SHARE 杉山幸一郎による連載エッセイ “For The Architectural Innocent” 第5回「木の鳥 / スイス伝統木造建築」
※このエッセイは、杉山幸一郎個人の見解を記すもので、ピーター・ズントー事務所のオフィシャルブログという位置づけではありません。
木の鳥 / スイス伝統木造建築
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伝統木造建築と聞くと、日本の在来軸組工法。つまり、柱と梁の骨組みがあって、柱の間に筋交いがかけられ、漆喰塗りの土壁で仕上げてあったり、障子や襖といった間仕切りが計画されたり。と軽やかで自由度の高い平面計画ができるイメージがあるかもしれません。
今回紹介するのは、そんな線材によって点をつないでいく構法ではなく、無垢の木材を積み重ねてできているスイスの伝統木造建築です。ドイツ語ではStrickbauないしBlockbauと呼びます。
日本で無垢材を積み重ねてできている建築といえば、真っ先に思い浮かぶのは、校倉造で有名な奈良の正倉院でしょうか。三角形に近い断面を持つ木材が、交互に井桁状に積み重ねられて外壁(躯体)が作られています。
三角形頂点の一つが外側を向いて配置されているので、外観からはジグザグした様子が見て取れます。そこに当たる光と、それによってできる陰が繰り返されて、建物の表情が時節によって変わり、構法と外装意匠がうまく一体となって出来上がっている良い例です。
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正倉院の校倉部分が柱によって地上から持ち上げられて、地面からの湿気や小動物から倉庫を守っているのに対して、写真にある、グラウビュンデン州で見かけた建物は、柱に代わって一部を石積みとしています。この石積みによって、建物が傾斜した地面から立ち上がっていくような印象を与え、木造部分がその上に座っているようにも見て取れます。
こうした建物の構成はスイスの住宅や農家において、非常によく見かけることができます。
傾斜のある地面に合わせるようにして石積みをした地上階があり、そこが倉庫や家畜小屋として用いられ、その上に木造の住居部分が建つ。家畜小屋が階下にあることで、動物たちの暖かさが上階に伝わる、床暖房のような効果も期待されていたようです。
(現在は衛生上の理由から、住居と家畜小屋を隣接して新築することに、規制があります)
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ところでスイスでは、休暇の過ごし方として、アルプスの農家に宿泊するプランにとても人気があります。農家、もしくは隣接するゲストハウスに宿泊して、乳牛や山羊、鶏、時には馬といった動物たちの世話を手伝いながら、夏にはハイキング、冬にはスキーといったように、周囲の自然を楽しみながら過ごすのです。
僕も以前、グラウビュンデン州にある農家に宿泊したことがあります。
オーナーは複数の家畜を飼育するとともに、葡萄畑を所有していました。自然あふれる場所での自給自足以上の生活を目の当たりにして、こんな生活があるんだと驚いた。と同時に、動植物に合わせて、毎日例外なく規則正しい生活リズムを守りながらの暮らしは、安易な気持ちでは続けることができない、大変根気のいるものだとも、改めて実感したことをよく覚えています。
国土に占める山岳の割合が多く、標高も高いスイスのような国では、自然は必ずしも人間に良い影響を与えてくれる優しい友ではなく、時として過酷な条件を突きつけてくる。
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今回は、そんなスイスの牧歌的な側面を表した、ピーター・ズントーによる建築を紹介しようと思います。
温泉施設(Therme Vals)で有名なスイス、グラウビュンデン州のヴァルスから車で10分くらい谷の奥へ走ったところに、ライス(Leis)という小さな村があります。
そこには小さなレストランが1つ、小さなチャペルが1つ。そしてズントーが自身と家族のために設計した別荘が3棟建っています。それらを含めて数えるほどの家しか建っていない、本当に小さな集落です。
この3棟は互いに規模の違いはあるものの、同じ構法によって建てられています。それが先に紹介したBlockbauなのです。
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校倉造のほかにも、日本にはいわゆるログハウスのように、木材を積み重ねてできた建物がたくさんあります。それらを設計する上で特に気をつけなければいけないのは、材の大きな乾燥収縮です。窓などの開口部周りに、寸法上、多くの余裕を作っておかないと、材が収縮して嵌っていた窓が圧縮されて、割れてしまうことがあるのです。
設計においては大体1パーセントくらい縮むと想定されていて、つまり1メートルの高さで1センチメートル縮むことになります。確保した余裕を隙間として見せないように、追従性のある断熱材を充填して、さらに上から板材で隠して、外からは見えないように仕上げているものを多く見かけます。
開口部が大きければ大きいほど、窓の周りに積み重ねられたそれぞれの材の乾燥収縮の影響が大きく現れる。だからこそBlockbauの開口部は、小さく抑えられていることが多く、窓はルーズに取り付けられていることが多いのです。
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エントランス部分を見てみましょう。
小さな窓が2つ見えます。大きさはともに60cm四方くらい。これくらいのサイズなら大きな余裕を作っておく必要はありません。
もうひとつ、注目してください。先のグラウビュンデン州の建物にあった、«石積みの上に木造が載っている構成»とは違うのがわかります。ここでズントーは木造のヴォリュームを地面から離している。
質量が大きい木の塊が、ふんわりと宙に浮いて見えるのです。
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大きな窓もあります。無垢材を井桁状に組んだ交点部分から、さらに材を長く伸ばし、天井と床を造りあげてバルコニーのような部屋を設けています。そこでは、井桁状の躯体から飛び出すように、床から天井まで高さのある非常に大きな開口部を作り出しています。
窓枠回りには十分な寸法の余裕を確保して、材の縮みの影響が大きく現れる高さ方向には4cmくらいの余裕をもたせ、窓が建物にルーズに仮固定してあるようになっています。
