SHARE 【シリーズ・建築思索360°】第2回 川島範久が語る“REVZO虎ノ門”・“GOOD CYCLE BUILDING 001”と“建築思索”
「建築思索360°」は「360度カメラ RICOH THETA(リコーシータ)」と建築ウェブメディア「architecturephoto®」のコラボレーションによる特別連載企画です。現代社会のなかで、建築家として様々な試行錯誤を行い印象的な作品をつくる4組の建築家に、その作品と背景にある思索についてインタビューを行い、同時に建築・建設業界で新しいツールとして注目されているRICOH THETAを利用することの可能性についてもお聞きしました。さらに建築作品をRICOH THETA を用いた360度空間のバーチャルツアー「RICOH360 Tours」でもご紹介します。
東京都心に建つ「REVZO虎ノ門」は、地上11階、地下1階の中規模賃貸オフィスビルです。その特徴は、バルコニーに多種多様な樹種が植えられ、自然光を十分に取り入れることができ、自然換気も可能など、パッシブデザインの手法がふんだんに取り入れられていること。これは現代のオフィスビルというビルディングタイプでは非常に珍しく先進的と言えます。この作品を中心に、川島さんが追求してきた「デライトフル(歓びのある)」な建築とは何か、またその手法についてお聞きしました。
※このインタビューは感染症予防の対策に配慮しながら実施・収録されました。
中規模賃貸オフィスビルで事業性と環境デザインを両立
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360度カメラRICOH THETA Z1で撮影・編集した画像データを埋め込み表示した、RICOH360 Toursの「REVZO虎ノ門」バーチャルツアー。画像内の矢印をタップすることで、空間を移動することができます。
――「REVZO虎ノ門」に携わるきっかけと概要について教えていただければと思います。
川島:「REVZO虎ノ門」は、中央日本土地建物というデベロッパーによる、中規模賃貸オフィスブランドのプロトタイプ第一号です。コンペでREVZOシリーズのデザインパートナーに選定されたことがきっかけで、第一号の設計に携わることになりました。
近年、大規模オフィスへステップアップする前段階、または大規模オフィスからの分散の受け皿として「中規模オフィス」の需要が増えてきているという状況に対して、企業が入居したいと思うような高いスペックの中規模サイズのオフィスの供給が足りていないという現状があるんですね。
東京都心にある中規模オフィスの大多数が、築年数が古く、天井高が低過ぎたりして、需要に応えられていないんです。ですからこのプロジェクトでは、まず賃貸オフィスビルとしての事業性をしっかり見据えながら、スペックの高い、快適で働きやすいオフィスを実現するという命題がありました。
もちろんその一方で、僕が常に心掛けている環境配慮のデザインをしています。省エネルギーを図って昼光利用・自然換気を実現したり、空調を工夫したり、入退去時に発生するゴミを減らす内装の工夫などを行っています。
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――この建築で考えられた環境デザインについて、それぞれ具体的に教えていただけますでしょうか。
川島:昼光利用や自然換気については、開口計画の工夫もありますが、前提としてこの建物が中規模だったから可能になりました。奥行きが約17mですから、ファサードと背面の2面開口にすることで、ワークプレイス全体に自然光が届くんです。さらに窓を開閉可能なものにすれば、通風が取れ、十分な換気ができます。
――テナント専有部の背後にコアを設けるオフィスの平面計画の定石を取らず、トイレやエレベーターや機械室などのコアをスプリットして両端に置いたことで、それが実現できています。この建物の一番の特徴と言えますね。
自然換気は省エネにもつながりますし、BCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)にも有効です。またコロナ渦の対応にもつながるということで評判も良いですね。
加えて、コンピュータで数値的な検証をしながら、空調についても新しい仕組みを考えました。今回のような事務所空間では、グリッド状に吹き出す空調を配置するのが一般的なのですが、今回はシステム天井を張らず、梁間を活かして、機器を片側に寄せて、スラブに沿って流れるように、長手方向に横に吹き出させているんです。シミューレションすると、慣習的な方法より今回の方法のほうがムラなく空調ができることがわかりました。
