一つには今後状況が悪化した時の為の予行演習として、もう一つは、もしもの時があった際に事務所として最低限やれることはやっていることを周囲に示すための予防線として、という2つの意味合いで導入を決めたそうだ。

このような理由も含め、渡辺事務所のコロナ禍への対応は、渡辺隆建築設計事務所が社会的にどのように見られるかという判断基準とセットで決められたように見えた。
現に事務所の方針はホームページとSNSで告知され、且つ打ち合わせ(よく換気された場所でマスクを着用)での世間話の一つとして周囲に共有されている。

 
誰から見られているか

渡辺さんは設計事務所の見られ方に対する独自の考え方、見られ方に対する強烈な意識を地方都市・磐田の中で育んできた。地方の組織設計事務所での経験や磐田で入札によって公共案件の設計業務や定期調査に取り組む中で、いわゆる個人の名を冠したアトリエ事務所の能力に比して必ずしも良いとはいえない印象を肌で感じ取ってきたことが大きい。

そもそも地方都市で設計者が仕事で関わる施工者や施主、行政の担当者はほぼ建築の専門誌を手に取らない。

建築家への理解が無いというよりも建築家という概念がほとんど浸透していないのである。
自分も403で活動してきた中で、建築家というよりもなんか面白いことを建築でやろうとしている高学歴の若者程度の印象しか持たれていなかったように感じる(関係者のみなさま、くれぐれもいい意味です)。

その中で渡辺さんは、建築家の能力を深く理解しそれを周知するべく、建築設計のクオリティを上げることはもちろん、設計事務所としてあるいは企業としての信頼感を如何に生み出すかに腐心してきた。そしてその矛先は、ひとつではない。誰から見られているかという時の、建築設計事務所をめぐる人的関係性というのは概ね下記のようなものだ。

・建築界
・地元の建築仲間
・申請機関、行政
・施工者
・建材メーカー
・クライアント
・経営者仲間

渡辺さんはそのそれぞれの相手に対してどれかに偏ることなくまんべんなく、自分たちがどのように見られるか、どうしたら信頼感を得られるかを考えている。その偏りが無いフラットさが建築家としての、人間としての大きな特徴だろうと思う。

そして、上記それぞれの関係に対する渡辺さんのアプローチ(信頼を得るためのノウハウとも言える)があって、今回はそれを皆さんに勝手に公開していこう。

※注意してもらいたいのが、下記に挙げるのは見せ方の「結果」であり、その判断に至るプロセスは含まれていないということだ。結果だけを見れば、あらゆる方面へほとんど完璧な振る舞いを実践する渡辺さんはほとんどスーパーマンに見えるだろうし、辻による営業トークか?という邪推も読者によってはあるかもしれないが、渡辺さんはスーパーマンではないし、このエッセイはあくまでも学びのアーカイブとして書いている。
新型コロナウィルス禍への対応からもわかるように、その見せ方に至るまでに試行錯誤を繰り返し、石橋を叩き、失敗を反省し、あるいは行きあたりばったりの結果として、下記のような行動指針に行き着いている(この辺りの試行錯誤のプロセスについては後々のエッセイでも書いてみたい。)。

ということを前提として、純粋な僕の「学び」が読者に届くことを期待したい。

 
いくつもの信頼をつくりあげる

〈地元の建築仲間〉
静岡県西部を中心にして、渡辺さんや自分を含めいわゆる同業者の建築系ネットワークがある。
ネットワークというほど確固たるものでもないが、定期的に情報交換をしたり飲みにいくような(今は自粛中)間柄だ。

建築界には、自分が設計した物件が竣工した際に同業者を招いていろんな意見をもらうという内覧会という慣習があって、渡辺さん含めこの地域の建築系の人たちもよく内覧会を開催してお互いこまめに行き来している。

また、渡辺事務所は忘年会をフェスのように行う独自の文化(この忘年会についてはその時期が来たら詳しく紹介したい。驚愕の熱量である)が定着していて、この忘年会に建築系の知人が集結し、それぞれの時間を楽しんでいる。その際の渡辺さんのホスピタリティは本当に感服する。

ここまでやるかという労力をかけて知人をもてなすのだ。建築自体のクオリティもさることながら、こうした同業者へのもてなしや関係づくりにも渡辺さんは自然と力を入れているように思う。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」渡辺事務所忘年会“ワタフェス”の風景。 photo©aokiharuka

〈行政、申請機関〉
基本的に新築物件は、確認申請(この建築、ルール(建築基準法)に則ってつくってあるので確認お願いします)という、設計図書等を行政や指定確認検査機関に提出し審査してもらうという決まりがあるのだが、この提出は、私たちはルールをしっかり理解していますという宣言でもある。それを行政や検査機関の人にチェックしてもらうのだが、その際に図面や建築基準法の読み込みに不備があると当然差し戻される。