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3棟の建物は、お互いにほどよい間隔をあけて配置されています。アプローチの足元には大きく不整形な石が飛び石のようにポツポツと、非常にゆったりと計画されていました。
ズントー設計の美術館に見られるような、洗練された印象とは少し違って、ざっくりとした荒々しさがあります。
ここで、ハルデンシュタインという人口約千人の村の中に位置するズントーアトリエを思い浮かべてください。(第4回の記事を参考にしてください)
このアトリエ建築には、写真からだけではわからないことがあります。
6月になると山羊やアルパカが、食物である豊富な草を求めて建物の横を通って、裏のカランダ山へ登っていきます。
首輪につけられたベルがカランカランと鳴る音。近くの酪農家から来る干し草や家畜の匂い、それに引き付けられてくるコバエまで。
そうした暮らしも全部含めてのハルデンシュタイン、スイスなのです。
そんなバックグラウンドを下敷きにして、目の前に立ち上がっているこのズントーによる別荘建築を眺めてみると、時に見える荒々しい素材の仕上げや、非常にシンプルでひねりのない、ざっくりとした空間構成が、腹の底にしっくりとくる瞬間が度々あります。
それは、建物を自分たちで作り上げていくような、豪快さといったらいいでしょうか。専門家に頼むのではなく、自分たちで手を動かして、先人のやり方から学んで作っていこう。という姿勢が見て取れます。
そういった意味からも、この週末住宅は、スイス建築、ズントー建築を理解する上でとても重要だと、僕は考えています。
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さて、材を井桁状に積んでいくと、どういった屋根が架けられるのだろうか。というところが気になります。屋根に向かって積まれていく材をだんだんと短くしていって、三角屋根を作る方法がありますが、この建物の回答は少し違っていました。
Blockbauでできた木造ヴォリュームを、その名の通りブロックとして完結させて、屋根を独立した要素として、その上に架けています。屋根材は、スレートです。辺りを見渡すと、周りの建物も全てスレートで葺かれていて、担当者に聞けば、景観上守らなければいけない条例があったのだそうです。
屋根材は力強い母屋と垂木によって支えられ、その様子を下から見上げることができます。屋根がこのように組み立てられている。という事実が、とても大切であったと見て取れるデザインです。
木造屋根にスレートが葺かれているというよりは「木造屋根構造の上に石が載っている」というように。
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内部を見ていきましょう。
訪れた日は雨が降っていて肌寒いくらいでしたが、内部に入った瞬間すぐに、身の回りが暖かな空気で満たされていることに気付きます。
ただ気温が暖かいというよりは、木材に包まれている感じ。
もっと感覚的なものに近く、密に積まれた木の塊が暖かな熱を蓄えているイメージです。
20cm毎にある継ぎ目の水平線はそこかしこにあり、材は針葉樹で節が多く、決してシンプルな見栄えではありません。誰の目にも無垢の木造で、なんだか保養地の山荘のようです。
それは懐かしさを感じさせると同時にまた、この建物がどういう風に造られているのかを示してくれているような、構法の明快さがあります。そんな分かりやすさが、この建築を体験する人に、どういうわけか、わくわくする気持ちを連れてくるのです。
玄関の扉を締めると外の雨音がなくなり、静かな雰囲気に急に変わります。
木のヴォリュームが音を柔らかに吸収している。
身の回りの空気が、だんだんとほぐれていくのが感じられる。
これが、心が落ち着く。ということなのでしょうか。。。
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足元を見ると、コンクリートでできた土台の上に木造部分が載っているのがわかります。床の表面は削り磨き上げたテラッゾ仕上げになっていました。
いつもと違うのは、そこに色ガラスが含まれていて、光を受けてキラキラと光ることです。少し薄暗い灰色をして鈍く光っていたテラッゾの床が、途端に光をキャッチして輝きます。
こんなお茶目な仕上げは、少し意外に感じる人もいるかもしれません。
ズントーはいつも、どうやったら光をキャッチできるのか。という問いに真摯に、そして繊細に答えています。
素材の良さを引き出すということは、単に素材をよく使って見せるだけではなく、使う場所に応じた素材とその仕上げによって、そこにすでに満ち満ちている光の存在を浮かび上がらせる、引き立たせることなのです。
カーテンを開けて、光を窓から取り込もうとするのではなく、すでにその場に十分なほどに満たされている光の空気を、素材を使って顕わにすること。
«木の鳥»
何かこの建物を眺めていると、積木されてできたその全景が、ピラミッドのように感じることがあります。
木材の量感がある。
1つの材はピラミッドのような大きな石ではないけれど、それでも比較的大きな素材が積み上げられて、大きな量感を創り出している。
柔らかく暖かい。
かといって、木の温もりを熱いほど感じさせる、ごてごての木造でもない。
材の断面が細長い長方形なので、野暮ったい感じはなく、エレガントなプロポーションは空へ羽ばたいていくのを準備している鳥のようにも見える。
この木造建築では、ズントーがスイスの伝統構法を、その道理、エッセンスをそのままに、彼なりの解釈をして、表現し直した物事がとてもよく現れています。
コルンバ美術館やブルーダークラウスチャペルで見た石、コンクリートの用い方とは全く違う木の扱い。彼のマテリアルに真摯に向き合い信じている姿勢が、建築を通して伝わってくる。そんな苦味がどこかしこにありました。
なかなか簡単に手を出せる値段ではありませんが、余裕のある方は一度訪れて、宿泊してみてはどうでしょうか。ズントー建築に対する、新しい発見がきっとあると思います。
杉山幸一郎
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。
駒込にあるギャラリー&編集事務所「ときの忘れもの」のブログにも、毎月10日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。
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