建物がコンパクトなので、柱を両サイドからオフセットさせることでオフィス空間を1スパンで成立させ、長手方向に通った梁間をオープンエアチャンバーとして利用することでダクトを省略し、高い天井高を確保することができました。大梁が気流をアシストしてくれるのです。
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――入退去時に発生するゴミを減らす工夫というのはどのようなものでしょうか。
川島:先ほども説明したように、今回はシステム天井をなくして梁を現わしにしたのですが、床もOAフロアを素地とし、セミスケルトンにしました。内装のカスタマイズを希望する入居者も多いですから、賃貸前に完全に内装を仕上げてしまうと、入居する借主のカスタムによって剥がされたものが大量の廃棄物となってしまい、原状復帰にも余計に材料が必要になります。環境的な観点からそれを改善するという配慮です。
また一般的な賃貸ビルだとシステム天井とタイルカーペットを張って仕上げることが多いですが、それですと天井の高い空間は実現できないですよね。一方で、仕上げ材を張らずに、構造体はロックウール吹き付けで現わしとして、ダクトや配管もそのまま見せるような表現もありますが、これを良しとする感性は必ずしも一般的ではないですし、ホコリなどの問題も発生します。
ですからシステム天井を張らずに天井高を確保しつつ、空調計画の工夫でダクティングを不要とし、デッキプレートを表しにしながらも、塗装して仕上げることで、入居検討のための見学者が「このままでもすぐに使えそう」とイメージできるような内装にするという意図もあります。これを「日本型スケルトン」と呼んでいます。
――コロナ渦中の2020年6月の竣工でしたが、事業的にはどのような結果だったのでしょうか。
川島:事業的にはうまくいっています。コロナ渦中の竣工となり、当初全フロアに申込が入っていたものの、一度白紙になるなど、予定が大幅に狂ってしまったのですが、共用ラウンジがあって貸室以外にも働ける場があることや、貸室内の通風・採光が取れる環境、グレード感などが高く評価され、全フロア成約に至ることができました。
最上階の共用ラウンジについては、最上階を高めの賃料で貸すという戦略もありなのですが、そうではなく、最上階の恩恵をシェアしてもらい、イベント開催やカジュアルな打ち合わせができるようにし、さらに個室の会議室も設けていますので、各テナントフロアに会議用のスペースを大きく取らなくてもよいようにするという目的もあります。貸室以外にもプラスアルファの空間を提供することが高い付加価値になるという事業的戦略でもあるのです。
――バルコニーの豊かな植栽も大きな魅力ですよね。
川島:ここではブルーベリーやレモン、ハーブといった、収穫して食べられる植物も植えているんですよ。見るだけではなく主体的にこの建物に参加してもらえるといいなと思って。鳥が実を食べに来ることもあります。桜や紫陽花、紅葉するものなども選んで季節を感じさせられるようにも意識していますね。
何より、オフィスビル内に直接、外気に触れられるスペースがあるというのは、精神面で非常に重要だと考えているんです。以前に日建設計で担当した「NBF大崎ビル(旧・ソニーシティ大崎)」(設計:山梨知彦・羽鳥達也・石原嘉人・川島範久/日建設計2011年)では、バルコニー付きの大規模オフィスを実現できたのは画期的だったのですが、落下の危険性への懸念から、日常的に外に出て休憩してもらうといった運用は実現できず、非常時のみの利用となってしまいました。
そこで今回は、バルコニーの一番外側にメッシュを張ることで、管理側としても安心してユーザーに外に出てもらう運用を可能とできました。
360度カメラRICOH THETA Z1で撮影・編集した画像データを埋め込み表示した、RICOH360 Toursの「REVZO虎ノ門」10階共有ラウンジバーチャルツアー。画像内の矢印をタップすることで、空間を移動することができます。
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川島:このバルコニーは屋外避難階段や機械室への動線にもなっています。屋外避難階段はバルコニーの延長として日常的に使用でき、少し奥まっているため、隠れ場的なホッとできるスペースになりました。
共用部の屋内階段も気分転換に登り降りしたくなるような、明るく開放的なデザインにして、階ごとに変化もつけました。踊り場の壁面には有田焼のタイルを使用したアートウォールを配し、色とパターンが各階で異なります。また、スピーカーから日本各地から採取した環境音を流しています。以上のような様々な工夫によって、「わざわざ行きたくなるようなオフィス」を目指して設計しました。