渡辺さんはいつもスタッフに対して、「行政や検査機関の人に、この人はちゃんと建築の作り方や法律について理解しているな、と思われるように図面を描こう」と伝えていて、図面の描き方一つとっても、見られているという意識が浸透しているのだ。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」説明に工夫がみられる豊岡中央交流センターの申請図書。 photo courtesy of 渡辺隆建築設計事務所

〈施工者〉
渡辺さんにとって(すべての設計者にとって)施工者は非常に重要な仕事のパートナーだ。

例えば、通常設計者は設計者然とした服装(例えばカジュアルなジャケットにデニム、あるいはハイブランドでまとめる服装が所謂建築家のイメージではないだろうか)でどこでも変わらず脚を運ぶのだが、渡辺事務所では、現場に行く際は皆作業着(事務所では襟付きシャツ、デニム禁止がルール)を着て、ゼネコン、工務店の監督さんと同じ格好で打ち合わせをする。

施工者と同じ立場ですよというメッセージが服装から伝わるだろう。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」作業着のスタッフ。 photo courtesy of 渡辺隆建築設計事務所

〈建材メーカー〉
渡辺事務所にはメーカーの訪問営業が大体一日に一社は訪れる。
渡辺さんはどのメーカーの営業の方も事務所の中に入れてお茶を出し、いろいろな情報交換をする。事務所内には見えるところに商品サンプルや進行中の模型が定期的に模様替えしながら置かれているので、メーカーの方もどのようなプロジェクトがその時進行しているのかなんとなくわかるようになっている。

営業の方は、渡辺事務所がどういう商品を好むのか事務所の空間から掴めるように取り計らわれているのだ。そして、昨年は高力ボルトが品薄で現場に届くのが遅れたり、今年はコロナ禍で住宅設備が入りにくいといった最前線の建設業界の情報をこうしたメーカーの方との何気ない会話から引き出すことができる。

〈施主〉
渡辺さんが発信する情報の中で大きな特徴として挙げられるのが、趣味や建築以外の出来事を綴ったブログだ。

末尾には毎回本日の音楽が添付され、趣味のプラモデルや音楽、家族とのイベント、現場の状況まで、公私の話題をフラットに並べて更新されている。

曰く「クライアントになるべく多くの情報を与えることで勝手にピンとくる人が限定されていき、自分の趣味や雰囲気、人間性に共感できる人がお願いしてきてくれるようになる」という作戦で、敷居の高い低いで印象をつくるのではなく、潜在的な施主に対して価値観を事前にすり合わせる効果を生んでいるのだ。

このようなプロセスを経るとプロジェクトのスタート時点から施主と良好な関係をつくりやすくなる。

以下の写真はクリックで拡大します

辻琢磨による連載エッセイ “川の向こう側で建築を学ぶ日々” 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」渡辺事務所のブログ。 image courtesy of 渡辺隆建築設計事務所

〈経営者仲間〉
渡辺さんは地元磐田の異業種を中心とした同世代のコミュニティ“48会”(昭和48年生まれの経営者の集まり)に所属していて、月イチで合同で勉強会を行っている。
話題は主に会社経営、経済情勢、といったビジネスよりの勉強会で、その時その時の最新の経営情報を共有する場になっている。

例えば、昨年からの働き改革(時間外労働の上限規制や年次有給休暇日数の取得)についてはこの場でいち早く情報を共有し、事務所に順次導入してきた。

渡辺さんはこの48会で「建築界の当たり前が他の業界では当たり前ではないことがよくある」と口にする。

例えば、渡辺事務所は平均して年間4-6000万円程度の売上を計上しており、アトリエ系の事務所にとっては悪くない数字に感じる(設計料というのは概ね総工費の10%が基準で、仮に一年に総工費2000万円の住宅5棟を設計したとすると売上は2000万円×0.1×5棟=1000万円となる。建築事務所による建築設計はオーダーメイドでスーツをつくるようなもので、一年に5棟住宅を設計するというのは膨大な作業量になる。渡辺事務所は住宅も扱うが、総工費が数億円の規模の物件を抱えたり、細々とした定期調査業務を請け負って売上を確保している)が、メンバーの年間売上は億を超えるのがザラで、いつ億を超えるのかと平気で聞かれることもあるという。

この地元の経営者仲間に対してというかそのフィルターを通して、建築設計という職種も社会的に十分信頼に足ることに見せるべく、渡辺さんは売上目標を立て、働き方改革を積極的に導入し、福利厚生を充実させる経営努力を続けている。

〈建築界〉
大学での建築教育と建築の専門誌・メディアを中心に牽引される建築界では、いかにクオリティの高い建築をつくり脈々と続く建築の、建築家の歴史に参加できるかが一つの重要な指標として共有されている。

通常、このような建築界の基準でクオリティの高い建築をつくるというのは、他とは違う価値を建築が持つことにつながっているので、予算、工期、施工(例えば前例のない施工技術を駆使した建築)、施主の理解(極端な例を出すと、一度外に出ないといけない風呂やトイレを設計に組み込んだときに面白いと思ってくれるか)といった建築をつくるための条件がほぼ必然的に厳しいものになる。

