SHARE 【特集:書籍・リノベーションプラス】 編集者・矢野優美子による、『リノベーションプラス 拡張する建築家の職能』あとがき
『リノベーションプラス 拡張する建築家の職能』あとがき
あとがきを書くことになって
本書『リノベーションプラス』についての青木淳さんの書評は、「(この書籍には)編集者としてのクレジットもない。照れ臭かったからだろうか。ともかく、これでは読者にとても不親切だから(笑)、次は、せめて『あとがき』を載せてほしいものです。」という言葉で締められています。
それを読んだ、アーキテクチャーフォト・ネットの後藤さんから、読者が私とユウブックスについて興味をもっているだろうから、その「あとがき」を書いてほしいと言われ、少し焦りました。
もともと青木さんの読みどおり、照れくさかったのと、企画やらインタビューやら執筆まで自分でやり、自分の出版社で出すなんてカッコ悪いと思い、できるだけ自分の名前を出さないようにして、「あとがき」も本に書きませんでした。ですから今さらといった感もあるし、青木さんの書評とも重複しそうで申し訳ないのですが、せっかくの機会なのでつらつらと書かせていただこうと思います。
会社を辞めて出版社を立ち上げるまで
2015年の1月には勤めていた雑誌社を辞めることが決まっていました。ただ、もう条件のいい就職は無理だなと思いました。また年齢的なこともあって、即戦力としての実力を求められるのに、不器用なので新しい仕事にすぐ慣れるのも難しい。再就職、と思うと心がめげました。
その時に、フリーランスの面白そうな仕事のオファーを一ついただきました。そこで思ったのが、負け犬の自分に残されているものって、そのなにももたないゆえの自由さじゃないかということ。それを思いきり活かして、生きていってみようかと思い始めました。
幸い失業給付金ももらえるので、しばらくは、かろうじて生活は成り立つ。会社を辞める4月からは、焦って決断するよりは、まずは自分が何を仕事にしたら楽しいのか、何だったらできるのか、腰を据えて考えてみることにしました。
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そう思えたのはじつは不思議で、なぜなら勤めていた頃は、将来が不安で仕方なかったからです。それはもし倒産したら、クビになったら、体を壊したら。定年まで勤め上げられたとしても、年金がいくらもらえるのか、いくら貯金する必要があるのか…。今でもそれをあまり心配しないのは、あまりの不安的さに、不安センサーが振り切れ、壊れてしまったのかもしれません。ただ、その後少しづつ自力で稼げるようになって、なんとか死なずに済む生活はできそうだ、という自信がついたからだとも思います。勤めていた頃は、会社に切られたらもう終わり、という恐怖心があったので、それから解放されたのは、大きいように思います。
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ところで話を戻しますが、4月から具体的に行ったのは、興味のある人に会いにイベントに参加したり、勉強会に行くことでした。友人に誘われて入居したシェアオフィスでは、週1回の食事会で料理番を買って出ました。それまで忙しくて料理をする時間も体力も残っていなかったので、ほとんど料理のスキルはありませんでしたが、料理する生活に憧れていたのです。
そのうち、新しく知り合った方から、ポツポツとライターの仕事をいただくようになりました。
もちろんほとんど初心者に近いので、取材から執筆すべて含めて3,000円とか、よくて15,000円などという単位からのスタート。仕事が遅いせいもあり、私の場合、日給にして1,000円から5,000円くらい。本来なら、その3倍から5倍ほどのスピード感で書き上げるものだと思います。ありがたかったのは、丁寧に直して戻してくださったこと。どの部分に赤字が入り、どのように直されたのか、細かくチェックして仕事のスキルを身につけ、少しずつ早く書けるようになっていき、また実績ができると単価の高い仕事もいただけるようになりました。
思い返すと昨年の秋頃までは、料理とイベントでの焼き鳥屋台ばかりをやっていた気がします。それと、若干のライターのお仕事。
そのうち、やはり企画から本をつくることが一番自分の好きなことだし、それをするにはやはり「出版社」をつくるしかないと思い始めました。
企画ができるまで
秋も深くなった頃から、書籍の原稿が集まるまで時間が掛かりそうなので、その期間を執筆にあて、インタビュー集をつくることにしました。
彰国社時代にインタビュー集の企画・編集を経験していたこと、ちょうどその頃、連載のインタビュー記事の仕事を受けており、記事作成のコツを身につけられる環境にあったのも背中を押しました。
内容は、その頃読んでいた働き方をテーマとした『「私らしく」働くこと』(主婦と生活社)の建築版とし、建築業界から離れていた2年間に新しく目につくようになったリノベーションやワークショップなどから探っていこうと思いました。
当初の企画は、幼い時の体験から現在の仕事に至る軌跡を探ろうとしたもので、私の当時の自分探しの感情にそのまま沿うものでした。何人かの建築家に話しを聞き、原稿も2本まとめました。そのうち、この切り口は一般の読者にとっては面白いかもしれないけれど、そちらを対象にするのであれば、建築家ばかりを取り上げるわけにはいかず、他の職業も入れないと成立しない。
しかしまずは、自分が得意で、かつ興味のある建築の本を中心につくっていくべきと思い直しました。
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再度、構成を練って、今度は建築学生や独立を目指し設計に携わっている方が一番求めていることを書こうと思い直しました。それは「建築でどうやって食べていくか」という切実な問い。つまり「自分の思想をどうやって稼ぐための手法と結びつけるか」に焦点を絞ることにしました。そこでようやく、本書の方向性ができあがりました。
製作を通して
この本の取材を通して、2008年のリーマンショックの影響を受け、建築家としての路線変更を余儀されなくされた若手たちが、どのように自分の居場所をつくり、建築を少しずつ変えていったのか。逆に社会や市場がどんなふうに建築家の仕事を変えていったのか、その道筋を知ることができました。
それをまとめた本書が、若い建築を志す方々の道程を照らすものとなり、勇気をもってその道を進んでいただくきっかけとなれば幸いです。
矢野優美子
株式会社彰国社にて書籍、『季刊 ディテール』誌の編集に携わる。
その後、社史出版社、住宅雑誌出版社を経て、2016年4月建築・アート・地域の文化をテーマにした出版社ユウブックスを設立。
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リノベーションプラス 拡張する建築家の職能
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