テクノロジー志向からの脱却とデライトフルな建築への志向
――川島さんの建築のつくり方の特徴は、この建物ではどのようなところにあるとお考えでしょうか。
川島:僕は、可能な限り多方面への配慮を重ねていった先に、何か新しい建築の可能性を見ることができれば、と考えて設計しています。
「REVZO虎ノ門」のような賃貸オフィスビルでは、事業性を犠牲にしてはそもそもプロジェクトを実行することはできませんし、ビル管理の問題も重要です。しかし、それらを制約と考えるのではなく、逆にそれを徹底的に突き詰めていった先に、新たな可能性を見出すこともできると思うのです。
――川島さんは日建設計から独立する前にバークレー校に留学されました。留学のきっかけやそこで得られたことなどを教えていただければと思います。
川島:僕が東京大学で建築を学び始めたのは2001年で、「せんだいメディアテーク」が開館した年。この建物が象徴するように、これからの建築はコンピュータ解析を駆使してエンジニアリングとデザインを統合し、構造だけではなく環境的な視点も融合して新しい建築をつくっていく時代になるのだろうと感じていました。
その後、修士課程では環境系研究室に所属し、難波和彦さんの「箱の家シリーズ」の環境性能調査を行い、パッシブデザインについて学びました。修了後は日建設計に入社し、担当した「NBF大崎ビル」では、環境シミュレーションを駆使した新しいファサードシステム「バイオスキン」の開発・設計にも携わりました。
この頃まで、僕はテクノロジー志向が非常に強く、多くのことはテクノロジーで乗り越えられることができると考えていたように思います。しかし、「NBF大崎ビル」が竣工する直前の2011年3月に東日本大震災があり、福島第一原発事故が起き、「テクノロジー」というものがわからなくなってしまったのです。
それまでは、電気・ガス・水道というものが都市インフラを経て建物まで届けられるのは当たり前で、それは前提としてそこから先で建物において消費されるエネルギーや水の量を減らす工夫を考えることが建築における環境デザインの課題だと捉えていたように思います。
しかし、この都市インフラは決して当たり前のものではなく、実に脆弱で、しかも消費される中央の都市からは遠く離れた周縁の地方から届けられているものであることを、その時にはじめて認識しました。建築物は複雑なネットワークのなかで成立しているにも関わらず、それらとは切り離して設計することができると考えてしまっていたことに気づき、途方に暮れてしまったのです。
そんなとき、偶然参加した国際ワークショップで、デイナ・バントロックらカリフォルニア大学バークレー校の教授たちに出会い、彼女らのもとで学び直し、サステイナブル建築デザインについて改めて考えたいと思い、UCバークレーに留学することを決意しました。
スーザン・ウベローデ教授が共同主宰するロイソス+ウベローデ(LOISOS+UBBELOHDE)という建築環境デザイン事務所でも学ばせてもらったのですが、彼らの設計プロセスがユニークなのは、環境シミュレーションを、高効率化・高性能化に向けて用いるというよりも、自然とどうつながるかをデザインするために活用している点でした。
僕はそこでの学びを通し、環境シミュレーションのようなテクノロジーは、自然とのつながりをつくり、デライトフル(歓びのある)環境をデザインするために活用すべきだと考えるようになったのです。
中山間地域や離島の集落から「伝統知」を学ぶ
――近年では、伝統集落の調査にも環境シミュレーションを活用していますね。
川島:「NBF大崎ビル」のような大規模な建築の設計に携わることを通して、建築をつくることは都市環境に影響を与えることであり、ひいては地球環境に影響を与えるということを学び、都市・地域スケールに思考を広げる必要性を感じていました。そんなとき、徳島のにし阿波の伝統集落の環境調査に携わる機会を得ました。
地理的な要因などにより完全な近代化から免れた中山間地域や離島における集落には、自然との連関のなかで生きる『伝統知』が集落配置や住宅形式といった形で残されています。なぜ一見不利に思える北向き斜面に大きな集落が形成されたのか、なぜ急勾配な屋根をもった民家が斜面に埋まるように建てられているのか、などといったことを理解しようとする際に、環境シミュレーションが活躍しました。