このような「建築」をつくるには、〈施工者、発注者の建築文化への理解〉と〈設計者の建築への愛〉が必要不可欠なのだが、建築家が遠い日本の地方都市では前者の獲得が往々にして難しい。
その前提に立った上で渡辺さんは、上記した様々な方面への働きかけによって文化ではなくまず個として周囲に信頼してもらい、クオリティの高い建築を磐田を中心に設計してきた。

その結果、数々の受賞歴や、専門誌への作品掲載、建築系のウェブメディアからのインタビューといった建築界からの一定の評価につながっているといえる。

〈全体を通して〉
その他全般的なコミュニケーションでの見られ方、見せ方にもなんとなくのルールがあり、電話応対では最初の「もしもし」を明るい声で受けることだったり、込み入ったメールを送った後は電話でフォローを入れることがなんとなく求められている。

あるいは社用車をフォルクスワーゲンで統一することであったり、事務所の家具をアウトドア家具に統一することでおおらかな空間での仕事をアピールしたり、書類を種類ごとにきっちりまとめることであったり、備品や設備もどのように見られるかを基準にして選ばれている。

 
建築設計事務所の公共性

いかがだろうか。

上記したような見せ方は、もしかしたら読む人が読めばごくごく普通の企業努力の範疇かもしれないし、建築界の人間からみたらよくそこまでできるなと思う人もいるかもしれない。

当然その逆もありえる。そもそも建築家という職業には、落語家やラーメン屋、漫画家など、徒弟制度に近く金銭的価値に置き換えづらい文化的側面と、施主からお金を預かって建築物を設計するという経営的側面があって、そのバランスがそのまま建築家の作家性(個性)につながっているようなところがある。

どのバランスを選ぶかは建築家によって様々で、どの重心も否定されるものではない。それが作家性というものであり、それぞれに社会とのつながり方があるのだ。

いずれにしても渡辺さんの中での野心は、建築設計という職種の全方位への信頼感の醸成であり、それは建築設計事務所自体の「公共性(様々な価値観を排除しない空間性)」につながっているのではないだろうか。

住宅や店舗といった私的空間だけではなく、公共空間を設計する建築設計事務所として、とても真っ当な態度に僕には見えている。


辻琢磨
1986年静岡県生まれ。2008年横浜国立大学建設学科建築学コース卒業。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA修了。2010年 Urban Nouveau*勤務。2011年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2017年辻琢磨建築企画事務所設立。
現在、滋賀県立大学、大阪市立大学、東北大学非常勤講師、渡辺隆建築設計事務所非常勤職員。2014年「富塚の天井」にて第30回吉岡賞受賞※。2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館にて審査員特別表彰※。
※403architecture [dajiba]


■連載エッセイ“川の向こう側で建築を学ぶ日々”

  • 第8回「公共建築という学びのフィールド」
  • 第7回「『札』を『入』れるという功罪 – 入札による公共建築の設計業務について」
  • 第6回「少しずつ自分を過小評価して仕事を取る建築家」
  • 第5回「設計事務所を支える番頭ポジション」
  • 第4回「建築を『つくってもらう』ことの難しさ」
  • 第3回「設計事務所の公共性のつくりかた」
  • 第2回「ボスの割り切りスイッチ」
  • 第1回「初めての修行」
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      塚田裕之建築設計事務所が設計した、東京・大田区の社員寮「Dora’s House」です。

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      ロウファットストラクチュア建材(外装・床)建材(外装・壁)建材(外装・屋根)建材(外装・建具)建材(内装・床)建材(内装・壁)建材(内装・天井)塚田裕之大田区集合住宅東京山内紀人
      2020.05.05 Tue 10:20
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      2020.5.04Mon
      • 国立科学博物館と森美術館が、新型コロナウイルスでの休館・早期会期終了の状況を考慮し展示会場をVRで公開
      • 赤塚健+井上岳+棗田久美子 / BORDによる、東京・江東区の「東雲幼稚園」
      • 「新型コロナウイルス感染症対策のため、暫定的な措置として、 建築士法に基づく重要事項説明について、対面ではない、ITを活用した実施が可能となりました」(国土交通省)
      • 最も注目を集めたトピックス [期間:2020/4/27-5/3]
      2020.5.06Wed
      • 隈研吾の建築が6つある高知・梼原町に「隈研吾の小さなミュージアム」が設立。公式サイトではインタビュー動画なども閲覧可能
      • 隈研吾が、新型コロナウイルスと建築・都市について関して語っている動画(20/4/23放送分)
      • フランスと日本を拠点とする2M26が、京都の築100年の長屋を改修した、生活の機能を筒状のスペースに収納することで、空間の多目的な使用を可能にした住宅「2m26 Kyoto House」の写真と図面
      • 清水建設が、新型コロナウイルスで中断していた工事を対策をしたうえで、5/7から順次再開へ
      • 中島弘陽による、富山・魚津市の、既存長屋を改修した事務所・店舗・住居「明るさの家」
      • ほか

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