ここでの調査がきっかけとなり、現在、私が主宰する明治大学の地域デザイン研究室では、このような伝統知リサーチを日本全国の集落に展開することを現在行っています。なぜかといえば、近代以前の伝統知を学ぶことは、これからの時代に求められる建築・都市のデザインに活かすことができるだろうと考えているからです。
近年、コンピュータに多くのパターンを生成させ、ある指標において最適なものを探す、といったことが試みられていますが、長い年月を掛けて形成された伝統・慣習的なものの中に、探しているものがあるのではないか、と思ったのです。
伝統知には、太陽や風など気候に対するものだけでなく、物質・養分の循環に関するものも見られるのですが、これも現代の我々が最も学ばなければならないことの一つだと最近では感じています。かつての里山では、民家はすぐそばで手に入れることができる木、竹、土、茅といった素材で、いずれは土に還るようにつくられており、家をつくり、そこで暮らしていくことが、周辺の環境を美しく保つことと深く連関していた、ということを周縁の地域での集落再生の活動に関わるようになって理解しました。
しかし、建築を土に還る自然素材だけでつくることができれば地球環境に与える影響は小さくできるのですが、現代の都市においては、防災などの観点からは現実的ではないでしょう。そもそも、現代の都市は既に人工物で溢れかえっており、なかったことにすることはできません。そこで考えるべきは、自然素材は、人工素材とは分離できる形で、いずれは土に還すように用い、人工材料は人工素材でアップサイクルされ続けることができるように、建築のつくり方を見直すことが重要だと考えるようになりました。
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オフィスビルのリニューアルプロジェクトでマテリアルのアップサイクルを実現
――そのような考えを実践したのが「GOOD CYCLE BUILDING 001 浅沼組名古屋支店改修PJ」なのですね。
川島:はい。総合建設会社・淺沼組が推進する「人間にも地球にもよい循環」をつくる『GOOD CYCLE BUILDING』の第一弾・フラッグシップとして、築30年の自社ビルを環境配慮型ビルへリニューアルするプロジェクトです。既存躯体を最大限活用しながら、新たに加える材料は可能な限り土や木などの自然素材としました。
土の原料には淺沼組の愛知県内の他現場から出た建設残土を使用しました。建設残土はガラが含まれ除去に手間が掛かるため、通常は使い物にならないとされてしまうのですが、ふるいに掛けて分別することで活用可能な資源とし、土を塗る工程にもユーザーが関わることで、仕組みを知るとともに愛着を持ち、メンテナンスも自ら行えるようにしました。
また、近年は土壁の材料に耐久性向上のため石油由来の材料やセメントが添加されることが多いですが、今回は材料に不純物を加えることをせず、将来塗り直す際には材料として再活用でき、いずれ土に還すことができるようにしました。
「GOOD CYCLE BUILDING 001淺沼組名古屋支社改修PJ」(設計:川島範久建築設計事務所+淺沼組、2021年)8階ホール。360度カメラRICOH THETAで撮影。 / photo courtesy of 川島範久建築設計事務所+淺沼組
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川島:木材は、淺沼組と古くから縁があり、持続可能な管理をしている奈良・吉野の森からの杉を主に使用しました。吉野杉丸太による正面ファサードは、一本の杉から取れる可能な限り大きな径の丸太を、上層にいくほど径が小さくなるように、未乾燥のまま、取り外し可能な状態で取り付けています。これは、木を自然に立っているのと近い姿で感じることができるようにするとともに、発生する端材を最小限に抑え、乾燥後の将来的な転用可能性を最大化することを意図しています。
それでも発生する端材は、それらを集積させて家具にしたり、杉の香りを楽しめるプロダクトに活用したりしました。他にも、既存建物の材料の再利用や、都市で発生するゴミを利活用する試みも行いました。
このプロジェクトでは建築主、設計者、施工者、材料・技術開発者が一体となり、建設業がこれから進むべき方向性を建築で体現しようという意識を共有できていたからこそ実現できたと思うのですが、このようなことが当たり前になっていかなければならないと思っています。
――「GOOD CYCLE BUILDING 001」でも昼光利用や自然通風を取り入れていますね。太陽や風に対する手法や考え方は「REVZO虎ノ門」から変化した部分はあるのでしょうか。
川島:「REVZO虎ノ門」の建物外形は不動産の論理でつくられる敷地一杯の四角形ですし、「GOOD CYCLE BUILDING 001」も改修で、既存建物の外形は四角形ですので、大きな変化はありません。しかし、ここは実は重要な点で、シンプルな形でも、適切なプランニングと適切な開口計画を行えば、自然の光や風を十分に取り組むことができるのです。むしろ、どの程度のサイズの建築をどのような密度で建てるべきかといった都市・地域スケールの議論の方が重要となると考えるようになってきています。
――今後はどのような展開を目指されているのでしょうか。
川島:これまで取り組んできた自然の太陽や風に対しては、建築単体から都市・地域スケールに思考を広げ、研究だけではなく実践にもつなげていけたらと考えています。また、「GOOD CYCLE BUILDING 001」でも試行したような、都市における新たなマテリアルフローの要として、人にも地球にもよい循環のなかに建築を位置付け直す試みを続けていきたいと考えており、他用途や異なる規模の計画への展開にも挑戦したいと思っています。
様々な事象への配慮は現代の建築家の責務
――最近、ザハ・ハディド・アーキテクツやMVRDVなどといった世界的なアーキテクトの作品が発表される際に、環境的な視点での説明が増えているような気がします。巨大な建築であるほど、そういう部分を同時に語らないと、建築が実現しない時代になっているのかもしれません。川島さんはどのようにお考えでしょうか。
川島:最近では、環境性能の数値的な裏付けが当たり前に求められるようになってきていますね。また、LEEDやWELLなどの環境性能評価制度の認証を取ることも、社会的・環境的インパクトの大きいプロジェクトで当たり前になってきています。
日本では、このような制度がまだ一般的ではないので、環境配慮を積極的に行うのは、環境意識の高い建主や建築家のみという状況かと思いますが、制度化されたり、社会での要求が高まれば、建築プロジェクトで環境配慮をすることは当たり前に求められることになるかもしれません。
――ポルトガルの若手建築家、ファラ・アトリエが、社会が建築に問題を解決することを過度に要求する傾向に対して危惧を感じると言っていました。それを聞いて、古代から脈々とつながる建築の系譜を意識している建築家には、そう感じる人もいるのだと思ったのですが、川島さんは問題解決と建築の系譜に連なることは同時に実現できると認識されているのでしょうか。
川島:建築を環境問題などの解決のためにあると考えることには私も違和感があります。自然の光や風を感じられることや、木や土といった自然素材、そして植物などの生命のなかで生活することは、それ自体が歓び(デライト)だからであり、問題解決のためではありません。自然とのつながりを感じられるようにすることで、私たちが地球の上に生きており、様々なモノとの連関のなかで生きているといった感覚を失わず、自らの価値観やふるまいを見直していくことこそが重要だと考えているのです。
環境解析や新たな循環型技術の開発、認証取得には、もちろん時間と労力が掛かります。一昔前と比べたら、一つの建築をつくるために求められる検討事項は圧倒的に増えていると言っていいでしょう。しかし、一方で、さまざまな技術の進歩もあるので、それらを活かして様々な事象に対して配慮することは、現代に生きる我々の責務だとも言えるかもしれません。しかし、それに向けては、建築業界だけでなく社会全体での問題意識の共有が必要だと思います。
360度カメラRICOH THETAを設計者が使いこなすには
――今回の連載企画では、360度カメラRICOH THETA(リコー シータ)を設計者が利用することの可能性についても、(株)リコーTHETA マーケティング担当の平川さんと一緒にお聞きしたいと思っています。「GOOD CYCLE BUILDING 001」でもTHETAを活用いただいたと聞きました。
川島:そうですね。僕たちの拠点は東京で、今回は名古屋の現場でしたし、浅沼組さんももともと現場で自社のTHETAを活用していましたから、現地にいる方に撮影していただき、現場の進捗を確認するのに活用しました。先ほどお話しした通り、このプロジェクトは表層だけでなく、下地も非常に重要で、ここを間違えてしまうと台無しになってしまうため、記録を取っておくことが重要で、THETAを駆使して大量に記録を残しました。僕たちが頻繁に足を運ぶことができないため、360度でリアルに現場の様子がわかるTHETAの画像はとても役に立ちました。
RICOH平川:浅沼組さんもTHETAのユーザーさんだったのですね。360度画像の共有はどのようにされていたのでしょうか?
川島:Dropboxで共有された360度画像を自分のPCに落とし、PC用のTHETAアプリを使って360度画像として確認しながら閲覧していました。
撮ったつもりが、そこにカメラを向け忘れていたということが往往にしてあるので、THETAを使えばその恐れがなく、全方位でもれなく撮影しておけるから、それをあとでトリミングして完全な資料ができるというのはとても助かりますね。
――ほかに大学の研究室活動での集落調査にも利用いただいたとお聞きしました。
川島:伝統集落の環境調査で、集落の3Dモデルを作成するために利用しました。ドローンの点群スキャンでも記録を取るのですが、それだと軒下が記録にとれないので、正確に3Dで再現できないんです。なので、THETAを自撮り棒に付け街路を歩き回って撮った動画をもとに、今回テストでフォトグラメトリを利用して3Dを作成してみました。
――360度動画から3Dがつくれるんですね。
川島:はい。プログラムで動画を一定間隔の全天球画像に書き出すことにはなるのですが、360度動画にしておくことで撮り忘れがないので便利です。フィールドサーベイでは、限られた時間のなかで、天候などの影響も受けるので、短い時間で効率良く記録を取ることが求められます。THETAには、その意味で非常に助けられました。
RICOH平川:そのようにいろいろな方法を試していただけるのは嬉しいです。最近は、海外中心に建築・建設系のDX化が進んでおり、現場の施工管理・図面管理システムのなかにTHETAの360度画像を組み込んだかたちでご活用頂くケースも急速に増えています。RICOHでも現場の状況や進捗を360度画像で共有し効率化するためのツールとして、RICOH 360 Projectsというクラウドサービスも提供しています。
RICOHは360度データの活用方法をさらに色々と考えていきたいと開発を進めているところです。興味深いお話をどうもありがとうございました。
(企画・インタビュー:後藤連平・矢野優美子/文章構成:矢野優美子)
川島範久(かわしま のりひさ)
建築家、川島範久建築設計事務所主宰、明治大学理工学部建築学科専任講師。1982年神奈川県生まれ。2005年東京大学卒業。2007年同大学院修士課程修了。2007-14年日建設計勤務。2012年UCバークレー客員研究員。2014-17年ARTENVARCH一級建築士事務所共同主宰。2016年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)取得。《NBF大崎ビル(旧・ソニーシティ大崎)》で日本建築学会賞(作品)、《Diagonal Boxes》でサステナブル住宅賞 国土交通大臣賞、《Yuji Yoshida Gallery/House》で住まいの環境デザイン・アワード グランプリ、《一宮のノコギリ屋根》でJIA環境大賞、《REVZO虎ノ門》でグッドデザイン・ベスト100。
■建築概要
REVZO虎ノ門
事業主:中央日本土地建物株式会社
デザインパートナー:川島範久
設計:川島範久建築設計事務所(建築)、中央日本土地建物株式会社(建築・設備)
監理:中央日本土地建物株式会社(建築・設備)、平岩構造計画(構造)
構造:平岩構造計画(構造)
施工:株式会社安藤・間
用途:事務所(テナントビル)
所在:東京都港区西新橋1丁目8−1
工事種別:新築
構造・規模:S造、一部RC造階数・地上11階、地下1階
延床面積:4570.98㎡(1382.72坪)
基準階貸室面積:355.42㎡(107.51坪)
総貸室面積:2,842.64㎡(859.90坪)
工期:2018年12月〜2020年6月
GOOD CYCLE BUILDING 001淺沼組名古屋支社改修PJ
事業主:淺沼組
デザインパートナー:川島範久
設計・監理:川島範久建築設計事務所+淺沼組一級建築士事務所
施工:淺沼組
用途:事務所(自社ビル)
所在地:愛知県名古屋市中村区名駅南3-3-44
工事種別:改修
構造・規模:鉄骨造・地下1階・地上8階
建築面積:381.29m²
延床面積:2,779.64m²
工期:2020年8月〜 2021年9月
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